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<コラム>菅原圭『round trip』は“誰かの人生というワンルームを覗き見ているような感覚”



コラム

Text:小町碧音

 どこかレトロなメロディーラインにモダンで叙情的な心を揺さぶるリリック、そして、白い砂浜が広がり透き通る青い海の中で揺蕩っているかのようなシルキーな声色。唯一無二のソングライティング力で純度の高い音世界を紡ぎ出し、天性の歌声を持つシンガーソングライターが、菅原圭だ。

 2019年にYouTubeで活動を開始した菅原は、編曲にトラックメイカーのPSYQUIを迎えた、グルーヴ感のある初の配信シングル「フライミ feat. PSYQUI」を2020年11月にリリースした。以降は、アレンジャーを迎え入れた自身の作詞曲をはじめ、ブレイク前のyamaやAdoをフィーチャリングし、話題性を生み出したくじら、様々な若手アーティストへの楽曲提供も行うクリエイター johnのソロプロジェクト・TOOBOEなどのボカロシーンの注目クリエイターによる書き下ろし曲も発表。2022年には、Spotifyが選ぶネクストブレイクアーティスト10組の国内アーティスト『RADAR:Early Noise 2022』に選出された。

 そんな菅原が12月14日に自身初の1stデジタルアルバム『round trip』をリリース。エスエス製薬 ハイチオール50周年キャンペーンに向けた初の書き下ろし曲「カミレ」などの既発曲9曲に新曲「lien」を含めた自身による作詞曲の計10曲が収録された、菅原圭ワールドに浸ることのできる必聴のベストアルバムに仕上がっている。


 YOASOBI、yama、Adoなどのボカロ出身のアーティストがJ-POPのメインストリームで隆盛を極めたことで、ボカロシーンは追い風を受けた。近年、増加しているのは、作詞作曲、ミックスなど歌作りにおける工程を自身で手がけるボカロPや歌い手だ。菅原圭は、中性的でエモーショナルな歌声のボーカリストでありながら、ソングライティング力も兼ね合わせた貴重な実力派シンガーソングライターという点でも、期待の星と言える。

 とくに情景の匂い立つような描写が印象的だ。<黄色い靴をはいてた時 蒼い蒼い 海のような気持ちだった>(「シーサイド」)、<キラキラ キラキラ 泣いてる君は ミラーボールに似ている>(「ミラ」)といった想像を掻き立てる比喩表現や“香り”“風”(ともに「シーサイド」より)などの五感を駆使した言葉の共存。柔和な趣にふと迷いを生じる繊細な心を歌う初心な声質は子供とも大人ともつかない年頃を想起させる。



 目覚めた朝、いの一番に手に取りたくなるような菅原のボーカルにスポットが当たるhigma編曲のノーブルな「lien」から一日が始まる本作。シンガーソングライター兼トラックメイカーの春野編曲のツインボーカル曲「celeste」を代表とした菅原圭の温度感のある歌声に似合うR&B、ローファイ・ヒップホップといったレイドバックなサウンドと“軽量カップ”(「シトラス」)、“食べかけのパン”(「カーテン」)などのありふれた日常を切り取った生活感のあるリリックが手を取り合って踊る様子が音空間に描き出される。なかでも、菅原圭の初期衝動を感じさせるイノセントな楽曲が、本人による美しいハモリと小気味よいピアノのリズムが向かい合う「シーサイド」。地声とファルセットの境界線が溶けていく心地よさと炭酸が抜けるのに似た余韻を残す声色とが相まって、絶妙なメロディーラインの輪郭がしっかりと耳に残る。蒼という色をも鮮明に浮かばせる菅原圭のポテンシャルが詰まった珠玉の1曲だ。


 それぞれの楽曲が本棚に配列した1冊毎の小説のように独立している印象を強く受けるのも、菅原圭の作品の特長。自身の正体を公表せず、綴るリリックに価値観や思考の偏りが存在していないことで、他人の物語だと知りながら自然とその物語の深奥に導かれ、完読してしまう小説のような一面を持たせている。あくまで楽曲は、「シーサイド」に綴られた“六畳一間”のような狭い心を表す舞台を対象としていることから、とくにティーン層にとっては親近感も芽生えやすく、かつ無色透明に近い菅原圭という特別感のある存在を「見つけてしまった」喜びにも満たされやすい。いわば、曲を聴いている間は、誰かの人生というワンルームを覗き見ているような感覚になる。

 ポップなメロディーセンスと喜びが飛び出す「ライムライト」、切ない感情が浮遊する「レモネード」「ミラ」……『round trip』の本棚には、その日の気分に合わせて選曲したくなるようなラフな楽曲群が並んでいる。ときには、ほろ苦いコーヒーを飲むように。ときには、サイダーの炭酸が弾けるようなときめきを味わうように。空中のどこか遠くへ飛ばされる風船に似た答えを求めることのない菅原圭の新しい音楽スタイルは、今の時代にあふれすぎた心の荷物を手放し、日常に寄り添ってくれるだろう。

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