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<コラム>2024年上半期“ニコニコ VOCALOID SONGS”を振り返る

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Text:小町碧音


 6月7日に発表された2024年上半期Billboard JAPAN“ニコニコ VOCALOID SONGS”。吉田夜世の「オーバーライド」が2024年上半期のトップの座に君臨した。本チャートは、ニコニコ動画上におけるVOCALOID曲の人気を測るもので、動画再生数や、作成数、コメント数、いいね数などのデータにBillboard JAPANが独自開発した係数を乗じて上位20位までのランキングを生成。2022年12月7日より毎週集計結果が公開されている。

 昨年初めて発表された2023年年間チャートでも、最新曲のみならず、「アンノウン・マザーグース」(10位)、「ローリンガール」(16位)といった伝説のボカロP・wowakaの楽曲がランクインしていたが、本チャートでも「アンノウン・マザーグース」は再びランクイン。wowakaの命日である4月5日に向けて3月頃から同楽曲の再生数が上昇した。一方で、昨年ランクインした楽曲のうち、11曲が本チャートにも再び登場。それぞれの楽曲の求心力を証明する結果となった。本稿では、 本チャートの推移を紐解きながら、上半期のボカロシーンを席巻したトレンドを浮き彫りにしていく。

重音テトがチャートを席巻 ブームの背景は

 2023年9月20日公開の“ニコニコ VOCALOID SONGS TOP20”で初めて1位を獲得した原口沙輔の「人マニア」は、本チャート史上最多となる18週連続キープを達成。シーンに衝撃を与えた。ところが、2024年1月24日公開の本チャートで、吉田夜世の「オーバーライド」が「人マニア」を抜き、19週連続キープには届かなかった。注目すべきは、その後もjon-YAKITORYの「混沌ブギ」、原口沙輔の「イガク」、ンバヂ(nbaji)の「好きな惣菜発表ドラゴン」といった楽曲が1位を獲得した後にも、「オーバーライド」が再び首位に返り咲いていること。その勢いの凄まじさがうかがえる。一度聴いたら忘れられないボカロらしいキャッチーなメロディーと、〈吐いた言葉の裏なんて 知る由もないだろう〉といった社会への風刺ともとれる歌詞。ふんだんにネットミームを取り入れた重音テトのMVのインパクト。「オーバーライド」の人気を押し上げたのは、二次創作、特に数多くのMAD動画だった。


▲吉田夜世「オーバーライド」

 ボカロシーンでは、サウンドのトレンドはもちろん、使用する音声合成ソフトウェアのトレンドも変化する。例えば、2021年7月にCeVIO AIの音声合成ソフトウェアとしてリリースされた「可不(KAFU)」は、KAMITSUBAKI STUDIO所属のバーチャルシンガー・花譜の声を元に作られており、2021年以降大きなトレンドとなった。本チャートイン楽曲であるツミキの「フォニイ」(2021年)、柊マグネタイトの「マーシャル・マキシマイザー」(2021年)、いよわの「きゅうくらりん」(2021年)も可不をフィーチャーした楽曲。ヤマハ製のVOCALOIDに加え、VOICEROIDやCeVIO AI、Synthesizer Vなど、様々な音声合成ソフトウェアが登場した今、その選択肢の広がりが多様性をもたらしている。なかでも、時代の流れを捉え、最新の音声合成ソフトウェアを活用した楽曲が、シーンに新たな潮流を生み出していった。「可不=カレー」のイメージが広まるきっかけとなったのは、ボカロP・しゃいとが【ネタ曲投稿祭2021秋】に投稿した楽曲「可不がカレーうどん食べるだけ」。初音ミクでネギが広く浸透しているように、ユーザーが発信するイメージが、キャラクターの個性を際立たせ、楽曲の幅を広げていく現象も興味深い。


▲しゃいと「可不がカレーうどん食べるだけ」

 そして、本チャートを席巻したのは、重音テトをフィーチャーした楽曲だ。吉田夜世の「オーバーライド」(1位)、原口沙輔の「人マニア」(2位)、原口沙輔の「イガク」(4位)、サツキの「メズマライザー」(6位)、ンバヂ(nbaji)の「好きな惣菜発表ドラゴン」(7位)……と、上位に名を連ねる楽曲の多くが、重音テトを使用している。このブームの背景には、2023年4月27日、より人間らしいリアルな歌声での歌唱を可能とする『Synthesizer V AI重音テト』が商用ソフトとしてリリースされたことが大きく影響している。重音テトは2008年3月、ネット掲示板「2ちゃんねる」の有志たちが、エイプリルフールに架空のボーカロイドとして誕生させたものだった。奇しくも、同年3月にフリーの音声合成ソフトウェア「UTAU」が配布されたことで、小山乃舞世の声を元にUTAU音源として正式に誕生することになった。そんな星が交差する瞬間を経験している彼女の15周年を祝うかの如く、本チャートは、Synthesizer V版、UTAU版を問わず、重音テト楽曲で埋め尽くされる結果となった。

 重音テトをフィーチャーした楽曲がブームを巻き起こす一方で、2023年9月29日からスタートしたポケモンとボカロPのコラボ企画「ポケモン feat. 初⾳ミク Project VOLTAGE 18 Types/Songs」の楽曲も同様に昨年から好評であることも見逃せない。2024年3月13日公開の本チャートでは、かいりきベアの「メロメロイド」(2位)、Eveの「Glorious Day」(5位)、ナユタン星人の「エスパーエスパー」(9位)、じんの「JUVENILE」(15位)、いよわの「たびのまえ、たびのあと」(17位)の計5曲がランクインした。

上半期トレンドは“聴き手の心を解放する、余白のある表現”

 そうした流れがあるなかで、本チャートイン楽曲を改めて聴いてみると、いくつかの興味深い共通点が浮かび上がってくる。まず印象的なのは、ネットミームや見聞きしたことのあるフレーズが散りばめられていること。例えば、本チャートイン楽曲のすりぃの「テレキャスタービーボーイ」のオマージュと言える映像が登場する「オーバーライド」、馴染みのある切り貼りされた言葉が現代社会の奥を鋭く突く「人マニア」、2000年代に流行したネットスラング〈なにそれ 美味しいの?〉が懐かしい「混沌ブギ」などが挙げられる。ryo「メルト」や、すこっぷ「アイロニ」など、直接的な歌詞で物語を紡ぐことの多かったボカロ黎明期から2015年頃までのボカロシーン。一方、近年のボカロ曲は、メタファー、シンボル、難解な歌詞を駆使していることが多い傾向にあるのも特徴だ。たった一言の言葉が一人歩きし、文脈から切り離されて拡散され、意図しない解釈を生み出す。そんな時代だからこそ、抽象的な言葉の羅列に姿を変えているのかもしれない。その抽象的な言葉の奥底に潜むメッセージを読み解こうと、コメント欄では様々な解釈が飛び交うのだろう。音割れサウンドに乗せて放たれる、社会への風刺とも取れる意味深な言葉の数々。聴き手の心を解放する、余白のある表現。「人マニア」の大ヒットは、その象徴と言える。

 「メズマライザー」は、本チャートイン楽曲のDECO*27の「ラビットホール」の二次創作アニメーションMV「PurePure」をSNS上で公開し、楽曲自体の注目度を高めたことで知られるアニメーターのchannelがMVを手がけたことでも話題になった。二人の間で唯一、共有されたのは、「催眠術」というテーマのみ。同楽曲のMVは、ハッピーハードコア調のポップなサウンドメイクとは裏腹に、後半になるにつれて不穏な展開を迎える。一瞬にして恐怖に染め上げられる感覚が、混沌とした現代社会への痛烈なメッセージとなっている。


▲サツキ「メズマライザー」

 昨年開催された【ボカコレ2023夏】では「ネタ曲投稿祭」部門が新設されるなど、コミカルな要素のある楽曲への注目度が高まっていると言えるだろう。共感性の高さなどからユーザー生成コンテンツ(UGC)が広がり、のちに日清食品のカップ麺「カップヌードル」とのタイアップにも繋がった、昨年の本チャートで首位を獲得したゆこぴの「強風オールバック」。本チャートイン楽曲の、手書きのドラゴンが好きな惣菜を発表するだけの「好きな惣菜発表ドラゴン」。――笑いや癒しを含んだ楽曲が、混沌とした社会のなかで心を解放する役割を果たしているのではないか。

 ニコニコ動画発祥のボカロシーンは、歌ってみたや踊ってみた動画をはじめ、二次創作全般に寛容なカルチャーだ。「好きな惣菜発表ドラゴン」は、【ボカコレ2023夏】の「ネタ曲投稿祭」部門で4位を獲得した楽曲。漫画家・さかめがねをはじめとしたパロディ漫画やファンアートがきっかけでX(Twitter)でトレンド入りし、人気が爆発的に広がった。UGCこそがヒットの鍵を握っており、クリエイター自身が積極的に二次創作を後押しするケースも見られる。例えば、本チャートイン楽曲「オーバーライド」では、吉田夜世がコメント欄で二次創作tipsを提供したり、ンバヂ(nbaji)が動画概要欄に二次創作、替え歌を可能と記載しており、こうした動きも、楽曲の拡散を加速させている。ボカコレ、歌コレ、プロセカなどのイベントで話題になった楽曲が、二次創作を通じてさらに多くの人の目に留まり、ヒットへと繋がっていくケースは少なくない。このように、ボカロシーンにおけるキラーチューンは、単なる音楽的なクオリティ以外にも、二次創作を含めた複合的な要因が絡み合うなかで生まれている。

 ニコニコ動画らしい熱量と個性が光るユニークな楽曲が多数ランクインし、記憶に残る結果となった2024年の上半期チャート。今後、これらの楽曲を凌駕する、新たなキラーチューンが誕生するのか、今から待ち遠しい。

※本記事は6月公開予定でしたが、6/8より発生いたしましたニコニコ動画における障害の影響により、サービス復旧後の公開となりました。
https://blog.nicovideo.jp/niconews/226054.html

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