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<インタビュー>水槽 「過去の呪いを解くための人生」――EP『ランタノイド』の4曲が描く、傷を肯定し“燃料”にするということ
Interview & Text:ノイ村
シンガー&トラックメイカーの水槽が、自身にとって初のフィジカル盤となるEP『ランタノイド』を6月5日にリリースした。アニメ『龍族 -The Blazing Dawn-』のエンディング・テーマである表題曲を収録した4曲入りの本作は、昨年2023年に開催された初の単独公演を経て、花譜への楽曲提供(「スイマー」/作詞、作曲、編曲、ボーカルディレクション)を務めるなど、大きく活動の幅を広げ続けている水槽の現在地と、その理由を鮮やかに示している。『ランタノイド』はもちろんアニメのタイアップをきっかけにして生まれたものだが、それは同時に、水槽がこれまでにないほどまっすぐに自らの過去と対峙した作品でもある。
今回のインタビューでは、そんな“過去”を中心に、様々な変化を迎えた水槽の現在について深く話を伺った。収録曲の「文学講義 (feat. 相沢)」でも引用されているヘルマン・ヘッセ『少年の日の思い出』の主人公が、一度は思い出に蓋をしたものの、やがて自らの過去を赤裸々に告白し始めたように、今の水槽は傷つきながらも過去を受け入れ、それを燃料にして新たな世界へと進もうとしている。
過去のトラウマに、ずっと「そんなことない」って言い聞かせ続けてきた
――昨年実施した、初の単独公演【FIRST CONCEPT LIVE「ENCOUNTER」】はいかがでしたか?
水槽:あの時は、まだ人前に出ることが苦手でした。ものすごく緊張していたし、正直、直前まで「怖いな、出たくないな」とずっと思っていました。それでもやれることはやったと思うんですけど、断然、今のほうが良いライブができると思います。
――必死というか、なんとか振り絞ってあのステージに立たれていたんですね。
水槽:本当に必死でした。自分は体力もないので、13、4曲目くらいで倒れそうになって。「やばい、倒れる」と思って深呼吸をしたり、当初の予定にはない場面で袖に捌けたりして、なんとかやりきったという感じでした。でも、最終的には楽しかったと思います。
――私もライブレポートを書かせていただいたのですが、すごくポジティブな空間だったと思っています。あれからライブには積極的になりましたか?
水槽:実は【ENCOUNTER】でもだいぶマシになったんです。2019年頃に水槽として初めてライブに出たくらいの頃は、もう袖で泣いてうずくまってしまうくらいステージが怖かった。ただ、「これはおかしい、何かあるだろう」とは思っていて。やっぱり、こういうのって十中八九、過去のトラウマとかが関係しているんですよね。だから、昔のことを思い出したり、「あの時言われたこの言葉が引っかかっている」というのを発見したりして、ずっと「そんなことない」って言い聞かせ続けてきたんです。【ENCOUNTER】はまだその途中の段階でした。
今年の3月にMAISONdesのライブ(【MAISONdes LIVE #2】)に参加させていただいたんですけど、その時に、緊張はしているけれど、以前のような病的な恐怖がないことに気づいたんです。むしろちょっと楽しみなくらい。知らない間に克服できていたんです。それから色々ライブに出させていただくようになったんですけど、昔のような「絶対嫌だ!」みたいなのは、今はもうないですね。
自らの過去と対峙した「ランタノイド」と「再放送」
――それではEP『ランタノイド』の話を伺えればと思います。ついに初のフィジカル盤リリースですが、これは「ランタノイド」という曲から始まった動きなのでしょうか?
水槽:そうですね、昨年の秋頃にタイアップの話をいただいて、そこから制作が始まりました。最初は「ランタノイド」だけができて、そこから他の曲も作っていきました。
――アニメについては、主人公に寄せたコメントで「主人公のルー・ミンフェイに語りかけるような気持ちで作りました」と書かれていましたね。
水槽:はい。ご依頼をいただいた時に、エンディングでは10代の少年少女の等身大な心情を描く楽曲にしたいということを伺って。実際のアニメでは、主人公には生まれ持った竜の血があるという設定がありつつ、それ以外は全部普通で、夢がなくて、将来に対して迷いを感じている。その上で、現代の人が聴いても共感できるものにしたいという話をいただいていたので、そうした要素を重視して書きました。
――実際にアニメも観たのですが、すごくフィットしていると思いました。ただ同時に、楽曲を聴く中で、これは水槽さんご自身の過去の話もしているんじゃないかという印象も受けたんですよね。
水槽:自分は、何かしらの主題がない状態で曲を書くのがすごく苦手で。しかも自分の歌詞はけっこう分かりづらいというか、誰もが理解して共感できるものではないという自覚がずっとあったんです。でも今回はアニメのエンディング・テーマなので、できる限り分かりやすい言葉で書く必要があるし、暗すぎてもいけないし、最後には希望を見せる必要がある。これまでの自分がやったことのないもので、最初は悩んでいました。それで友人に相談したら、「君にも何者かになりたい時代は絶対にあったはずだから、その頃の自分に向けて、今の自分からメッセージを送るというのはどう?」というアドバイスをもらって、実際にやってみたんです。サビの〈明日、君は知った〉というのは、未来形と過去形が混ざっているんですけど、これは今の自分が過去のある時点の自分に言っているからなんです。
――どの歌詞も美しいのですが、特に〈見つめることは傷つくことで、愛することは弱くなることだ/それでもいいよ/綻ぶほどに次第に優しくなれる〉というラインが印象的です。
水槽:そういえば、この曲を聴いた友人がこの部分について「これは絶対に語り手が無理して書いている。だから自分は好きだ」と言ってくれたんですよ。
――それは興味深い指摘ですね。
水槽:でも、こう思うしかないですよね?昔やってしまったことってどうしようもなくて、自分の解釈でしか未来を変えることはできない。だから、やってしまったことを肯定するというよりは、もうそう思うしかないって自分に言い聞かせている感じです。
ランタノイド / 水槽
――以前、SNSで映画『ドライブ・マイ・カー』の「正しく傷つく」という台詞について「よく考えている、少し先にリリースされる曲でも扱っている」と書かれていたと思うのですが、このラインを聴いてその投稿を思い出しました。
水槽:間違いなくこの曲ですね。自分自身、めちゃくちゃな過去があって、でも、それがあるから今があるんです。傷つくのを回避するために何もしないとか、逃げるのではなく、ぶつかる必要があるんだって今の自分は思っている。傷ついて、それをどう処理するのかということに全てがかかっている。だからこそ、「ランタノイド」では「こう処理するんだよ」というのを書いたつもりです。
――そこから〈失うよ、手放すよ、泣き止まなくていい〉という言葉へと続くのも良いですよね。
水槽:これまで、失ったり、手放したりする曲ばかりを書いてきたんです。それを今の自分が振り返って、しかも肯定する曲なんていうのは今までなかった。「自分みたいな人間にもこういう曲が書けるんだ」と思いましたね。
――それは今のご自身だからこそ歌えるものですよね。
水槽:過去の自分だったら絶対に無理ですね。ライブと一緒で、過去とひたすらに対峙して、認め続けた結果として歌えるようになったんだと思います。
――でも、それって絶対に大変ですよね?
水槽:大変です。直すためには、まず過去を認めないといけないというのが本当にきつい。でも、「それもいつかはランタンの燃料になるから!」ということを伝えたいですね。
――ありがとうございます。ただ、とはいえ「再放送」があるわけですよ。なんとなく聴くと全然違う曲のように感じられますけど、実際はセットというか、過去という同じテーマを扱っていますよね。
水槽:同じテーマを違うアプローチで書くということをやってみたかったんです。やっぱり、「ランタノイド」を書いた時に、自分の中に「お前、本当はそんなやつじゃないだろ」みたいな主張も同時にあったので、「再放送」ではそいつに喋らせました。でも、あくまで表裏一体というか。「ランタノイド」のように思えるということは、「再放送」があるんですよという感じですね。
――楽曲自体もすごく複雑で、拍子も普通ではないですよね?
水槽:最初が7/4拍子で、そこから4/4、3/4、4/4と変わっていきますね。でも、最初は4拍子の曲だったんです。ギターとベースをMizoreくんに弾いてもらった時に、元々オルタナティブが好きというのもあってか、凄まじく変態的なデータが返ってきて。それを聴いて「このデータと戦わなければ! 自分もオルタナティブではけっこう頑張ってきたんやぞ!」って思ったんです(笑)。だから、そのデータが届いてから拍子も変えたし、ジャンルも変えたし、ラップのタイミングも全部変えました。
再放送 / 水槽
――そのラップの中でも特に印象的なラインが、〈死ぬことだけがかすり傷〉で、これは楽曲公開当時のSNSでも触れていましたよね。生きているだけで常に重症のような心地がしていて、でも、いつでも死ねるから生きていられるんだという。
水槽:当時の自分はずっとその考えを持っていたんです。これって「死にたい」というわけではないんですよ。昔は死にたいと思う時もあったんですけど、結局は「自分は死にたくない」ということが分かって。でも、死という非常口があるのは救いである。「再放送」はその考えに到達したあとの曲ですね。
――アルバム『夜天邂逅』のインタビューの際に、たとえネガティブな曲でも、どの登場人物も実は生きることに執着していると語られていたのがすごく印象的だったのですが、今のお話を伺ってそのことを思い出しました。
水槽:そうなんですよ。自分の曲って、死にたいように聞こえるかもしれないけれど、みんな全然死にたくない。それはずっと一貫していることですね。
引用があるとキャッチー、
それを含めた“軽薄さ”が描きたかった
――3曲目の「文学講義 (feat. 相沢)」は中学生の教科書でおなじみのヘルマン・ヘッセ『少年の日の思い出』や宮沢賢治『銀河鉄道の夜』などの引用を中心に構成された歌詞が特徴的ですよね。なぜこのような形になったんでしょうか?
水槽:最近、『少年の日の思い出』を読み返したんですよ。たぶん、中学生が読んでも「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな。」って台詞の意味は分からないと思うんです。でも、今読むとめちゃくちゃ分かるし、ヤバいことを言われているって気づきますよね。
――私も久しぶりに読み返してみて、「なんてエグい話なんだ」と思いました。
水槽:これはデュエットなんですけど、ふたりはそんな言葉を使って実のない喧嘩をずっとしているんです。引用はめちゃくちゃ多いんですけど、彼ら自身はその意味をあんまり分かっていなくて、あくまで上辺だけで言っている。あと、ちょっとメタ的ですけど、引用があるとキャッチーになるんですよね。きっとリスナーも「これはこの本だ」って楽しんでくれるだろうし。それも含めた全体の“軽薄さ”が描きたかったんです。相沢のボーカルも自分と表現の方向性が一緒だったので、似た者同士なのにいがみ合っている雰囲気が出ていて素晴らしかったですね。
――でも、最後はちょっと雰囲気が変わりますよね。
水槽:そう、結局はふたりとも自分の軽薄さを自覚しているんです。
文学講義 (feat.相沢) / 水槽
「NAVY」は“幸福の補色”であり“「水槽」の煮こごり”
――そして4曲目の「NAVY (prod. yuigot)」。これはやっぱりyuigotさんがプロデュースと編曲を担当されていることが大きなトピックだと思うのですが、これまで自身による編曲にこだわりのある印象だった水槽さんが、このタイミングで外部の方に委ねることにしたのはなぜでしょうか?
水槽:単純に新しいことをしたかったというのが大きいですね。ライブとDJをするようになって、他の人のトラックでどれだけうまくできるかというのもひとつの技能だと思うようになったんです。あと、今まではずっと意地で自分が編曲をやってきたんですけど、このあたりで他の人にお願いするとかやっていかないと、もう自分自身が頭打ちになってしまうと思っていました。
――実際にやってみていかがでしたか?
水槽:自分の普段のスタイルとしては、まずビートを軽く打ち込んで、詞、曲、編曲の順で制作をしているんですが、yuigotとの制作もその手順でした。良いビートがあれば、本当に秒で詞と曲が出てくるんですよ。たぶん、全部の歌詞とメロディを作るのに1日もかかってないと思いますね。
――これもパンチラインが多いですよね。
水槽:「ランタノイド」や「文学講義」で、自分が今までやったことのない作詞のスタイルをやっているので、ここで思いっきり「水槽」を出しています。もう“「水槽」の煮こごり”ですね(笑)。一行ずつだと何を言っているのか分からないんだけど、全体で何か言っているぞ?みたいなことを今、このタイミングで改めてやってみようと。
――ちなみに、タイトルにもある「NAVY」は?
水槽:幸福(オレンジ色)の補色ですね。アートワークやMVも全部この2色で統一しているんです。そういえば、「NAVY」のMVのアートワークとCGを作ってくれた玲架にこの前、「水槽の曲は全部加害者の話だけど、世の中で広く受け入れられるのって被害者の曲が多い」ということを言われて、すごくビックリしたんですよ。たとえば、失恋ソングって色々な人が共感するじゃないですか。でも、自分の場合は失恋ソングとは言いつつ主導権を握っていたり、振る側だったり、いわゆる加害者視点が多いです。
――そうですね。
水槽:それを踏まえて、「NAVY」では被害者のつもりで書いてみたんですけど、やっぱり最終的には怒ってましたね(笑)。
――やっぱりちょっと、刃が外側に向いている感じはありますよね。
水槽:まぁ、怒っている被害者にはなったんじゃないかなと。でもやっぱり、今の自分は“完璧にかわいそうな人の曲”は書けないんだなと思いましたね。
NAVY (prod. yuigot) / 水槽
過去の呪いを解くための人生という感じがしますね。ずっとそう
――なるほど。ちなみに、作品と並行して、花譜さんの「スイマー」のように楽曲提供やボーカルディレクションもたくさんされていますよね。そうした活動からの影響などはあったのでしょうか?
水槽:ボーカルディレクションをやるようになって、自分のボーカルに対する姿勢がちょっと常軌を逸していたということを初めて知りましたね。自分はボイトレの経験がないので正確ではないんですけど、ここでエッジボイスを入れる、この2音だけをファルセットにする、ブレスの長さとピッチもこだわる……みたいなのがあって。なんか「ボーカル学」というか、声楽ともたぶん違う学問を、ひとりでずっとやっていたんです。
――そもそも、いわゆる“歌い手”と“シンガー”の歌に対するアプローチは違うものなんですか?
水槽:歌い手の中でも色々な派閥があるんですけど、自分の場合は全然違いますね。歌い手のモードでやる時にはまず曲に合わせようとするけれど、「水槽」というシンガーのモードの時は全く違う。それこそ、『首都雑踏』(2021年)の時は思いっきり歌い手のモードでやっているので、全部の曲で歌が違うんです。でも、それが『事後叙景』(2022年)から少しずつ統一されてきて、『夜天邂逅』(2023年)では全部「水槽」として歌っている。でも、それもあとから言われたんですよね。「昔はトーンの主軸を曲に合わせていたのに、今はあえて『水槽』という歌唱を保っている。『水槽』という歌のシグネチャーがある」って。
――それは興味深いですね。ちなみに、ご自身の歌声について、この数年での変化はありましたか?
水槽:実は、少し前にエンジニアの土岐(彩香)さんと「過去の曲を全部聴く」ということをやったんですけど、昔の方がぶっきらぼうな、少年っぽい、青い感じの歌が多かったですね。多分、あの時代って中性的な声を褒めていただくことが多くて、自動的にそうしていたのかもしれないです。でも、今はそれがどんどんなくなってきたような感じがある。
――ある種の強迫観念から解放されたような感じなんでしょうか?
水槽:そうですね。今、振り返ってみると「はやく夜へ」が聞いてもらえたというのは大きかったかもしれないですね。あの曲はまったく中性的な声ではなくて、自分の声で歌っているんですけど、自分の中で評価されていると思っていたものではない声で歌ったものを多くの人に聴いてもらうことができたので、「これじゃなくてもいいんだ」と思えたのかもしれない。
――やっぱり、ご自身の過去が影響しているんですね。
水槽:過去の呪いを解くための人生という感じがしますね。ずっとそうです。
――では、最後に【水槽 SECOND CONCEPT LIVE「SOLUBLE」】の話を。タイトルは「水溶性」という意味ですよね。
水槽:水槽の歌詞を一言で表すと、そうなると思っています。
――Instagramでライブについて発表された際に、歌詞という媒体について「一文ずつそれぞれに文脈がなくても、曲全体を俯瞰したときに意味が生まれる。だから水槽は音楽を作る」と書かれていましたよね。そして、今回のステージにはその過程を持っていくと。
水槽:「ランタノイド」や「文学講義」のような曲を書いていても、根底にはその想いがあるし、今までやってきたことについてもそうだと思っているので、改めてそれを皆さんに伝えてみたいと考えています。「ランタノイド」は初めて外部に向けて書いた曲ですけど、それまではずっと私のことしか書いていない。それなのに、そんな曲に共感したり、良いと思ってくれたり、ライブにまで来てくれるような人って一体何者なんだろう?という意識がずっとあるんです。だからこそ、自分が今までどんなことを考えて曲を書いていたのかを見せてみたい。「君たちもこうだよね?」ということを聞いてみたいですね。「“水溶性”でもいい」という空間を作りたいと思っています。
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