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<コラム>“不屈の精神の象徴” フー・ファイターズ デビュー30年と来日公演が重なるアニバーサリーにバンドの原点を振り返る



コラム

Text: 大野俊也

 10月に17年ぶりの単独来日公演ツアーを行うフー・ファイターズ。今年でデビュー30周年を迎えたことを記念して、1stアルバム『フー・ファイターズ』の30周年記念盤がリリースされる。世界各国ではアナログ盤が10月18日にリリースされ、日本でのみCDとして世界に先駆けて10月1日に先行発売されるのだ。

 フー・ファイターズの30年の物語はこのデビュー作『フー・ファイターズ』から始まった。

 1994年4月、音楽シーンを揺るがした衝撃。それはニルヴァーナのフロントマン、カート・コバーンの死であった。1991年の大ブレイクによって、いわゆるグランジ、オルタナティヴ・ロックを世界の頂点に押し上げたこのバンドの突然の終焉は、ドラマーであるデイヴ・グロールの人生をも大きく変えることとなった。まだ25歳だった彼は、音楽を続けるべきかどうか、深い葛藤の中にいた。しかしデイヴは音楽から離れることができなかった。一人でシアトルのロバート・ラング・スタジオに入ると、書き溜めていた曲をもとに、ギター、ベース、ドラム、ヴォーカルのすべてを自分で録音し始めた。制作期間はたったの6日間。デモテープには名前を隠すために「Foo Fighters」とだけ書かれた。これが後にフー・ファイターズと名付けられるプロジェクトの始まりとなる。

 1995年6月26日。全世界のロックファンが注目する中、デビュー・アルバム『フー・ファイターズ』がリリースされる。そこにはすでに後のバンドの方向性を決定づける要素が詰まっていた。疾走感のあるギターリフ、力強いメロディー、そして内省的ながらも前を向いて進む歌詞。ファンはフー・ファイターズにニルヴァーナの影を求めることもあったが、デイヴの音楽はもっとシンプルに生きる力を鳴らしており、音楽の持つポジティヴな側面が個性となっていた。リリースに先駆けて、デイヴはバンドとしての形を整えるために、仲間を集めた。現メンバーのパット・スメア(ギター)、元サニー・デイ・リアル・エステイトのネイト・メンデル(ベース)はこの時に加入している。本格的にバンドとなった彼らは精力的にライブ活動を始め、1995年12月には初来日も果たしている。

 続く1997年リリースの2ndアルバム『ザ・カラー・アンド・ザ・シェイプ』は、デイヴのソロプロジェクトから世界的ロックバンドへと成長する決定的な作品となった。今もライブのハイライトであり続ける「エヴァーロング」「モンキー・レンチ」「マイ・ヒーロー」はこのアルバムの収録曲だ。特に「エヴァーロング」は、デイヴ自身も「人生で一番大切な曲」と語るほどの代表曲で、愛とつながりをテーマにしており、トリビュートや追悼など、バンドの歴史の中で特別な瞬間の時にたびたび演奏されてきた。


 ただ、アルバムの制作過程は平坦ではなく、デイヴはドラムパートをすべて自身で録り直すことになる。バンド内での摩擦も生まれる中、デイヴのこだわりがこのアルバムを名盤へと導いたこともまた事実だ。これを機に空いたドラマーのポジションには、アラニス・モリセットのツアードラマーだったテイラー・ホーキンスが入り、同年、バンドは伝説となった【第1回フジロックフェスティバル】への出演を果たす。さらに年明けの1998年の正月には、単独来日公演も実現している。

 1999年に3rdアルバム『ゼア・イズ・ナッシング・レフト・トゥ・ルーズ』をリリースすると、新メンバーとして元ノー・ユース・フォー・ア・ネームのクリス・シフレット(ギター)が加入して、新生フー・ファイターズの体制が整う。このラインナップで翌年の【フジロックフェスティバル】にも出演。よりメロディアスな方向にもアプローチしたこのアルバムからは、「ラーン・トゥ・フライ」が大ヒット。MTV全盛期にキャッチーなミュージック・ビデオも功を奏して、彼らは世界的ロックバンドのトップに名を連ねることとなる。本作は2001年に【グラミー賞】で〈最優秀ロック・アルバム賞〉を受賞している。


 続く『ワン・バイ・ワン』(2002)は産みの苦しみの中から完成し、「オール・マイ・ライフ」「タイムズ・ライク・ジーズ」といったアンセムが誕生した。特に「タイムズ・ライク・ジーズ」は、9.11後の不安定な時代を生きる人々にとって、強いメッセージを持つ曲として支持され、政治的なイベントでも演奏されるなど、バンドの社会的存在感を高めた。本作で【グラミー賞】の〈最優秀ロック・アルバム賞〉を受賞し、同年のイギリスの【レディング・フェスティバル】ではヘッドライナーを務めるなど、ロックフェスでの存在感も確立していく。日本でも翌2003年に冬フェスの【Magic Rock Out】に出演している。

 常に進化を目指し、同じことを繰り返しやりたくないというデイヴの思いは、2005年のアルバム『イン・ユア・オナー』で形となった。自分たちの拠点となるスタジオ、Studio 606を作り、バンドは2枚組の大作に挑戦した。1枚目はエレクトリックで攻撃的なロック、2枚目はアコースティックで繊細なアプローチ。この打ち出しによって、フー・ファイターズはただのラウドなロックバンドではなく、多面的な表現力を持つことを示した。同年7月には【フジロックフェスティバル】に出演し、初のヘッドライナーを務めた。翌2006年12月には日本武道館公演を成功させ、1日限りのアコースティック・ライブも行なっている。


 2007年の『エコーズ、サイレンス、ペイシェンス・アンド・グレイス』ではその多面性をさらに洗練させ、「ザ・プリテンダー」を世界的なヒットにして、【グラミー賞】の〈最優秀ロック・アルバム賞〉を受賞。ヘヴィさとメロディーのバランスを保ちながら進化を続け、大衆的成功と批評的評価を両立させる稀有な存在へと成長した。この年、ツアーメンバーのラミ・ジャフィー(キーボード)が正式メンバーとして加入。翌2008年4月には単独来日公演を、日本では最大規模となる幕張メッセとZepp Osakaで行っている。

 デイヴの常に進化を目指すという姿勢は、2011年の『ウェイスティング・ライト』でまた新たな形となって現れた。プロデューサーにブッチ・ヴィグを迎え、自宅のガレージで完全アナログ録音で制作が行われた。ブッチはニルヴァーナのアルバム『ネヴァーマインド』のプロデューサーであり、フー・ファイターズの『グレイテスト・ヒッツ』収録の新曲2曲をプロデュースしたばかりだった。デジタル時代に逆行するようなアプローチが功を奏し、「ウォーク」「ロープ」が大ヒット。【グラミー賞】の〈最優秀ロック・アルバム賞〉を受賞し、ライブの規模も拡大し、スタジアムを満員にする数少ない現行のロックバンドとなった。



 デイヴの挑戦はさらに続く。2014年の『ソニック・ハイウェイズ』は、全米8都市で録音し、その土地の音楽的背景を取り込むというユニークなコンセプトで制作された。HBOのドキュメンタリーと連動し、フー・ファイターズは音楽の歴史と文化を掘り下げるロックバンドとしても注目を集めた。

 2015年、4度目の出演となる【フジロックフェスティバル】でヘッドライナーに決定するものの、前月のスウェーデン公演でデイヴがステージから転落して脚を骨折。しかしデイヴはギプスをつけたまま椅子に座りながらライブを強行し、これがまた新たな伝説を生んだ。【フジロック】でも、特注の豪華な椅子に座り、時折松葉杖を使ってステージを歩きながら、骨折をものともせず、気合いもユーモアも見せた素晴らしいパフォーマンスを見せた。



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 2017年のアルバム『コンクリート・アンド・ゴールド』は、キャリアの中でもひときわ重厚なサウンドを追求した作品だ。プロデューサーには、ポップやR&B畑の印象が強いグレッグ・カースティンを起用。アルバム全体は、タイトルにもあるように、コンクリートのようなロックのパワーとゴールドのようなメロディーの輝きが同居する。ポール・マッカートニーが1曲でドラムを叩いたり、ジャスティン・ティンバーレイクがバックヴォーカルで参加したりと、意外なゲストもファンを驚かせた。同年の初出場となった【サマーソニック】ではヘッドライナーを務め、リック・アストリーまで飛び入りし、「ネヴァー・ゴナ・ギヴ・ユー・アップ」を一緒に歌っている。



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 コロナ禍による延期を経て、2021年2月にリリースされた『メディスン・アット・ミッドナイト』で、バンドは再び新たなチャレンジをする。これまでのストレートなロックから踏み出して、グルーヴ感やダンスビートを大きく取り入れることに挑戦。デイヴ自身が「自分たちなりのダンスレコード」と語るように、デヴィッド・ボウイやクイーンからの影響も感じさせつつ、フー・ファイターズが単なるロックバンドに収まらないことを証明した。この年はツアーも再開し、ファンと再び直接つながる機会を取り戻した。同年10月には『ロックの殿堂』入り。翌年公開のホラーコメディ映画『Studio 666』では、メンバー全員が本人役を演じるなど、音楽以外でもバンドの結束と遊び心を見せている。

 しかし2022年3月、バンドは最大の悲劇に直面する。長年バンドを支えてきたドラマー、テイラー・ホーキンスが急逝したのだ。世界中のファンが深い悲しみに包まれる中、それでも彼らは止まらなかった。バンドが悲しみに対して選んだ答えは、音楽を演奏することだったのだ。同年9月、ロンドンとロサンゼルスの2回にわたって壮大なトリビュート・コンサートを開催。6時間にわたって、ポール・マッカートニー、スチュワート・コープランド、ラーズ・ウルリッヒ、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、そしてテイラーの息子、シェーン・ホーキンスがドラムセットに座り、フー・ファイターズの名曲を友人テイラーへの追悼として演奏した。


 トリビュートの後、数か月の沈黙が続いた。しかし2023年6月、バンドはアルバム『バット・ヒア・ウィ・アー』をリリースする。デビュー作以来、最も生々しく、悲しみや怒り、受容などを赤裸々に描いた作品で、冒頭の「レスキュード」や、10分に及ぶ大作「ザ・ティーチャー」には、テイラーの死、そしてデイヴの母の死がテーマとして織り込まれている。同年7月には再び【フジロックフェスティバル】のヘッドライナーとして来日。ステージではテイラーがかつてツアーメンバーを務めていたアラニス・モリセットも登場した。



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 そして結成30周年となる2025年。30周年を記念して、7月にはサプライズで新曲「トゥデイズ・ソング」がリリースされた。アートワークはデイヴの娘ハーパーが手がけたもので、新たなアンセムとなりそうな力強い曲だ。ここではデイヴ自身の成長、人生の困難の乗り越え方、時間の流れを振り返る様子が描かれており、リリースに合わせた公式発表でデイヴは、バンドの歴史を語るとともに、これまでの元メンバーに対する感謝も述べている。また、同タイミングで、デイヴのルーツであるワシントンD.C.のハードコア・バンド、マイナー・スレットのカバー曲「I Don’t Wanna Hear It」もリリース。演奏は1995年に録音され、ヴォーカルは2025年に録音されたという。9月13日にはカリフォルニア州サン・ルイス・オビスポのフリーモント・シアターで、バンドは2025年の初ライブとなるサプライズ公演を行い、これが新ドラマー、元ナイン・インチ・ネイルズのイラン・ルービンのデビューとなった。


Photo: Andi K Taylor

 フー・ファイターズはニルヴァーナの終焉とカート・コバーンの死という大きな喪失を経験したところから始まった。悲しみの中で、デイヴは自分自身の音楽を作ることで乗り越え、立ち直ろうとした。バンドは結成以来、大きな成功も経験してきたが、メンバー交替や悲劇が続き、バンドの存続危機にも関わるターニングポイントの連続だった。それでもバンドは継続してきた。デイヴのリーダーシップ、メンバー間の信頼、音楽に対する愛と誠実さ。それが彼らの30年を支えてきたのだ。デビュー30周年を記念したCD、アナログ盤のリリースは、過去の祝福だけでなく、バンドの原点とこれまでのキャリアを改めて見つめ直す絶好の機会となるはずだ。

 彼らの音楽は世代を超えて共鳴し、悲しみや喪失を乗り越える不屈の精神、レジリエンスの象徴となってきた。新曲「トゥデイズ・ソング」にしても、バンドが過去に安住せず、常に新たな創造を続ける意志の表れだ。新しいドラマーも決まり、今後のアルバム制作やツアーなど未来への道も見えてきている。このタイミングで17年ぶりの単独来日公演も控えているのだ。フー・ファイターズの新たな章が観られる絶好の機会はもうすぐだ。

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