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<コラム>Mavis Staples来日公演開催に寄せて by ピーター・バラカン
ぼくは若干涙もろい方かも知れません。映画を見て泣くことが時々ありますし、イヴェントなどでも感極まることがあります。コンサートでは一度だけ泣いた記憶があります。1988年、読売ホールで行われたステイプル・シンガーズのコンサートでした。1曲目、メイヴィス・ステイプルズが歌い出した途端に涙が止めどなく流れました。感動する暇もないほどだったので自分でも驚きました。そのだいぶ後に日比谷の野音でソロの公演を見たことがあって、読売ホールのことが甦ってきてまた泣きそうになりました。終わったら勝手にバックステージに行って、ただ単に「ありがとう」と言ってハグしてしまったのです。そんなことを前にも後にもしたことがなく、とっさに衝動に駆られてしまいました。それだけメイヴィスはぼくにとって特別な歌手です。
彼女の歌に初めて出会ったのはよく覚えています。1972年の夏、家で暇つぶしにラジオを聞いていたらミック・ジャガーがインタヴューに答えて、好きなレコードとしてかけたのがステイプル・シンガーズの「アイル・テイク・ユー・ゼア」でした。その衝撃がすごくて番組が終わった直後、家から歩いて2分の距離にあったレコード店でそのシングル盤を買って聞きまくりました。ちょうどステイプル・シンガーズが大ヒット曲を飛ばし始めていた頃でした。
当時のぼくはただの学生で、音楽好きではあったのですが、どちらかというとロック中心に聞いていた時期です。ステイプル・シンガーズがその時点ですでに20年のキャリアを持つグループであることを知ったのはしばらく経ってからでした。
デビューは1950年代の前半、シカゴを拠点に活動する家族のゴスペル・グループでした。お父さんのポップスはリヴァーブのかかった素朴なエレキ・ギターを弾きながら歌い、それだけの伴奏で3人の子供たちがハーモニーでサポートする形でしたが、早くから末っ子メイヴィスがお父さんより低くて少しかすれた声でリード・ヴォーカルを担うようになったのです。初期の名演「Uncloudy Day」を聞いた10代のボブ・ディランはその不思議なサウンドに魅了され、特にメイヴィスに興味を持ったのですが、60年代に彼女にプロポーズまでしたことが有名な話です。
初期のステイプル・シンガーズはあくまでゴスペルのグループで、どの曲も宗教的な内容でした。しかし、60年代に入ると、ポップスが個人的に仲よかったマーティン・ルーサー・キング牧師が先頭に立った公民権運動のイヴェントに出演するようになり、社会的な訴えを持った歌も歌うようになりました。ボブ・ディランの曲もスティーヴン・スティルズの「For What It’s Worth」も取り上げています。
彼らのキャリアに大きな拍車がかかったのは1968年にスタックス・レコードと契約してからでした。特にアル・ベルがプロデュースし始めると、マスル・ショールズのリズム・セクションを起用してそれまでとは違ったファンキーなサウンドに変わって行きました。1972年から73年にかけて「Respect Yourself」、「I’ll Take You There」、「If You’re Ready (Come Go With Me)」といったミリオン・セラーの名曲を立て続けに発表し、世界的に有名になって行ったのです。
1975年にはカーティス・メイフィールドが手がけた映画「Let’s Do It Again」のサウンドトラックでステイプル・シンガーズが歌ったタイトル曲はチャートの1位にランクされる大ヒットとなりましたが、それまでのメッセージ性のある曲と違ってあからさまにセクシーな内容で、結果的に最後のヒットとなったのです。
80年代にステイプル・シンガーズは解散し、その後メイヴィスはずっとソロ活動を続けています。ヒットこそありませんが、彼女の声の素晴らしさは不動の評価を得ています。プリンスがプロデュースしたアルバムがあったり、伝説のゴスペル・シンガー、マヘイリア・ジャクスンに対するトリビュート・アルバムも作ったりしましたが、2000年代にAnti-レーベルと契約してからの活動は安定しています。かつての社会的なメッセージ性の強い音楽に戻った彼女の2010年のアルバム「You Are Not Alone」はグラミー賞のアメリカーナ部門で受賞しました。そのアルバムをプロデュースしたウィルコのジェフ・トゥウィーディとの相性がよく、2017年の「If All I Was Was Black」という名盤もジェフが全曲の作曲に加わり、再びプロデュースしています。メイヴィスの最新作となっているのは2022年の「Carry Me Home」、ザ・バンドのリーヴォン・ヘルムと一緒に作ったライヴ・アルバムでリーヴォンの亡き後にに発表されました。その他に何曲かのシングルが発表されている中で、2022年のコロナ禍中にノーラ・ジョーンズとの共演で歌った「Friendship」は素晴らしいです。2000年に85歳で亡くなったポップスが最後に残した音源をメイヴィスが完成させ、2015年に発表したアルバム「Don’t Lose This」に収録されたこの名曲では、時々意見が合わなくても一生続く友情を持つことがいかに大事であるかを訴えています。聞くたびにまたまた目頭が刺激されます。
メイヴィスも85歳になりました。数年前にロンドンで見たライヴの時、時々腰掛けて体力を少しセイヴしていましたが、あの唯一無二の歌は健在でした。この来日をめちゃくちゃ楽しみにしています。念のためハンカチも持って行こう….
ピーター・バラカン
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