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<コラム>2016年から続く稲垣潤一のコンセプトライブを紐解く――2023年は『PRIMARYVOZ』
Text:山田麻里子
日本のシティポップが世界的にブームを巻き起こしている。 80年代にその礎を創ってきたアーティストたちが再注目されるなか、稲垣潤一はそんな時代の流れをどこか俯瞰しているような印象を受ける。「スタンダードを歌うヴォーカリスト」を自負する彼は、流行りに左右されることなく自身の音楽を追求し続け、年間数十本のコンサートツアーを行っている稀有なアーティストのひとりだ。
稲垣は少年時代から洋楽ロックに親しみ、70年代には地元仙台で音楽好きな大人たちが集うラウンジやライブハウスでドラムを叩きながら歌っていた。そんなハコバン活動時代に伝説のライブハウス「スコッチバンク」でスカウトされ、1982年1月「雨のリグレット」でデビュー。 シティポップが洋楽のエッセンスを採り入れたおしゃれなJポップという位置づけならば、当時の稲垣はまさにシティポップの申し子として音楽ファンに鮮烈な印象を与えた。
都会の男女を主人公にしたドラマティックな歌の世界観を、洋楽ネイティブならではのリズム感と艶のあるシルキーヴォイスで極上のラブソングに仕上げていく。彼の才能とそれに魅了された作家陣との素晴らしい共同創造によって誕生した楽曲は「ドラマティック・レイン」「夏のクラクション」など名曲がずらり。1992年にミリオンヒットを記録した「クリスマスキャロルの頃には」は誰もが知るところだろう。
そんな稲垣は2016年より、通常のコンサートとはまったく違う形態のコンセプトライブを始動。これはその数年前にスティーヴィー・ワンダーが1976年発売のアルバム『Key of Life』をコンセプトにして行ったライブに着想を得たもので、これまでリリースしてきた自身のオリジナルアルバムをテーマにセットリストが構成されている。
【IGNITION TIME 2016 SUMMER TOUR~246:3AM〜Shylights~J.I.~このアルバムからあの曲が蘇る】と題した初回は、ビルボードライブ東京/大阪を含む4都市で開催された。1982~1983年発売のアルバムからの選曲で、当時のカルチャーを振り返る思い出トークも盛りだくさん。普段のライブでは聴けない「隠れた名曲」と呼ばれるナンバーの数々が披露され、まさにタイムマシンで80年代を旅するようなライブ空間を創出して反響を呼んだ。
かつて胸を焦がした青春時代の曲を、あの頃と変わらぬ歌声で再現されるのだから、ファンにとっては昇天の喜びであるはず。稲垣の楽曲はCMタイアップ曲が非常に多いため、昔のアルバムに愛着を持つファンでないとしても「いつかどこかで聴いたあの曲」に出会えるのが嬉しいところだ。年齢を重ねてもなお美しい歌声を保ち続けていられるのは、職人気質とも言えるストイックな彼のこだわりと努力の賜物だろう。
ビルボードで新たなライブのスタイルを確立した稲垣はその翌年、1984〜1986年のアルバムをテーマとしたコンセプトライブ【REALISTIC JUNICHI INAGAKI LIVE 2017 AUTUMN TOUR〜Personally〜NO STRINGS〜REALISTIC〜このアルバムからあの曲が蘇る】を展開。
さらにその翌年には、1987~1988年のアルバムに加え2017年発売の最新アルバムからの選曲による【収穫祭 2018 JUNICHI INAGAKI SUMMER TOUR~MIND NOTE~EDGE OF TIME~意表を突いてHARVEST~熟成からヌーヴォーまで】を成功に収めた。同ツアー中、ビルボードライブ大阪公演が行われた7月9日は65歳の誕生日。ステージ上でバンドメンバーとスタッフから祝福のサプライズを受け、メモリアルなライブとなった。
そして【コンセプトライブ2019「Q 10 eleven」】(1989~1991年のアルバム)の後、【コンセプトライブ2020「1213+1」】(1992~1993年のアルバム)はコロナ禍の影響により延期に次ぐ延期で、ようやく実現したのが2021年。音楽業界が大打撃を被ったこの時期にも稲垣は様々なかたちでライブ活動を続け、長年バンマスを務めているピアニスト塩入俊哉とのアコースティックライブに力を注ぐなど、シンプルな音のなかで自らの歌を改めて追求していくことになる。
明けて2022年1月、デビュー40周年を迎えた稲垣。アニバーサリーツアーと並行して行われた【コンセプトライブ2022 Signs of Trust~J’s DIMENSION (1994~1995年のアルバム)では、規制からの解放を待ち望む観客の熱狂をさらった。 このライブの選曲について彼は「20年ぶりに歌ってみたら、自己評価が変わった」と発言。当時は耳当たりの良いポップスからよりエッジの効いたナンバーへ方向転換を図った時期で、作品の評価は賛否が分かれていたという。その未消化な感情を掘り起こし、粛々とキャリアを積んできた現在の稲垣潤一としてステージで再現することで「曲に時代が追いついてきた」という手応えを掴んだのだった
そして2023年8ビルボードライブ東京/横浜/大阪にて【コンセプトライブ2023『PRIMARYVOZ』】を開催。今回は1996年発売のアルバム『PRIMARY』と1997年発売『V.O.Z』からの選曲となる。
当時シングルリリースされた「雨の朝と風の夜に」は近年のツアーでも歌われ、今もファンに愛されるミディアムラブソングだ。ほかに「君がいるだけで僕はすべてを手に入れた」など癒し系のバラードにも注目。湯川れい子や秋元康など、デビュー当時からタッグを組んできた作家陣による作品群のほか本人が作詞作曲を手掛けたナンバーまで、90年代の恋愛ストーリーを散りばめたセットリストに期待したい。また、今回テーマとするアルバムはツアーを休止していた時期の作品であるため、ライブで歌われたことのない幻のナンバーたちを聴ける貴重な機会となりそうだ。
「自分の声にはまだ伸びしろがある」と涼しげに語る稲垣はこの夏、御歳70歳。色あせない名曲を名曲たらしめる理由を彼は体現しようとしているのだ。年齢とともに筋力が低下する喉と真摯に向き合い、なお進化し続けるというのは生半可なことではない。だからこそ、その歌声はあなたのタイムマシンになれる。 それを証明するコンセプトライブにぜひ足を運んでみてほしい。ビルボードライブで極上のシルキーヴォイスに酔いしれる時間旅行を堪能しよう。
公演情報
稲垣潤一 コンセプトライブ2023『PRIMARYVOZ』
2023年8月3日(木)4日(金) 東京・ビルボードライブ東京
1st:Open 16:30 Start 17:30
2nd:Open 19:30 Start 20:30
2023年8月12日(土)13日(日) 神奈川・ビルボードライブ横浜
1st:Open 14:00 Start 15:00
2nd:Open 17:00 Start 18:00
2023年8月17日(木)18日(金) 大阪・ビルボードライブ大阪
1st:Open 16:30 Start 17:30
2nd:Open 19:30 Start 20:30
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