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<コラム>2025年年間“ニコニコ VOCALOID SONGS”を振り返る
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Text:小町碧音
2025年年間“ニコニコ VOCALOID SONGS”が発表された。“ニコニコ VOCALOID SONGS”とは、ニコニコ動画上の再生数や作成数、コメント数、いいね数などのデータに、ビルボード独自の係数を掛けて人気沸騰中のボカロ曲上位20楽曲を算出し、毎週発表されるチャートだ。
【ビルボード 2025年 年間ボカロ・ソング・チャート“ニコニコ VOCALOID SONGS”】
— Billboard JAPAN (@Billboard_JAPAN) December 4, 2025
1位 DECO*27
2位 柊マグネタイト
3位 サツキ
4位 吉田夜世
5位 DECO*27
6位 ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ
7位 雨良 Amala
8位 なきそ
9位 wowaka
10位 いよわ pic.twitter.com/XHiwoOp9IY
今年の年間チャートのトップに君臨したのは、YouTubeのユーザー生成コンテンツ(UGC)の再生回数を集計した“Top User Generated Songs”でも年間首位を獲得したDECO*27の「モニタリング」だった。2025年上半期“ニコニコ VOCALOID SONGS”では、柊マグネタイトの「テトリス」が、2位のDECO*27「モニタリング」のポイントを僅かに上回り、首位を獲得していた。しかしその後、9月5日に公開された「モニタリング (Best Friend Remix)」が、起爆剤となり、原曲を年間再生数1位のボカロ曲に押し上げた。
▲DECO*27「モニタリング」
その他、2024年年間“ニコニコ VOCALOID SONGS”では2位だったサツキの「メズマライザー」が勢いづき、昨年を上回るポイントを獲得し3位に。昨年1位の「オーバーライド」(4位)と今回順位が入れ替わっているのも注目に値する。2024年4月27日に公開された「メズマライザー」は、催眠術にかけられた初音ミクとかからなかった重音テトの差異がクイズ形式で描かれたサイケデリックな曲だ。MVは、DECO*27の「ラビットホール」の二次創作アニメーションで注目を集めた韓国出身のイラストレーター/映像作家・channelが初めて手がけたボカロ曲の公式MVで、二人の間で共有されたのは「催眠術」というテーマのみ。他には一切の説明も干渉もなかったという。情報が限られる中でも歌詞に含まれた真意を削ぎ落すことなく読み取ったchannelによるMVは、リスナーの多様な考察を引き出し、バイラルヒットに結びついた。
その「メズマライザー」が、楽曲単体としてのヒットを超えて、ボカロカルチャーを世界へ押し広げる推進力にまで達したと強く感じた出来事のひとつが、4月から5月にかけて国内外のファンが駆けつけた全国ツアー【初音ミク JAPAN LIVE TOUR 2025 ~BLOOMING~】にある。このライブで、クリプトン・フューチャー・メディア主催公演では初出演となる重音テトが3DCGモデル姿でサプライズゲストとして登場し、初音ミクと並び「メズマライザー」を披露するまでに至ったことが、象徴的だった。
ボカロカルチャーは世界へ
NHKスペシャル『新ジャポニズム 第2集 J-POP “ボカロ”が世界を満たす』が放送されたのが3月で、第1回となる国内最大規模の国際音楽賞『MUSIC AWARDS JAPAN 2025』では、黒うさPの「千本桜」が『最優秀ボーカロイドカルチャー楽曲賞』を受賞。さらに、10月に実施された『YouTube Music Weekend』では、2024年の大ヒット曲「オーバーライド」の作者・吉田夜世が、ニコニコ動画からYouTubeを通して世界へ──その思いを託したスペシャルステージプログラム『VocaNova』で、ボカコレTOP100ランキング歴代優勝曲をDJプレイした。
そうしたビッグイベントと並行して、ネットで活動するクリエイターが主役となるニコニコ超会議の中心企画『クリエイタークロス』のグローバル版として始動した『Asia Creators Cross』も2024年11月から本格的に展開し、5月に【Strawberry Music Festival(中国・北京市)】、6月に【Anime Festival Asia(インドネシア・ジャカルタ)】、11月に【Anime Festival Asia(シンガポール)】で、海外でも人気の高いボカロPが現地でパフォーマンスを披露した。他にも、音楽イベント【Magic Night】が上海と広州で初開催されボカロPが5月に出演し、クラブイベント型ミュージックアートフェス【NIGHT HIKE】は初の海外公演として10月に上海でライブを行うなど、日本のボカロカルチャーをアジアへ輸出する流れが強まった一年となった。
同時に、クリプトン・フューチャー・メディア主催のクラブイベント【HATSUNE MIKU Digital Stars 2025】のテーマ曲「Radiant Revival」を制作したシカゴ在住のボカロP・Jamie Paigeは、ビザ問題で来日はできなかったものの、Digital Stars初のジャパンツアーにヘッドライナーとして参加する予定が組まれた。さらにはアメリカ在住のボカロP・SAWTONEが手がけた「M@GICAL☆CURE! LOVE (ハート) SHOT! 」が7月に日本語版のプロセカに実装されるなど、海外ボカロPが日本で存在感を増した年でもあった。
▲Jamie Paige「Radiant Revival」
文化の違いとして、日本のリスナーはボカロP、英語圏のリスナーは音声合成ソフトのキャラクターを推す傾向がある。「メズマライザー」の場合、初音ミクと重音テトというファンダムの大きいタッグで構成された英訳込みのMV、楽曲のリズムの輪郭をビビッドな色彩を元に視覚的に際立たせるchannelの動態センス、電波系サウンドといった海外に響く要素が複合的に作用し、バイラルヒットに結びついたのだと思う。魔法少女ミクが現れるなきその「いますぐ輪廻」(8位)のMVもchannelが制作していることで共通している。
もちろん、プラットフォームがYouTubeやTikTokに集約されたことで、海外との接続がごく普通になった点も大きい。「メズマライザー」の後継として生まれた初音ミクと重音テトが登場する雨良 Amalaの「ダイダイダイダイダイキライ」(7位)を含めて、ボーカロイドの初音ミク、UTAU発の重音テトという出自の違いも影響してか、二人が対立した存在として描かれているのも興味深い。個人的には、音声合成キャラクターの背景に蓄積されたネットミームや様々な人の想いのストーリーが、キャラクターの表現の幅を広げる力になり得ると感じている。
ボカロのグローバル化が生んだ課題とクリエイティビティ
柊マグネタイトが2月9日に公開した「ざぁこ」は、日本固有のスラング「メスガキ」を想起させる内容で、9歳設定のボーカロイド・歌愛ユキに性的で挑発的な歌を歌わせた点が英語圏・欧米圏のボカロリスナーから批判され、同日中にMVが公開停止となった。また、中国の動画共有サービス「bilibili」で中国語楽曲を含むすべてのボカロ曲の中で史上最速となる1000万回再生を記録したぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬの「みむかゥわナイストライ」(6位)も、一部の海外リスナーから小児性愛的だと批判され議論を呼んだ。こうしたケースは、海外にも届く前提で作品づくりを行い、作者の意図が誤解されないよう届ける重要性を改めて意識させるものだった。
▲柊マグネタイト「雑魚」
一方で海外の声をクリエイションへと見事に昇華させたのは、サツキが「メズマライザー」に次いで投稿した「オブソミート」だ。2024年6月13日にベトナムのXユーザー・Failed Vesselが、初音ミク、重音テト、ボーカロイド派生キャラの亞北ネルが登場するラマーズPの「驫麤~とりぷるばか~」の二次創作MVのポストに、「AND THE YELLOW ONE THAT DOESN'T APPEAR IN MESMERIZER SO I DON'T REMEMBER HER(黄色いやつはメズマライザーに登場していないから覚えていない)」とリプライ。その後、6月19日にオーストラリアのXユーザー・MICCHが「Actually, the yellow one WAS in mesmerizer!🌟(実は黄色いやつはメズマライザーにいたんだ!)」というコメントとともに、デフォルメキャラの初音ミクと重音テトの真ん中でコインの振り子を持つ亞北ネルが描かれた二次創作アニメーションを添付してポストした。そこから“「メズマライザー」の黒幕は亞北ネル"という謎のネタが生まれ、サツキがそれに反応し、「オブソミート」のMVでは、初音ミク、重音テトに加え、亞北ネルも登場した。
海外の方々により「メズマライザー亞北ネル黒幕説」が浮上しているの、面白いですね https://t.co/HlKWKOLrUl
— サツキ (@32ki_May) June 19, 2024
▲サツキ「オブソミート」
音声合成ソフトのキャラクターをMVに登場させる手法は、キャラクター性を重視した楽曲が主流だった黎明期にもよく見られたが、当時と大きく違うのは、たとえ初音ミクだとしても“個性的なデザインで再構築された初音ミク”が使われるようになったことだ。そのデザイン性の高さから多くのファンアートやコスプレなどの二次創作が誕生している。今では、MVごとのキャラクターが楽曲と同じくらい重要な存在感を持つようになり、その結果、先述した重音テト出演ライブのように、キャラクターがMVから独立し、ライブに出演する形態が一つの表現として成立し始めている。重音テトは2008年に匿名掲示板のエイプリルフールネタとして生まれ、その後UTAUの音声ライブラリとして実現し、2023年4月には株式会社AHSからSynthesizer V版がリリースされるに至った。そんなグッとくるストーリーを持っていることも、海外リスナーに強く刺さっている要因だろう。
ボカロとPは「win-winの関係」に
技術の進化とクリエイターの継続的な努力が積み重なり、ボカロPと初音ミクらがお互いの認知度を高め合う、まさにwin-winの関係が成立しつつあるのが、現在のボカロシーンだと思う。2019年頃には、ボカロPのアーティスト化を巡って“ボカロ踏み台論”が注目を集めたが、ボカロへの愛の深さは本チャートと、メインストリームへ突き進んだボカロ出身アーティストたちのボカロへの感謝の姿勢が示しているとおり。
12月1日には、ヤマハ株式会社が立ち上げた“ボカロになりたい”人の夢を形にするクラウドファンディング型ボカロ化支援サービスVOCALOID FAN-dingの第1弾として足立レイのボーカロイド計画が始動。来年には、DECO*27がプロデュースする初音ミク(ライトネスとダークネス)の3Dライブ【デコミク LIVE starring 初音ミク『Hello』Produced by DECO*27 / OTOIRO】が初開催される。ボーカロイドがツールとしてだけでなく、一人のキャラクターとして愛されることで、ボカロシーンが潤っていく展開は続きそうだ。
▲DECO*27「モニタリング (Best Friend Remix)」
ボカロ曲のトレンドについては、2025年上半期“ニコニコ VOCALOID SONGS”の振り返りコラム(https://www.billboard-japan.com/special/detail/4858)で記述しているため割愛するが、6月11日公開分から3週連続で1位を獲得した吉本おじさんの「お返事まだカナ?おじさん構文!」も、無名のボカロPが瞬間風速で話題をさらった曲として触れておきたい。楽曲歌声合成ソフトVoiSonaから、雨衣(CV:しぐれうい)がリリースされた翌日の5月31日にいち早く雨衣をメインに据えたMVで、ネットミームを散りばめるなど、TikTokでの拡散を想定したバズの法則に沿って制作された。バズを意識した構成の楽曲が多く見られたのは、言い換えればトレンドに常に敏感なシーンの表れともいえる。ここ数年でもシーンの熱量はかなり高かったのではないだろうか。
「モニタリング」は原曲→「モニタリング (Best Friend Remix)」の順での視聴を推奨する。筆者はドアスコープ越しに見えていた恐怖の正体は虚像で、視点を変えれば世界は一瞬で裏返るという真理を、2曲を通して受け取った。この感動体験は、影と光を散りばめた今回のアニメーションなしではもはや成立しない。今まで以上に楽曲とMVが結びつきを強めていることの証左だ。同時に、グローバル展開の時代に必要な“想像力”と“視野を広げること”を示唆しているようにも感じた。大胆でセクシュアルな楽曲から1月公開の『劇場版プロジェクトセカイ 壊れたセカイと歌えないミク』の挿入歌「ハローセカイ」の涙まで真逆の表情も操る作家性が、この曲でも輝いた。王者「モニタリング」は、日本と世界を繋げた2025年の転換点を象徴する楽曲に思えた。その構造自体が、あまりにもストーリーテリングだった。



























