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<コラム>ミシェル・ンデゲオチェロ――孤高の才人が登る新たなピーク、グラミー賞ノミネートの傑作携え来日へ
Text:柳樂光隆 / Live Photo:Yuma Totsuka
21世紀のジャズシーンにおける最大の影響源のひとりに数えられるベーシストであり、最もリスペクトされているアーティストでもあるミシェル・ンデゲオチェロが、自身のグループを率いて来日する。気鋭の若手ジャズ・ミュージシャンたちとのコラボで生み出した『The Omnichord Real Book』は近年の彼女の作品の中でも特に高い評価を得て、グラミー賞にもノミネートされた。2023年屈指の作品は彼女の永いキャリアの中でも屈指の傑作であり、新たな代表作と断言できるものだ。
『The Omnichord Real Book』は優れた楽曲により、ミュージシャンたちが持つあらゆる可能性を最大限に発揮させただけでなく、スピリチュアルでミステリアスなここにしかない世界観をも兼ね備えていた。このアルバムの深さは、壮大なコンセプトを提示している先行シングルの「Virgo」に最もわかりやすく表れている。
「アフリカ系アメリカ人にとって、自分の先祖を辿るのは本当に難しいこと。だから私は、自分たちの起源の物語を自分自身の手で作ることにした。“私の祖先が奴隷船から飛び降り、海を歩いて渡ってきた”というようなストーリーを想像しながら、私自身の神話を描こうとした。人間である以上、人は常に存在に関する問いを抱くもの。なぜ自分はここにいるのか?自分はどこから来たのか?ってこと。特に自分の親がこの世からいなくなった時、人は自分の人生を、自分自身の存在を本格的に構築することになると思う」
近年、両親を亡くしたことをきっかけにミシェルはアフリカ系アメリカ人としての自身と祖先への思いを強めていた。そんな思考を、彼女は音楽による壮大な物語の制作に向かわせた。そのためにパンデミック中、ノンフィクション作家ビル・ブライソンから西アフリカ人マリドマ・パトリス・ソメの自伝、更に中国のSF小説『三体』まで幅広い本を読んだり、神経学者オリバー・サックスのドキュメンタリーを見たり、あらゆる領域からインスピレーションを得ようとした。その結果、ギリシャやローマなどの西洋の物語ではなく、それらとは別の新たな神話を見出そうとしたとも語っている。
「当時、私はミュージシャンとして限界を感じていた。そんなとき、テクノロジーや宇宙に関する理論や、自分が生きている世界について勉強するようになった。神話を創造したいと考え始めたのはその過程でのこと。その中で、私が唯一繋がりを感じることができるのは音楽だとわかった。音楽を介せばミュージシャンたちとシンクロし、曲によって彼らと一体化することができる。だから、私は音楽を通して自分自身の宇宙観や自分だけの神話を作り出そうとしたんだと思う」
彼女はアリス・コルトレーンやサン・ラの名前を出しながら、その世界観を語っていた。音楽を介して神話や宇宙、精神性を表現するというのはまさにアリスやサン・ラといった先人が行ってきたこと。ミシェルは『The Omnichord Real Book』がその延長にあることをはっきりと意識していた。だからこそ、その音楽の最も重要な要素をドラム=ビートであると断言する。
Meshell Ndegeocello - The Omnichord Real Book EPK
「『Virgo』の最大の特徴はドラムのパワー。『Virgo 1』には2つのドラムパターンがあって、ベースラインは全体をまとめている。ドラマーが即興的になれるようなベースラインを私が与えることで、彼らには自由に自分自身のリズムの旅に出てほしいと思った。そして、ビートというものは(耳だけでなく)身体で感じることができるほどの強い電波を生み出すことができる。ヒップホップやトラップ、ジャズにおいて、打楽器という基盤がどれだけその空間のエナジーを、そして全てのフィーリングに変化をもたらすことができるかを人々は十分に理解していない。ビートの力はとてつもなくパワフルだから。それを示したかった」
新たな神話を語るために彼女は打楽器のビートを軸に音楽を奏でる。それはまさに起源でもあるアフリカにおける音楽の在り方であり、アフリカにおける儀式のようでもある。最先端の技術と理論を駆使し、その音楽でスピリチュアルな物語を現出させ、ジャンルのみならず時代をも飛び越える。
「イメージと音楽の力は違う。本を読んだり、映像を見たりするのとは違って、音楽は聴いた人が自分自身でイメージを作り上げることができる。私はとても聴覚的だから、音だけでも視覚的なコミュニケーションができるってことをみんなに伝えたいと思っている。私の場合、音さえ提供すれば、伝えたいものを絵にする必要はないから」
『The Omnichord Real Book』がすごいのは物語のみならず、イメージをも喚起させてくるところだ。ここにきてミシェル・ンデゲオチェロに新たなピークがきている。
公演情報
Meshell Ndegeocello
ミシェル・ンデゲオチェロ
2024年2月12日(月)東京・ビルボードライブ東京
1st Stage Open 15:30 Start 16:30 / 2nd Stage Open 18:30 Start 19:30
2024年2月13日(火)東京・ビルボードライブ東京
1st Stage Open 17:00 Start 18:00 / 2nd Stage Open 20:00 Start 21:00
公演詳細
2024年2月15日(木)大阪・ビルボードライブ大阪
1st Stage Open 17:00 Start 18:00 / 2nd Stage Open 20:00 Start 21:00
公演詳細
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オムニコード・リアル・ブック
2023/06/16 RELEASE
UCCQ-1187 ¥ 2,860(税込)
Disc01
- 01.ジョージア・アヴェニュー (ft.ジョシュ・ジョンソン)
- 02.アン・インヴィテーション
- 03.コール・ザ・チューン
- 04.グッド・グッド (ft.ジェイド・ヒックス、ジョシュ・ジョンソン)
- 05.オムニプス
- 06.クリア・ウォーター (ft.ディーントニ・パークス、ジェフ・パーカー、サンフォード・ビガーズ)
- 07.ASR (ft.ジェフ・パーカー)
- 08.ギャツビー (ft.コリー・ヘンリー、ジョーン・アズ・ポリス・ウーマン)
- 09.タワーズ (ft.ジョエル・ロス)
- 10.パーセプションズ (ft.ジェイソン・モラン)
- 11.タ・キング (ft.タンディスワ)
- 12.ヴァーゴ (ft.ブランディー・ヤンガー、ジュリアス・ロドリゲス)
- 13.バーン・プログレッション (ft.ハンナ・ベン、アンブローズ・アキンムシーレ)
- 14.ワンイレヴンシックスティーン
- 15.ヴーマ (ft.タンディスワ、ジョエル・ロス)
- 16.ザ・フィフス・ディメンション (ft.ザ・ホットプレーツ)
- 17.ホール・イン・ザ・バケット (ft.ザ・ホットプレーツ)
- 18.ヴァーゴ3 (ft.オリヴァー・レイク、マーク・ジュリアナ、ブランディー・ヤンガー、ジョシュ・ジョンソン)
- 19.ジ・アトランティクス (日本盤限定ボーナス・トラック)
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