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特集 ジャズ’69への期待 「停滞から新しい脱皮へ」
児山 紀芳
No.2
Photo: Redferns
1967年にジャズの指導的な立場にあったジョン・コルトレーンが急死して、1968年のジャズ界は、なんら画期的な成果をみることなく、停滞したまま新しい年を迎えた。
しかし69年が、ジャズにとって飛躍の年になりうる可能性は全くないわけではなく、いくつかの明るいきざしが68年中にも芽生えたことは事実であり、その意味でジャズの現況は決して悲観的ではない。
新旧世代の交代
たとえば、68年はよくゲーリー・バートン・イヤーだったといわれるが、さる12月上旬、来日したばかりのゲーリー・バートンは若冠24歳にして、ヴァイブの不動の王者ミルト・ジャクソンの王座を奪う快挙をなしとげた。ミルトといえば過去13年、ダウン・ビート誌の読者人気投票でヴァイブ部門の首位を独走しつづけてきた巨匠のひとりだが、バートンの今回の同投票での首位奪取は、そのままジャズの世代が新旧交代期にさしかかっていることを象徴しているともいえる(バートンは68年度人気投票でヴァイブのポール・ウイナーになったばかりか「ジャズマン・オブ・ジ・イヤー」の第1位にも選ばれて、68年がゲーリー・バートン・イヤーだったことを証明もした)。
こうしたジャズの新旧世代の交代は、単にヴァイブ部門ばかりでなく、ギター部門ではラリー・コリエルがジム・ホールなどをおさえて一躍第2位。(1位はケニー・バレル)に躍進した事実、ピアノ部門でもハービー・ハンコックがかつてのモダン・ジャズの巨人セロニアス・モンクやオスカー・ピーターソンにとって代わって首位の座についたことなどにもあらわれている。
ジャズとロックの結合
当然のように、ジャズの世代が新しくなれば、ジャズそのものも脱皮する。68年度にこうして新登場したジャズの新しい動きは俗にいうジャズとロックの結合だった。ロック時代に育った20代の若手ジャズメンが、ロックのビートやサウンドをジャズ演奏のなかに自然な形で反映させたとしても不思議はないが、ゲーリー・バートンやトム・スコットやスティーヴ・マーカスらは、ロックのコンセプトをむしろ意織的にジャズに導入してそこから何か新しいものを生み出そうと意図しており、若い世代のファンの共感を呼んだ。
この傾向は、ことし69年にはより一層本格化するだろうが、一方で、ジャズとロックの結合をジャズの堕落とみる向きもある。ロックを低俗な音楽ときめてかかっているからだ。しかし今日のすぐれたロック・グループ、たとえば「クリーム」や「トラフィック」は、グループのミュージシャンたちがジャズ・ミュージシャンと同格の実力を備えはじめていることを見のがしてはならないし、すでに、アメリカやイギリスではロック・グループとジャズメンの共演、あるいはロック・グループに身を投じるジャズ・ミュージシャンが出はじめていることにも注目しなければならない。
エレクトリック・ジャズの課題
ジャズとロックの結合-----とともに68年になって盛んとなったエレクトリック・ジャズの実験も、ことしは何か成果をもたらしそうだ。エレクトリック・ジャズとは近年開発された特殊なアンプを接合した電化楽器によるジャズの演奏をさすが、この分野は、昨年まだある種の可能性を見出しただけにとどまっており、今後のジャズの課題となっているものだ。たとえば、電化楽器の使用によって演奏者は生の楽器では表現不可能なエレクトリック・サウンズをスピーカーを通して創造することが可能であり、アンプによっては実に数十種類もの効果を発揮する機能を備えているものがあり、電化楽器の登場はジャズ・サウンドの限界をほとんど無限にしたといっていい。また、単にジャズの分野ばかりでなく、電化楽器の使用は、特に大音量を要求するロックの分野でも盛んになりつつあり、この分野の創造的なミュージシャンたちが、やがては電化楽器から音楽の世界に新しい何かをつけ加える可能性も多分にある。
ところで、これまでのところエレクトリック・ジャズは、多分にアンプの操作による、あるいはアンプを媒体にして偶発的なサウンドを追求するにとどまっているが、こうした実験が定着したあとで課題となってくるのはエレクトリック・ジャズのための作品(スコアー)をどのようにして生み出してゆくかということであろう。
エレクトリック・ジャズでは、アンプのボタンやフット・ペダルやボリュームの調整といった「操作」と楽器そのものの「演奏」とが一体となるし、従来の楽譜ではエレクトリック・ジャズの演奏は意味をなさなくなるから、作曲家にとっては、いま電化楽器の機能を熟知することが急務となってきた。こうした課題が解決されたときジャズも世界の音楽も、その様相は一変する可能性がある。そして、このときジャズがぶつかるのは、現代音楽の分野ではすでに確立されている電子音楽との対決であり、ジャズが目ざしているのは、それよりももっと生命力のある、血の通った音楽の創造である。
期待のゲーリー・バートン
その意味でジャズはいまこの分野におけるイノベイターの登場を待望しているが、今日、もっとも期待されるミュージシャンは前述のゲーリー・バートンだと思う。バートンは、ことし1月に完成される予定の電化ヴァイブ第1号(ラディック・ドラムが開発した)を完成と同時に使用することになっており、この楽器によってバートンの音楽はいっきょにエレクトリック・サウンズを中心とした方向に向かう可能性がある。彼はまた、前衛音楽にもニュー.ジャズにも傾倒しておりすでに最新作「葬送」(RCA)ではニュー・ジャズの集団と共演を試みて大きな成果を収めているところから、期待は一層高まるのである。
これまでのところ、アメリカ・ジャズ界の動向をとらえてきたが、69年はジャズがますますインターナショナルな性格を持ちはじめる年になるだろう。すでにイギリスを含めてヨーロッパ全域でジャズはいまかつてない隆盛をみつつあり、とくにアメリカのジャズメンの多くがヨーロッパに移住して活躍をはじめだしたここ数年来、ヨーロッパ・ジャズの水準はアメリカのそれに比して決して劣らないほどの高度な域に達しはじめている。
たとえば西ドイツの作曲家兼ピアニスト、アレキサンダー・フォン・シュリッペンバッハが率いる「グローブ・ユニテイ・オーケストラ」などは、その革新性において、むしろアメリカ・ジャズ界のいかなるオーケストラよりも新しく、かつ、大胆な試みに挑んでおり、このオーケストラ出身のカール・ベルガー(ヴァイブ)などはいまや第一級の実力者として世界で認められている。
さらにフランスのヴァイオリン奏者ジャン・リュック・ポンティ、デンマーク出身のベース奏者ニールス・ヘニング・オルステッド・ペデルセン、さきごろマイルス・デイヴィス五重奏団に抜てきされて話題になったイギリスのベース奏者デイヴ・ホランドなど、アメリカのジャズメンと互して実力を競い合うすぐれたミュージシャンは増加の一途をたどっており、ドン・チェリーの「ニュー・コンテンポラリー・ファイブ」などはリーダー以外はすべてヨーロッパのミュージシャンという国際色豊かな編成になっている。
こうしたヨーロッパ・ジャズの高水準をおもうとき、68年度、予想外の隆盛をみた日本のジャズ界は、その表面的な活気とはうらはらに、実力の面で大きく立ちおくれていることを痛感する。69年は、日本のジャズ界にとっては、真にその実力が問われる年となろう。
(児山 紀芳)
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