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<コラム>チャーリーXCX 【グラミー賞(R)】9部門に選出、止まらない“ブラッド・シーズン”を巻き起こす彼女に注目
Text:松永尚久
一時はLAの山火事を影響に開催が危ぶまれたものの、消防士や消火に携わったすべての人々を称賛、そして被害者の救済を目的に予定通り2月3日(日本時間)におこなわれることになった、【第67回グラミー賞(R)】。最多11部門にノミネートされたビヨンセを筆頭に、シーンを賑わせたミュージシャンたちが数多くラインナップされているが、そのなかでも夏以降インフルエンサーだけでなく政治家も巻き込んだ“ブラット現象”を巻き起こし、一躍カルチャー・アイコンとなったチャーリーXCXも、9部門に選出。最優秀賞に近い存在として、熱い注目を集めているのだ。
2012年にリリースされ全米チャート・トップ10入りを果たしたアイコナ・ポップの楽曲「I Love It」でフィーチャーされ注目、その翌年にデビュー・アルバムを発表したチャーリー。14年に参加したイギー・アゼリアのシングル「Fancy」で全米ビルボード・チャート7週連続1位を記録し、【第57回グラミー賞(R)】では最優秀レコード賞にもノミネート。さらに15年発表の2nd アルバム『SUCKER』に収録された「Boom Clap」でもトップ10入りを果たすなど、着実に人気と実力を磨いてきた。18年にはテイラー・スウィフトとのワールド・ツアーに帯同し、日本でもパフォーマンスを披露。以降もリリースされたアルバムや楽曲は、エッジの効いたサウンドを展開し支持されているだけではなく、ファッションをはじめととする刺激的なビジュアルなどから伝わってくるインディペンデントな姿勢(アティテュード)は、特にLBGTQ+をはじめとするマイノリティーと呼ばれる方々からの熱狂的な支持と共鳴を獲得。作品を発表するたびに多くの衝撃と称賛の声が寄せられている。
Icona Pop - I Love It (feat. Charli XCX) [OFFICIAL VIDEO]
そして、24年6月にリリースした通算6作目となるスタジオ・アルバム『ブラット』で、これまで以上のインパクトを、音楽シーンだけでなく幅広い世界に与えたのだった。まず、強烈に目にとまったのが、アルバムのアートワーク(ジャケット)である。解像度が悪いライムグリーンをバックに、見慣れたフォントのタイトルが中心に無造作に配置されたような、シンプルかつY2Kを連想させるデザイン。しかし、そこには「アーティストの顔を大きくフィーチャーしたアートワークが正義なわけじゃない。ここにどういう意味が隠されているのかを考えるものがあってもいいのでは」というチャーリーの強い思い、メッセージが込められているという。これまでチャート上位にランクインするポップ・ソングを輩出しながらも、そこに決して迎合することはないチャーリーならではの“ブラット(いたずらっ子)”感が伝わってくるデザインになっている。

ちなみに、アルバム・タイトル『ブラット』は、チャーリーの生き方を反映している言葉として使用されているようだ。これは、「ありのままの自分」「飾らない自分」「やりたいことをやる」「好きをあきらめない」というポジティブな価値観を象徴するもの。固定概念や周囲の意見に左右されず、自分を愛し、自分らしく生きることを表現しているという。また、他人のアイデンティティを批判するだけの“ブラット(外野の人たち)”に向けて、誰かに文句をいう暇があるのだったら、もっと自分に意味のある時間の費やし方をしたほうが良いのでは? という痛烈(シニカル)なメッセージもはらんでいる気もした。
ゆえに、肝心のアルバムに閉じこめられたサウンドも、独自の道を歩みつつも、時代の先端を提示しているインパクトの強い楽曲ばかりが揃っている。初期スマートフォンの着信音を連想させるビートで構成された「360」をはじめ、彼女が幼い頃から影響を受けているエレクトロニック/クラブ・ミュージックの喧騒を彷彿とさせる楽曲のオンパレード。最近の音楽(ヒットチャート)シーンでは、前述のビヨンセを筆頭にシンプルでルーツ感が漂うカントリー(アメリカーナ)音楽が席巻している状況のなかで、チャーリーはその真逆を堂々と展開。その潔さが痛快だ。歌詞に関しても独自の道を歩む生き方(アウトローなスタイル)を反映させたものが多く、特に「360」において綴った自分が好きなものを着て自信を持って街やクラブのフロアに足を踏み入れたら誰だってファッション・アイコンになれると言うメッセージは、ハートを熱くさせ気分をスカッとさせる。
Charli xcx - 360 (official video)
そのいっぽうで、「I Love It」に通じる高揚感のある「Sympathy is a knife」では、有名になって発信したメッセージ投稿が、多くの共感を得ている現状に対する違和感を描いている印象。この楽曲のリミックス(『Brat and it's completely different but also still brat』としてリリースされ、オリジナルとはまったく異なるオートチューン・トラックに)では、アリアナ・グランデと初共演。おそらく視点や生き方が異なるが、同じような環境に身を置く彼らだからこそ感じるフラストレーションを見事に表現している気がした。
またリミックスといえば、勝手に下着の色を想像するように、自分になりすまして何かを投稿するなというメッセージを発している「Guess」で、かつてソーシャル・メディアで体型について憶測・揶揄を投稿されたビリー・アイリッシュとタッグし「Guess featuring billie eilish」を制作。ミュージック・ビデオでは大量の下着の山でパフォーマンスをして話題になった(撮影で使用されたものは、その後ボランティア団体に寄付)。
Charli xcx - Guess featuring billie eilish (official video)
そのほかの楽曲も、ダンサブルでポップな一面を持ちながらも、世の中に波紋を投げるような意味を感じ取れるものばかりが収録。結果、そのストロングでインディペンデントな思いは、多くの人々の心に響き、煽動させる。チャーリーは、「この夏をブラット・サマーにする」と投稿していたが、その言葉どおりアルバムのリリース時期からミュージック・ビデオにインスパイアを受けたファッショニスタがソーシャルに多数出現し、アートワークを反映させたアイテムも登場。さらに、アメリカ大統領選に登場した女性候補者に対して「ブラット」とチャーリーがポストすると(これは彼女を支持するためのものではなかったらしい)、その政治家のソーシャルのヘッダー画像がライムグリーンへ変化するなど、予言どおり、いやそれを上回る現象が世界に巻き起こったのだった。この“ブラット現象”は、夏を飛び越えそれ以降の世界にも波及。結果、アルバムはUKチャート1位、米Billboard 200で自己最高位となる3位を記録するなど、高セールスを叩き出し、さまざまなメディアの年間トップ・アルバムの上位にもランクイン。またグラミー9部門だけでなく、ブリット・アワード2025では最多5部門など多数の音楽賞にもノミネート。24年だけでなく20年代を代表するアイコニックな作品として評価する声も高くなっている。
この「ブラット」な流れが、ついに日本にも本格上陸しそうな勢いだ。アルバムのリリース直後からソーシャルを中心に盛り上がりを見せつつあったものの、先日アルバムの国内盤が登場。アートワークも日本仕様に切り替え、オリジナル曲を収録しているほか、リミックスに収録されているトロイ・シヴァンとの共演曲「Talk talk featuring troye sivan」をボーナス・トラックとして追加。セクシャリティや言語などの境界線を超えて、私たちは誰とでもつながっていくというメッセージを感じるこのナンバーは、日本のリスナーとも分け隔てなく親密なつながりを持ちたいというチャーリーの意思が伝わってくる選曲である。また、日本では卒業や入学などが控えたシーズンでの本作リリース、これから新しい環境に羽ばたいていく人への力強いメッセージ(推進力)にもなる作品になっているだろう。チャーリーの熱心なコレクターでなくても手にしたいアルバムだ。
まもなく開催のグラミーでは、パフォーマンスをすることも決定している、チャーリー。そこではどんなパフォーマンスで“ブラット”ぶりを発揮してくれるのだろうか。また、今後は主演&製作映画の公開も予定されているという。“ブラッド・シーズン”のゴールは、まだまだ先のようだ。
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