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平原綾香 『ドキッ!』インタビュー
みんなを愛したくて生まれてきた―――
2011年“自分に歌う資格があるのか”思い悩んでいた日々から、老若男女を鼓舞させるアルバム『ドキッ!』完成へと到達するまでの心のストーリーに着目。名曲『Jupiter』を歌い続けていく理由など、音楽家としての、メッセンジャーとしての核心についても語ってもらった。
被災地の皆さんに対して歌う資格があるのか
--今作『ドキッ!』の資料には「あたらしい平原綾香、はじめました。」と書いてあります。
平原綾香:イメージチェンジという意味ではなくて、例えば「冷やし中華、はじめました。」とか、季節によって出してこなかったものを出していく。元々メニューにはあったけど、発表する機会のなかったタイプの楽曲を出していくというコンセプトがありまして。私は『Jupiter』のイメージが浸透して「あまり動かない」とか「笑わない」という印象を持たれているみたいなので、初めてコンサートに来られた方には「意外でした」って言われることが多いんです。そういう人たちにも「こういう自分も知ってほしい」という思いで、このキャッチフレーズを付けました。
--平原綾香=『Jupiter』と決め付けられてしまうことに対するフラストレーションもあったんですか?
平原綾香:それは全然嫌じゃないんです。だけど、私が歌い始めるきっかけとなったミュージカルでは、今回のジャケット写真に近いノリだったんですよ。だから私はそういうイメージが自分にはあると思っていたし、みんなにそれを見せているつもりでいたけれども、意外と表現できていなかったんだなという反省もありまして。また、3年2ヶ月ぶりのオリジナルアルバムなので、クラシックアルバムでは出来なかったことを思い切ってやってみようと。
--そのアルバム『ドキッ!』を聴かせて頂いたのですが、1曲目の『ナミダオト』からは平原綾香という人間の強い意志や覚悟を感じました。2011年があったからこそ生まれた楽曲ですよね、きっと。
平原綾香:そうですね。東日本大震災が起きてからはレコーディングも決して当たり前に出来ることじゃないと知りましたし、お茶を飲むこととか、紙があることとか、そういうことすべてが有り難くて、愛おしいなと感じていて。あと、被災地の方からいろんな歌のリクエストがあったりするので、それにいつでも応えられる自分でいたいと常に思って、実際に福島、宮城、岩手へと歌いに行ったとき、被災地の皆さんは笑顔だったんです。だから東京にいる私が暗い顔をしていたらダメだと思ったし、もっともっと自分から笑顔を発信できる存在になりたいとすごくすごく思ったんです。
--なるほど。
平原綾香:やっぱり自分のことだけじゃなくて、隣にいる人、周りにいる人。それから世界のこととか、地球のこととかを、考えられる自分にならないといけないんじゃないのかと思って。それで「今の自分には被災地の皆さんに対して歌う資格がないんじゃないかな」と考えた時期もありました。
--実際、平原さんは『ナミダオト』の中で「歌う資格なんてあるのかな」と歌っています。
平原綾香:やっぱりまだまだ自分のことで精一杯だし、弱いところがたくさんあるし、もっともっと強くなりたいけどなれない自分がいるから。そういう自分を見つめたときに「歌う資格なんてあるのかな」という気持ちになりました。
--今までもそんな風に思ったことはあったんですか?
平原綾香:しょっちゅうあります。でも、震災が起きてからすごく大変な思いをされている人たちが、自分のことよりも隣の人に気を遣っていたりとか、そうやって助け合っている姿を見て「すごいな」と感動して…………。
--僕は映像や写真を通してでしか、被災地の酷い現状を目にしていないんですけれど、実際に肉眼でその光景を目の当たりにしたときは、どんなことを思ったりするんでしょう?
平原綾香:私は「本当なのかな?」と思いました。まだどこか信じられないし、テレビで見ても、実際に現場へ行っても「夢なんじゃないかな?」って思ったりとか。でも現地の人たちはそれを受け入れて、復興に向けて頑張っている最中だから「私も歌で何か出来ないだろうか」と考えていました。
--3.11直後はどんな心境だったか覚えていますか?
平原綾香:地震が起きたときはラジオ局にいて、周りにたくさん人がいて支えてくれていたんですけど、「家族は大丈夫かな?」「福島の友達は大丈夫かな?」って心配にはなりました。でも携帯などでの繋がりが遮断されたことで、より繋がりを感じたというか。皇居の前にみんなで避難していたときも、みんなで「大丈夫ですか?」とか、ひとりで避難している人に「こっち来て下さい」って声を掛けたりとかしていて。繋がるものが心と心しかない状況になったときに、すごく人との繋がりを感じました。
--あの時期はどんな行動や発言が正しいのか、誰もが困惑していたと思うんですけど、平原さんはどのように考えを整理していきましたか?
平原綾香:歌うときに歌詞に誰かを傷つけるワードはないか、みんなが元気になれる曲はどんなものなのか、そこは意識しました。自分の言葉がそのまま被災地の皆さんにも伝わっていくから、何かを話すにしても、プラスになる言葉、元気になる言葉を選んでいました。
Interviewer:平賀哲雄
共感から癒しは生まれてくると思うから
--ただ、そこの選択って難しくないですか?
平原綾香:そうですね。実際、後から「これって言っちゃいけなかったかな?」って反省することもいっぱいありましたし。
--Aさんにとって「頑張れ」は嬉しくても、Bさんにとっては嬉しくない言葉だったりしますからね。
平原綾香:一生懸命頑張っている方に「頑張れ」って言っても喜ばれないかもしれない。でもすごく気に入った言葉があって。これは私の恩師から教えてもらったものなんですけど、「頑張る」じゃなく“顔”が“晴れる”と書いて「顔晴る」。それを被災地の皆さんに伝えていったら、皆さんも気に入って下さったんですよ。岩手の小本地区の皆さんはその地域のスローガンにして下さって、「顔晴ろう、小本」と書いた旗をいっぱい立てていて。それは嬉しかったですね。
--こうしてお話を聞いていても、平原さんは何事もポジティブに変換できる力を持っている人だと思います。震災以降、音楽の力も決して疑わなかったんじゃないですか?
平原綾香:音楽の力は疑わなかったです。音楽はすごく包んでくれる存在だし、私も音楽に助けられて今まで生きてきたので。震災以降も、自分がどういう言葉を選んで、どういう歌詞やメロディを伝えたら、みんなが癒されるのか。そういうことをすごく考えています。
--2007年発表の『今、風の中で』は、新潟県中越地震から立ち上がっていく人々への想いも反映されていたと記憶しています。そう思うと、平原さんは音楽の力で逆境に立ち向かっていくスタイルを一貫されていますよね。
平原綾香:そういう曲が多いんだと思います。自分自身もいろんなものに立ち向かっている最中なので、顔晴っている人たちにすごく共感するし、「歌で役に立てたらいいな」ってすごく思うんですよ。だからそういう曲が多くなるのかもしれない。
--立ち上がろうとする楽曲が多いということは、その分だけ落ち込むことも多くあるってことですよね。
平原綾香:そうですね。落ち込むことは多いです。子供の頃は嫌なことも一日寝れば忘れちゃったけど、大人になると、自分の心の迷いや悩みがずーっと継続していくから、それに戸惑う時期もあったんですよね。でも最近はそういうものも全て歌にしていけるようになった。今回『ドキッ!』というアルバムを作ったことで、そういう弱さも表現できたかなって。
--なんでそこを出してもいいと思えたんですかね?
平原綾香:私自身、他のアーティストの曲を聴いて、そういう心がチラって見えたときに「この人ってこういう風に感じていたんだ。同じように悩んでるんだ」ってすごく共感するんですよね。音楽の中で私が一番大切にしているのは“共感”なので、共感できる音楽を目指していきたい。その上で歌詞の力も重要だと思うので、そういう歌詞を書きたい。共感から癒しは生まれてくると思うから。
--なるほど。
平原綾香:美空ひばりさんのメモリアルコンサートで『終りなき旅』という曲を歌ったときに「苦しくとも 悲しくとも 終りなきこの旅を 歌で つらぬかん」というフレーズがあって。私はそれまで歌うときに自分の弱い部分ってあんまり見せちゃいけないと思っていたんですね。心を整理した上で歌わなきゃいけないと思っていたけれども、自分の弱いところもみんなに見て頂く、聴いて頂くことが、歌の人生なのかなって。そういうことも歌える強い自分にならなきゃなって、美空ひばりさんに限らず、いろんなアーティストの方から教えてもらった気がします。
--以前、平原さんは『Jupiter』を歌い続けることに使命感があると仰っていました。そして求められれば嬉しいから何が何でも歌うとも。そのスタンスは今も変わりなく?
平原綾香:はい。『Jupiter』は新潟の人たちも聴いて下さったし、今回の東日本大震災では、新潟の方がエールを込めて『Jupiter』を東北の人に贈っていたことを知ってすごく感動しましたし。被災地の復興祈願でフェニックスというすごく綺麗な花火があって、それを『Jupiter』に合わせて打ち上げるという活動もあったので、私の歌がそういうものに参加できるのは嬉しいんですよね。だからずっと歌っていきたいと思う。
--では、数え切れないほど『Jupiter』を歌ってきても「もう歌いたくない」と思うことはない?
平原綾香:ないです! 大学の授業で初めてホルストの『木星』を聴いて、それで「ホルストの『木星』を歌ってみたいんです!」って『Jupiter』を作ることになるんですけど、あのときの感動は今でも忘れられないし、それにいつまで経っても「『Jupiter』が聴きたい」と言ってくださる方がいるのは嬉しいんです。平原綾香という存在を知らなくても『Jupiter』を知っている人はたくさんいて、歌った瞬間に「あ!」って振り向いてもらえる。そういう意味では、自分を「大丈夫だよ」って守ってくれる存在でもあるので、本当に感謝しています。
--個人的には、その『Jupiter』に勝るとも劣らぬ力が『ナミダオト』にはあると思います。3.11直後にシンディ・ローパーが日の丸を背負って「don't be afraid!」と拳を振り上げましたけど、あの瞬間にも似た力がラストのフレーズ「自分を信じて」からは感じられました。
平原綾香:“それでも、生きていかなきゃいけない”という状況もある中では、やっぱり自分を信じていくしかないなって。それが今の自分に出来ることだとも思いましたし、夢見ることすらも苦しくなることがあるけれども、でも止まってはいられないし、どんどん時も過ぎていく。そこでまた焦りが生まれたりすると思うんですけど、そういうときにこの曲を聴いて「もう一歩踏み出してみよう」と思ってもらえたらいいなって。
Interviewer:平賀哲雄
みんなを愛したくて生まれてきた気がする
--そうした楽曲を作った平原さんだからお聞きしたいんですが、2011年って、自分はどう生きていくか、その判断を日本に住む人々は迫られたと個人的には思っていて。怯えて暮らすのか、忘れて暮らすのか、受け容れた上で自分らしく暮らしていくのか。そこはどう思われます?
平原綾香:それぞれいろんな想いがあっていいんだと思うんです。で、自分の涙の音って大体分かるじゃないですか。ここが悲しいなとか、ここが辛いなとか。だけど私は自分だけじゃなく、そういう悩んでいる人たちの涙の音も聴ける自分でありたいと思うんですよ。私は歌うことしかできないから、それで人の役に立とうとしたら、どんな言葉や音を選ぶかが重要になってくる。みんなの涙の音を聴いて、それを集めて音楽にする作業を求められている気がするんですよね。生まれてきた意味を考えたら、やっぱり自分を愛したいし、相手のことも愛したいし、みんなを愛したくて生まれてきた気がするので。
--「みんなを愛したくて生まれてきた」って誰にでも言えることじゃないと思うんですけど、平原さんは何事も肯定していきたいんでしょうね。それは今回のアルバムからも感じるんですが。
平原綾香:そうですね。外側を否定している=自分を否定していることだと思うんです。よく「相手は自分の鏡ですよ」って言われるじゃないですか。本当にその通りで「ここは嫌だなぁ」って思うことって、実はすべて自分の嫌なところを映しているだけなので。それを愛するということは、自分を愛するということになる。だから「強くなりたい」って思う。で、強さというのは、自分を信じることで、そう生きたいという決意表明が『ナミダオト』になっているんですよね。
--そんな『ナミダオト』から始まる最新アルバムのタイトルを『ドキッ!』にしたのは?
平原綾香:1曲1曲、本当にドキッ!としながら作ったんですよね。楽しいドキッ!もあれば、感動のドキッ!もあって。曲との出逢い、メロディとの出逢い、歌詞との出逢いって、本当に人との出逢いと一緒で、自分にとってすごく意味のあることなので、その出逢った瞬間の感情そのままをタイトルにしたんです。
--このアルバム、どんな人やどんなときに聴いてもらいたいですか?
平原綾香:どなたにも聴いてほしいと思いますけど、聴く人にとって「自分にとっての応援歌がたくさん入っているアルバムだな」って感じてもらえたら嬉しい。
--実際、老若男女を鼓舞させる曲が揃っているというか、どんな人がどんなシチュエーションで聴いても、力になる曲がひとつはあるっていう。そんなアルバムだと思います。
平原綾香:良かった~!!
--個人的には、このアルバムごと音楽の教科書になってもいいと思いました。
平原綾香:初めて言われました(笑)。
--それぐらい真っ直ぐな楽曲群ですよ。
平原綾香:ですね。真っ直ぐに、正直に書いた曲が多いからでしょうね。
--3年2ヶ月ぶりのオリジナルアルバムがこのような作品になったことには、どんな感慨を持たれていますか?
平原綾香:本当に嬉しいですね。1曲1曲、魂を込めて制作したアルバムなので、これがCDになって届くというのは嬉しい。今回は新しい方とのコラボもあります。小田和正さんとのコラボは本当に幸せでした。元々、小田さんとコラボするのが夢で、「クリスマスの約束」とか、いろんなところでお会いしていたんですけど、今回お願いしたところ「やろうか」って快諾して下さって。小田さんの声が自分の声の隣にいるのは嬉しかったです。すごくシャイな方ですけど、すごく愛情深くて、すごく愛を込めて制作して下さいましたし、貴重なコラボを体験させて頂いたなと思っています。
--あと、今作にはライブCDも付属されています。
平原綾香:私、ライブアルバムをリリースするのが夢だったんです。で、これは去年の【CONCERT TOUR 2011 ~LOVE STORY~】を収録したものなんですけど、震災の影響で中止になってしまった公演もあったので、それで観に来られなかった人たちに聴いてもらいたい想いもあって。あと、ライブを観て「意外だった」とよく言われるので、その部分も聴いてもらったらもっと新しい一面を知ってもらえるかなと思いまして、作らせてもらいました。『Jupiter』や『明日』『ノクターン』とかが入るとベスト盤みたいな感じもして、自分的に嬉しいです。
--では、最後に。今敢えて、再び聞きたいことがあります。平原綾香、これからどんなアーティストになっていきたいですか? もしくはどんなアーティストで在り続けたい?
平原綾香:歌い続けていたい。楽しいときもあれば、大変なときもあるけど、続けていくことを目標にしていきたい。あとは、世界中の人たちから曲に関して書き込みがあったりするので、世界中のいろんなところに行って、歌を生で届けたいという夢もあります。アジアツアーとか、世界ツアーとか、格好良いじゃないですか!
--日本のアーティストが世界ツアーは、たしかに格好良いです。
平原綾香:世界ツアーという字を見ただけでワクワクするから、いつかそういうことが出来たらいいなって夢見ています。
Interviewer:平賀哲雄
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