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ビートルズの“はてしない物語”がここに 最新技術で新たなストーリーが見えてくる『アンソロジー4』5選

Text: 黒田隆憲
Photo: Bruce McBroom/© Apple Corps Ltd
2025年、ビートルズの膨大なアーカイブを体系的に編纂する『アンソロジー・プロジェクト』が新たな局面に入った。最新作『アンソロジー4』では、最新技術によって修復された未発表テイクや歴史的パフォーマンス、そしてスリートルズ(ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの3人によるバンドプロジェクト)期の重要音源まで、多彩な素材が一挙に公開されている。スタジオ内の緊張や創作の試行錯誤、そして晩年のメンバー同士の対話までも浮かび上がる、まさに更新され続けるビートルズの記録だ。
ここでは、その中から特に聴き逃せない5つの音源を紹介したい。
スリートルズ3曲
-「フリー・アズ・ア・バード」
-「リアル・ラヴ」
-「ナウ・アンド・ゼン」
『アンソロジー4』で最重要と言えるのが、いわゆるスリートルズの3曲だ。その原点は、生前のジョン・レノンがダコタハウスで家族と過ごしながら録りためたホームデモで、ヨーコ・オノがアンソロジー制作のためにポールへ託した音源にある。1995~96年に制作された「フリー・アズ・ア・バード」と「リアル・ラヴ」では、ジェフ・リンがジョンのこもったボーカルを丁寧に補正し、残る3人の新録パートと融合させることでビートルズの再会を実現させた。しかし、ジョンのピアノと声が同じマイクで録られ、ノイズ音の混入も深刻だった「ナウ・アンド・ゼン」だけは作業が進まず、長く未完のまま封印されてしまう。
転機はピーター・ジャクソン監督の『ザ・ビートルズ:Get Back』制作で開発されたAI技術「MAL(Machine-Assisted Learning)」だった。これは音の構造を学習し、声や楽器を別々に再構築する手法で、ジョンのボーカルとピアノの完全分離を可能にした。この技術によって曲は再び息を吹き返し、2023年、ついに最後のビートルズ曲として完成に至る。
制作で注目すべきは、1995年にジョージが残したギターパートが今回の完成版にも部分的に生かされている点だ。さらにポールはジョージのスタイルを踏まえた新たなスライドギターを、リンゴは現在のタッチでドラムを録音し、「ジョン(80年代)→ジョージ(90年代)→ポール&リンゴ(2020年代)」という時間のレイヤーがひとつの曲に重なった。今回の『アンソロジー4』ではジャイルズ・マーティンがミックスを担当し、90年代の密度が高いジェフ・リン的音像と、AI分離によるクリアな「ナウ・アンド・ゼン」の質感を巧みに整え、3曲が同じ地平で響くように仕上げている。3曲を通して聴くと、ビートルズが過去の遺産ではなく、いまなお更新され続けるプロジェクトであることがはっきりと見えてくるだろう。
なお、「フリー・アズ・ア・バード」と「リアル・ラヴ」の“2025ミックス”にもMALが導入され、ジョンの声が既発バージョンよりも生々しく聴こえる点にも注目したい。
「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」– Take 26(1966)
ジョンの最もお気に入りだったビートルズの楽曲の一つである「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」は、録音史でも稀に見る編集によって生まれた芸術作品だ。完成版は、キーもテンポも異なるまったく別の2テイク(穏やかなバンド演奏のテイク7と、重厚で幻惑的なテイク26)を、プロデューサーのジョージ・マーティンとエンジニアのジェフ・エメリックがテンポ調整とキーの変換を駆使して接合したもの。特に後半の世界がねじれていくようなパートは、実質的にテイク26そのものだが、これまでフルの形で公開されたことはほとんどなかった(初出は『サージェント・ペパーズ・ロンリー・クラブ・ハーツ・バンド』50周年記念盤)。
今回『アンソロジー4』に収録されるテイク26は、この編集芸術の裏側をあらわにする決定的資料と言える。冒頭からストリングスとブラスが渦を巻き、チェロが不穏に唸り、リズムはゆったりと沈み込む。ジョンのボーカルは完成版よりも生々しく、粘りのあるマラカスやスネアのアタックがサイケデリアをスタジオで物理的に作り出そうとしていた瞬間を克明に伝えてくる。
完成版では速度調整によってテイク7と合体させているため、後半に聴こえる世界観はこのテイク26が軸になっている。だが単体で聴くと、両者の質感がいかに本来かけ離れていたかがよくわかる。つまり、マーティンとエメリックの編集という名の作曲行為が、いかにビートルズの音楽を新しい段階へ押し上げたかを理解するうえで不可欠な音源なのだ。
テイク26の完全版は、完成版の魔術的構造を逆照射し、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」という楽曲がどれほど大胆な制作プロセスによって形づくられたかを改めて浮かび上がらせる。まさに『アンソロジー4』でも最重要の発掘といえるだろう。
「愛こそはすべて」– Rehearsal for BBC broadcast(1967)
1967年6月25日、ビートルズは世界中継番組『Our World』に出演し、「愛こそはすべて(All You Need Is Love)」を生放送で披露した。4億人以上が視聴したと言われる歴史的イベントだ。今回収録されたのは、その本番当日のカメラリハーサル音源。スタジオ内には緊張と高揚が混ざった空気が漂い、ジョンの歌い方は本番よりも素朴で軽やか。ストリングス、ブラス、コーラスがまだ荒削りな状態で響き、それが逆に曲の骨格を際立たせている。「愛こそすべて」というメッセージを世界に向けた瞬間の裏側で、ビートルズがどのように音を作り込んでいたのか。その準備の過程を音で追体験できる貴重なリハーサルである。
「ドント・レット・ミー・ダウン」– ルーフトップ・コンサート初回テイク(1969)
1969年1月30日、英ロンドンのアップル(Apple Corps)本社屋上で行われたルーフトップ・コンサートは、ビートルズが公の場で行った最後のライブであり、その象徴性は語り尽くせない。だが、この歴史的最後のステージで演奏された楽曲のオーディオ単体が正式な形でまとめて公開される機会は驚くほど少なく、とりわけ「ドント・レット・ミー・ダウン」のファーストテイクは、熱心なファンの間でいつ正式音源化されるのかと長年待望されてきた素材だ。
今回『アンソロジー4』に収録された初回テイクは、まさにルーフトップの最初の一撃そのものである。単なる別テイクではなく、彼らが極寒の屋上に立ち、アンプの電源を入れ、マイクに息を吹きかけ、演奏を始めた最初の瞬間がそのまま記録されている。その緊張感と生々しさは、映像では伝わりきらなかった迫力を持つ。
ジョンのボーカルはむき出しで、声の震えがそのまま楽曲の表情として刻まれる。ポールは裏声のギリギリまで張り上げ、ジョージのギターは冬の強風に煽られて揺れ動く。ビリー・プレストンのエレピが、荒々しいアンサンブルに柔らかい芯を与えているのも印象的。ジョンが歌詞を飛ばす場面も含めて、ファーストテイクならではの完璧ではない魅力がそのまま露出している。
この音源が特別視されるのは、ビートルズが解散を目前にしながら、なお4人(+プレストン)が音を鳴らす喜びを忘れていなかったことを示すからだ。スタジオ録音では得られない即興性、躊躇い、昂揚、そのすべてがファーストテイクに凝縮されている。ルーフトップ・コンサートの中でも特にファン人気が高い演奏が、ついに高音質かつ完全版として解禁されたことは、『アンソロジー4』の大きなトピックの一つといっていい。
「グッド・ナイト」– Take 10 with a guitar part from Take 5(1968)
『ホワイト・アルバム』のラストを飾る本曲は、リンゴが豪華なオーケストラを従えて歌う甘美な子守唄として知られている。しかし、曲の始まりはまったく異なる姿だった。今回収録されたアコースティック版は、ジョンの3フィンガーギターとリンゴの素朴な歌声、そしてメンバーたちのドゥーワップのようなコーラスを基調とした、驚くほどシンプルなテイクだ。オーケストラ・アレンジが施される前の段階で、ジョンはリンゴの歌い方を丁寧に指導しながらアコギを奏でていたという。この音源からは、その温度や柔らかさまで手に取るように伝わってくる。
公式に完成した「グッド・ナイト」は映画的な壮麗さを湛えているが、このアコースティック版には当時のグループがギリギリで保っていた親密さがある。しかも、ジョンが実子ジュリアンのために書いたという背景を踏まえて聴くと、曲の印象がまるで変わるだろう。ビートルズの音楽が持つ個人的な温かさを再発見できる貴重なトラックだ(初出は『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』50周年記念エディション)。
ほかにも、「こいつ(ジス・ボーイ)」のTake 12でジョンとポールが吹き出す瞬間、「恋におちたら(If I Fell)」でハーモニーが揺らぐTake 11、怒涛のグルーヴを刻む「ヘイ・ブルドッグ」の生々しすぎる演奏など、聴きどころは枚挙にいとまがない。『アンソロジー4』が特別なのは、完成された名曲ではなく、その裏にあるプロセスや息遣いを聴かせてくれる点にある。スリートルズ3曲が示す時間を越える創造、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」テイク26が解き明かす編集の魔術、「愛こそはすべて」リハの舞台裏、屋上での実演、そして「グッド・ナイト」の親密な原型――。これらを通して見えてくるのは、ビートルズが常に未完成の瞬間を糧に進化し続けたバンドだったという事実だ。そしてその未完成を、2020年代のテクノロジーが現代に再び蘇らせた。
ビートルズは過去の遺産ではない。いまこの瞬間も、更新される物語であり続けている。
リリース情報

ザ・ビートルズ『アンソロジー・コレクション』
2025/11/21 RELEASE
<8CD ボックス・セット>
UICY-80700/7 22,000円(tax in.)
完全生産限定盤
<12LP ボックス・セット>
UIJY-75340/51 69,300円(tax in.)
直輸入盤仕様、完全生産限定盤
<8CD ボックス・セット【THE BEATLES STORE 限定盤】>
PDCT-1040/7 22,000円(tax in.)
輸入国内盤仕様、完全生産限定盤
<12LP ボックス・セット【THE BEATLES STORE 限定盤】>
PDJT-1060/71 69,300円(tax in.)
直輸入盤仕様、完全生産限定盤
12LP/8CDの各ボックス・セットの購入はこちら
ザ・ビートルズ『アンソロジー4』

2025/11/21 RELEASE
<2CD>
UICY-16350/1 4,400円(tax in.)
<3LP>
UIJY-75360/2 14,300円(tax in.)
直輸入盤仕様/完全生産限定盤
購入・再生・ダウンロードはこちら
©Apple Corps Ltd.
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