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<インタビュー>上野大樹 ドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』OPテーマ「縫い目」、そしてメジャーデビューから1年を経ての“変化”と“挑戦”
Interview & Text:沖さやこ
今年4月にメジャーデビュー1周年を迎えたシンガー・ソングライターの上野大樹が、デジタル・シングル「縫い目」をリリースした。同曲はTVドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』の書き下ろしオープニング・テーマ。今まで彼が積み重ねてきたソングライティング・センスと、今回新しく取り入れたサウンドをブレンドさせ、作品の核となる「記憶」と「ミステリアス」というふたつの要素を落とし込んだ。この一年でさらに音楽への意欲が湧いているという彼は、どのような思いを抱きながらメジャーシーンで活動し、今作へとたどり着いたのだろうか。その背景には、新しい出会いと変化に胸を躍らせる彼の姿があった。
メジャーデビューをしてから、純粋に音楽に集中できるようになった
――上野さんは今年、ご自身の地元である山口県宇部市の「宇部ふるさと大使」に任命されたとのことで、おめでとうございます。
上野大樹:ありがとうございます。こんなに頻繁に地元へ帰っているなんて、自分でもびっくりしています(笑)。高校時代は、当時のことをほとんど記憶に残っていないくらい塞ぎ込んじゃっていて、「なるべく自分の知らない人が多いところに行きたい。知っている人に会いたくない」と思って、卒業してすぐに上京したので。
――小学生の頃から好成績を出してきたサッカーを、高校生の頃の怪我と病気で辞めざるを得なかったんですよね。その後にギターを弾き始めたことが、今の上野さんにつながっている。
上野:やっぱり「故郷=過去の栄光」みたいな気がしていたんだと思います。だから切り離そうとしたし、音楽を始めた後も「サッカーをやっていた頃の自分よりも、音楽で上に行きたい」と対峙しているような感覚もあって。でもメジャーデビューをしてからはもっと純粋に音楽に集中して、自分の作品を良くしていきたいと前向きに思うようになりましたね。身近にいる音楽のプロフェッショナルの方々が、自分の小さな変化や成長に気づいてくれるのがすごくうれしいんです。
――周りの素敵な人たちに恵まれて、上野さんにとって音楽が「何かの代わり」ではなく「愛してやまないもの」に変わったから、故郷ともまっすぐ向き合えているのかもしれませんね。
上野:2023年におこなった全国ツアー【新緑-shinryoku-】で気づきや手応えをたくさん得られたことで、この喜びをもっともっと味わいたいなと思うようになりましたね。秋には【第72回宇部まつり】に出させてもらって、今年は宇部ふるさと大使もそうだし、成人式や母校でも歌わせてもらったりして。リアルタイムで山口県と関われるようになって、疎遠になっていた時間を取り戻せている感覚もありますね。なんだか不思議だなと思いつつも、地元に帰っていろんな人に求められるのはすごくうれしいんです。
――今年の2月から3月にかけて開催された東名阪ツアー【喝采-kassai-】も、今語っていただいた上野さんのポジティブなモードを体感できるライブでした。
上野:【喝采-kassai-】は全公演バンド編成でのツアーだったので、去年の【新緑-shinryoku-】よりもできることがさらに増えて、自分の壁を壊しにいくイメージでライブを組んでいきました。今回のバンドメンバーは今までのサポートメンバーよりも少し世代が近くなって、客席とステージの一体感を大事にしてくれたんです。だから楽しかったし、同時に、大人の手練れの皆さんのように、1曲1曲がレコーディングのような、様々な観点から捉えた丁寧でクオリティの高い演奏をしたいと思いました。楽曲のクオリティも上げたいなと気合いが入りましたね。
――ツアーファイナル、恵比寿ザ・ガーデンホール公演のMCで「バンドにも恵まれて、いろんなことがやれる環境だけれど、ギター1本でしっかり歌っていける力が必要」といった内容を話していましたが、それにはどういう背景があるのでしょうか。
上野:ファイナルの少し前に【J-WAVE TOKYO GUITAR JAMBOREE 2024】に出演させてもらったのが大きいですね。バンド編成はみんなで音楽を作る感覚なんだけど、弾き語りはひとりでギターを弾いて歌うという自分の中だけで完結しているものだから、「音楽」というよりは「弾き語り」なんですよね。
――確かに、弾き語りは内省的な面が色濃く出ると感じます。
上野:その時の暮らしやメンタルが全部出ちゃいますね。だからなのか、歌に集中しているというよりは、「次の歌詞なんだっけ」と思いながら歌っている時もあれば、客席のことをじっくり考えちゃう時もあって……全然違う世界に行って、すごく長い時間を過ごすような感覚があるんですよね。最近ようやくそういうことが自分に起きてきたので、今までよりもひとつ先に行けたなという手応えがありました。あと【TOKYO GUITAR JAMBOREE】の当日、竹原ピストルさんの弾き語りを観て「プロフェッショナルだな」と圧倒されて。自分もああいう境地まで行きたいし、誰も真似できない何かをできるようになりたい、もっと先まで見てみたいなと思いましたね。弾き語りを、ラフなものではなく価値のあるものにしたいですし、プライドを持ってやっていきたいです。
誰もが持っている曖昧な境界線を描きたかった
――そしてメジャーデビュー1周年記念日に、新曲「縫い目」のリリースが発表されました。こちらはTVドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』オープニング・テーマとして上野さんが書き下ろした楽曲です。
上野:このお話をいただいた時にちょうどスタッフさんと一緒にいたんですけど、僕が喜ぶよりも先にマネージャーさんがぽろりとしてしまって……どうリアクションしていいか困っちゃいました(笑)。だから、うれしいと同時に、このスタッフさんの喜びをさらに越えられる曲を書かなきゃなと思いましたね。去年の年末に曲作り期間を設けて、まずは切ないバラードと「新緑」みたいな真っ直ぐな曲のふたつを提出したんです。
――その2曲はこれまでの上野さんらしいイメージの曲でしょうか?
上野:そうですね。そうしたら、ドラマの製作サイドさんから「もうちょっとミステリアスに」「新境地に進んでほしい」とリクエストをいただいて、いろいろ模索して作った3曲目が「縫い目」です。これまで僕は、普段しゃべっているような(調子で)メロディを作りたかったし、自分の曲をかっこよく仕上げようという意識があんまりなかったんですよね。でも「縫い目」は、メロディでも普段なら使わないようなトップラインを作ったり、ダークな部分をミステリアスに表現してみたりするという挑戦でした。タイアップ曲はいろんな人が関わるので、自分の音楽のステップを毎回上げてもらえますね。
――歌詞は、過去2年間の記憶を失ったうえに、今日のことも明日には忘れてしまう記憶障害を持つ脳外科医である、主人公のミヤビにフォーカスしていると感じました。
上野:原作漫画を読んで、記憶を失ってしまったあとの向き合い方など生々しさがあるところに引き込まれて、たくさん刺激されましたね。読み始めた当初から一貫して「記憶を失っているがゆえに不思議な場所に迷い込んでしまっているけれど、過去に感じたであろうあたたかい心はずっと残っている」というイメージがあって。自分が描きたいものとも一致していたので、作品と紐づけながら掘り下げていきました。
ドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』オープニング
――「記憶」というテーマは、上野さんとも親和性が高そうです。冒頭でも「高校時代の記憶がほとんどない」とおっしゃっていましたが。
上野:この前母校の卒業式で歌わせてもらったとき、「実際学校に足を踏み入れたら当時のことを思い出すかな」と思ったんですけど、何も思い出せなかったんですよ。悪いことを早く忘れたいという願望があるのか、いいことしか覚えてないんです(笑)。でも、思い出したくても思い出せないことって、人間には結構あると思うんですよね。
――そうですね。
上野:逆に、大事にしているのになかなか思い出せなかったことが、ふとしたときに急に蘇ることもありますよね。『アンメット』は、異色な設定かもしれないけれど誰にでも起こり得ることだと思ったので、いつ思い出せるかわからない、あるはずの記憶がぼんやりとしていて思い出せない……という、誰もが持っている曖昧な境界線を描きたくて。そういう曲はなかなか世の中にもないから、インパクトも持たせられるなと思いましたね。
――その記憶の曖昧な境界線を「縫い目」と名づけるのも、上野さんのセンスだなと。
上野:これは本当に偶然で。僕は曲を作るときはメロディと言葉が一緒に出てくるので、最初に出てきた言葉が「縫い目」だったんですよ。そこからイメージが広がっていったので、導かれるように書いていきました。だから歌詞を書いた時の記憶があんまりないんです(笑)。ワーッとテンションが上がった状態で書いて、それが作品にも、自分がやりたいことにもピタッとはまっていたなっていう……。いろんな人に導いてもらって、自分が書かされたみたいな感覚でもありますね。
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メジャーデビューをして、
ようやく長い長い思春期が終わった感覚がある
――上野さんは、緻密に考えて制作するというよりは、没入して曲を生み出していくタイプなのかもしれないですね。
上野:ピンと来たら、そのままバッと作っちゃうのが向いているタイプなんだろうなとは2023年に気づいて。スタッフさんからも「上野くんはこういう、一筆書きみたいな曲作りでいちばん良さが出るよね」と言ってもらっていて、僕自身もそう思うんです。ライブへの向き合い方も変わったし、メジャー1年目はそういうものを見つけるための期間だったのかなと思いますね。メジャーデビュー・アルバム『新緑』を作ったことで、アレンジのイメージも自分から具体的に伝えられるようになって。自分の頭の中にあるイメージをしっかり伝えていこうという制作方針にしてから、さらに音楽が楽しくなったんです。
――では、「縫い目」の新境地的なアレンジも上野さんの発案でしょうか。
上野:はい。ドラマの製作サイドの皆さんのイメージを自分なりに具現化して、かつ2024年のチャートにしっかり登場していくためにどういう音楽に着地させようかを考えて、海外で流行っている日本のアニメソングも勉強して。そのうえで、打ち込みでギターとピアノを入れて基盤のアレンジを組みました。これまでトラック数の少ない“THE 王道”で勝負してきたので、「縫い目」にもその良さを生かした場所を入れたり、自分の中にあったメロディラインを使ったりと、新しい要素と今までの要素のどちらも入れた曲になりました。それをアレンジャーのNaoki Itaiさんが広げてくださったので、スムーズにいきましたね。
――確かに、「縫い目」は新境地とこれまでの積み重ね、どちらも反映された楽曲になっていると思います。
上野:もっと遠くにいる人たちにも聴いてほしいし、もちろん元々僕を応援してくれている人にも喜んでもらいたいですけど、ファンを喜ばせるために曲を書いているわけでもないなとも思うし。やっぱりメジャーシーンでの創作は、結果を出すという戦いでもあり、今まで聴いてくれているファンを納得させられる楽曲を作るという戦いでもあると思うんです。そういういろんな挑戦も含めて楽しんでいきたいですね。「縫い目」では、アレンジ面で新しい楽曲への寄り添い方ができたという手応えがあります。
――ソングライティングとパフォーマンスに加え、さらにクリエイティブが広がっているんですね。
上野:自分の身近にいるサウンドプロデューサーやアレンジャーがかっこいいんですよ。だから自然と、「曲を書くだけじゃなく、アレンジや演奏でも自分のやれることが増やせたらな」とどんどん音楽レベルを上げていきたい意欲が湧いてきて。今回はドラマのオープニング・テーマということで、映像作品を作る方々ならではの意見もいただけて、それがすごく勉強になったし楽しかったんです。だから音楽を通して、いろんなクリエイティブに挑戦したいですね。やることがないとメンタルがぐっと下がっちゃうので……。メジャーは、誰かと一緒にものづくりができる環境をいただけてすごく楽しいんです。あんまり僕をひとりにしないでほしい(笑)。
――末っ子さんらしい(笑)。上野大樹という確固たる芯をインディーズ時代にしっかり固められたからこそ、メジャーでの活動を楽しめているのかもしれませんね。「縫い目」はライブでどう披露されるのかにも期待が高まります。
上野:「縫い目」に限らず、ライブもこれからどんどん変化させていきたくて。【喝采-kassai-】を経て、エレキギターを持ちたいな、ループステーションを導入してみたいなとか、いろいろやりたいことが増えたんです。アレンジの幅が広がるように、ライブでの上野大樹の見せ方も新しく増えたらいいのかなと思っています。同じことをずっとやって、そこにとどまっているだけじゃなく、いろいろ挑戦するアーティストでいたいんですよね。変化があるから日常に張りも出るし、合わなかったらやめればいいだけなので、どんなことも面白がって取り組みたいです。
――お話を伺っていて、上野さんの今の音楽に対する原動力はとにかくひたすら「楽しい」であるとわかりました。
上野:メジャーデビューをして、いろんな出会いがあって、自分のマインドもオープンになって、ようやく自分の中で長い長い思春期が終わった感覚があるんですよね。一つひとつが新鮮で楽しいのでそれをどんどん積み重ねたいですし、事務的な制作ではなく、楽しく音楽を続けていきたいんです。……あと、最近は未来の話だけでなくて、昔話をすることが増えたんです。それも面白いなと思っていて。
――昔話?
上野:山口に帰るのもそうですけど、家族と会うと「昔こうだったよね」「あの頃自分はこう思ってたけど、あなたはどう思ってた?」みたいな話をすることが増えて、その答え合わせがすごく楽しいんです。記憶に関する話は人の価値観を知るひとつの定義というか、「そういう見え方もあるのか」と考えるきっかけをもらえるんですよね。数年経ってようやく話せることがあるのも面白くて。だから今は、過去も今もどちらも楽しめているんです。もっと音楽家としてスキルアップもしていきたいし……あとは密かな願望として、尊敬される人になりたいです(笑)。もっと優しくなりたいし、どんどん変化していきたいですね。
縫い目 / 上野大樹
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