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<ミニインタビュー>NYで活動するR&Bシンガー AYAKA.a.k.a.Mossan――音楽的ルーツから単身渡米、最新シングル発表までを語る



<ミニインタビュー>NYで活動するR&Bシンガー AYAKA.a.k.a.Mossan――音楽的ルーツから単身渡米、最新シングル発表までを語る

単身ニューヨークへ渡り、飛び入り参加スタイルのオープンマイクから現地での活動を開始。地道な人脈づくりと2年で700回以上のパフォーマンスを経て、R&Bの本場である黒人音楽エリアやハーレムでのワンマンライブ開催へと、ソロシンガーとしての道をひとり切り開いてきたAYAKA.a.k.a.Mossan。自身の音楽ルーツから渡米後のエピソード、音楽活動へのモチベーション、最新シングル「Morning Routine」について話を聞いた。

ピアノに興味持った幼少期~オジーやメタリカをカバーする高校時代~『NHKのど自慢大会』優勝へ

--まずはプロフィール的なところから伺わせてください。幼少期にクラシックピアノを習っていたそうですがご両親の影響ですか?

AYAKA.a.k.a.Mossan(以下AYAKA):父が生前、大の音楽・レコードファンでしたので幼い頃から主に洋楽を聴いていたんですが、クラシックピアノに興味を持ったのは幼稚園での先生の伴奏がきっかけでした。まだ“世界を見上げて”過ごす中、先生の叩く鍵盤がとても魅力的に見えたのを今でも鮮明に覚えていて…。幼いなりにもその感情が確信へ変わった日、家に帰って母にどうしてもピアノを習いたいと懇願しました。母は「果たして本気なのだろうか?」と少し疑心を抱いていたようですが、一方で父は呆気なく快諾してくれ、3歳の私にYAMAHAのアップライトピアノを買い与えてくれたんです。当時、家に先生が毎週来てレッスンしてくれたんですが、この先生がとてもスパルタで。先生に怒られた事もそうですが、出来ない自分への悔しさでレッスン後はほぼ毎回泣いていましたね。

--ピアノを習ったことでその後の音楽制作や人生に影響はありましたか?

AYAKA:12歳まで続けていたのですが、この9年間で音楽だけでなく、負けず嫌いなところや自分に厳しい性格・根性といった今の自分が培われたと思っています。それと、3歳というとても早い時期から音に触れていたため、音感や理論などが感覚として身体に染み付いているようで、現在の楽曲制作にもとても役立っていると思います。

--学生時代には軽音部に所属していたそうですね。当時はどんな音楽をされていたんですか?

AYAKA:中学生の時、世の中は「バンドブーム」だったこともあり、音楽的趣向もだんだんロックへと変化して行くんですが、高校生になると友人の影響もあって洋楽ハードロックやメタルと呼ばれるものに興味も湧き始め、ライブや音楽フェスにたくさん行きました。高校で所属していた軽音楽部では、“AYAKA=ロックボーカル”と自分の学校内のみならず交流のあった他校からも見られるようになりました。今の私の楽曲からは想像できないかもしれませんが、当時はOzzy OsbourneやMetallicaなどもカバーしていましたし、夜、布団の中で眠りに就くために聴く音楽はSlipknotでした。

その後、軽音楽系コンテストに出場するようになるんですが、私自身が力強いシンガーへの憧れもあり、コンテスト受けの良いとされるPOPSよりもパワフルな歌唱曲を好んで選びました。21歳の時、Superflyさんの「Hi-Five」で『NHKのど自慢大会』で優勝したことはとても自信になりました。

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▲Jermaine ParrishとVillage Undergroundにて

--高校時代の部活動でのステージが歌うことの楽しみを教えてくれたそうですね。当時の思い出などありますか?

AYAKA:高校1年生の途中で軽音楽部に入部したんですが、入部してすぐに選抜メンバーに選ばれ、ボーカルに抜擢されました。初めてのパフォーマンスでは緊張で見れなかったオーディエンスの顔も、回を重ねるとだんだん見えてくるようになり、歌詞を単になぞるだけだった歌が言葉を伝える歌へと変わり、目立ちたい精神で立っていたステージが自分の居場所でありパフォーマンスを披露する場へと変わり…。それと同時にオーディエンスの反応の変化も感じるようになったんです。2年生になる頃には、私を目標に「歌を歌いたい、ステージに立ちたい」と言ってくれるような後輩も現れて。自分の娯楽で歌っていた歌が知らないうちに他人の心を動かすようになったと気付き、それまでと歌への向き合い方が180度変わりました。

--その後、音楽専門学校へ進んで本格的に歌の勉強をされるわけですが、音楽的趣向はここで変わっていったんですか?

AYAKA:専門学校では歌唱の授業で課題曲が与えられるんですが、今までのバンドスタイルではなく、一人のシンガーとして授業を受けなければいけなかった事もありR&BやNeo Soul、Soulを主に歌うようになっていきました。ジャンルは違えど、元々洋楽をよく聴いていた事もあり、割とすんなり受け入れるというか、身体に馴染んでいきました。

当時、周りには毎日遊んで過ごすクラスメイトが多かったんですが、元々の探究心や負けず嫌いから「このジャンル(R&BやSoulなど)も攻略したい!」と思い、授業が終わった後、バイトが無い日は毎日ひとり夜遅くまで学内のスタジオを借りて歌の練習をしたり、動画を見て研究したりしていました。当時はWhitney Houstonの「I will always love you」をどうしても上手く歌いたくて、ずっと練習していた記憶がありますね。

そんな事もあり、今までのバンドとは違ってソロシンガーとしての活動を始めていくようになるんですが、それと同時にピアノの弾き語りパフォーマンスも始めるようになり、Alicia Keysに出会うんです。Aliciaの「If I ain’t got you」や「Empire state of mind」は当時、本当によく弾き語りしていて、今思い返すと彼女の存在もニューヨーク行きに大きく影響していたと思います。

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▲American Idolオーディションにて一次審査通過後

--2014年にニューヨークへ活動拠点を移されますが、日本で活動を続けるのではなく渡米を選んだ理由は何だったのですか?

AYAKA:先ほどのお話の通り、ほぼ毎日学校が終われば練習・研究という日々を過ごしていたので技術的にはどんどん上達し、周囲からも「凄いね!歌がうまいね!」と当たり前のように言われるようになるんですが、自分の理想の歌唱とは程遠くて…。周りからの評価と自分自身への評価のギャップに気付くんです。「全然歌えていないのに周りからは凄いと言われる…、これってもしかして“井の中の蛙大海を知らず”状態なのではないか?」と考えるようになりました。そんなある日、友人とカフェで過ごしている時、自分の意識より先に「私、アメリカ行こうかな」という言葉が口から出てきたんです。きっかけは本当に安易な「日本より大きいところへ出ていこう、そうだ、アメリカだな!」という考えだったと思いますね。

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▲ニューヨークで最も大きい大学のひとつ、The City Collage of New Yorkでの演奏時

--なぜニューヨークを選ばれたんですか?

AYAKA:よくカバーしていたAlicia Keysや、映画『Dreamgirls』で見たJennifer Hudsonの影響がとても大きいのと同時に、もう一つ、ソウルシンガーのNao Yoshiokaさんの存在があります。実は軽音楽部だった頃、歌を始めたての当時高校1年生だった私は、桁違いに歌が上手いと有名だった他校の高校3年生の先輩のステージを目の当たりにするんですが、それがNao Yoshiokaさんだったんです。彼女が大阪を去って東京に行った後のことは、風の噂程度にしか聞いていなかったのですが、ある日、偶然彼女を取り上げたテレビ番組を観てニューヨークにいた事を知りました。その番組内では彼女の歌をしっかり聞けなかったのですが、その後、ニューヨークについてリサーチしていた際、“ニューヨークにいる日本人シンガー”というワードで出てきた動画が偶然Nao Yoshiokaさんのもので。初めて出会った頃の彼女と全く次元の違う歌唱力を見て、自分の行き先はニューヨークだと確信しました。

--渡米する前に英語の勉強や現地での仕事・住まい探しなど、ある程度準備されてから渡ったんですか? 何か苦労したエピソードはありますか?

AYAKA:英語は幼稚園の頃から授業があった事もあり、特に予習せずにニューヨークへ渡ったのですが、現地の英語はとにかく早すぎて何を言っているのか分からずでした。自分の伝えたい事も英語に出来ず、最初はコーヒーを買う事にも苦労しましたし、そのせいで知らない人に街でからかわれたり、人種差別のような扱いをされる事もありました。なので、毎日通っていた語学学校でもプライベートの時間でも、一心不乱に英語の勉強をしましたね。

ニューヨークに引っ越して最初の2週間は、ユースホステルといって主にバックパッカー達が宿として利用する施設で、6人ほどの共同部屋で過ごしました。その間に銀行口座の開設や携帯電話の契約、住まい探しを拙い英語で必死にしていました。最初に住んだアパートでは引っ越して5か月ぐらいした時に小火(ボヤ)があり、その翌日に荷物をまとめて出ていけと言われました。引越し業者を利用する資金もなかったので、大きな荷物を抱えて大変な思いをしながら電車を乗り継いで引っ越しをしていました。

自分の夢ややりたい事のためとはいえ、慣れない環境での一人ぼっちの生活は、体感よりもストレスや疲れがあったんでしょう、ニューヨーク生活最初の1年は毎月1キロずつ体重が減っていきました。

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▲Ain't no mountain high enoughで有名なAshford & Simpsonの経営するSugarbarにてRon Grantと

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飛び入りオープンマイクで一からの人脈作り~ワンマン開催~楽曲制作

--現地でアーティスト活動をするにあたり、始めから協力者やコネクションはあったんですか?

AYAKA:一切のコネクションも知り合いすらもいない状態で、ニューヨークへ飛び込みましたね。現地の方々に、自分がどういう人間で、どういう事をしにやってきたかを理解してもらう必要があったので、まずは、その存在は知っていた“オープンマイク(飛び入り客にマイクを開放するイベント)”というものに参加してみる事にしたんです。実際に会場に入ると沢山の人たちが順番に歌を披露していって、このアメリカ人達はプロなのかただの趣味なのか分かりませんが、日本ではありえないような桁違いの歌唱力なんです。遂に自分の名前が呼ばれステージに上がった時、手も足も声までも震えが止まらず、今まで経験したことのない緊張で、悔しさでいっぱいのパフォーマンスになりました。

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▲毎週通っていたNY最大オープンマイク(Village Underground)のホスト。左からKimberly Davis(Chic)、Ron Grant

後から会場の受付をしていた黒人の方 ―後に私を妹のように可愛がってくれる家族のような関係になるのですが― が、「ホストバンドのドラマーはAlicia Keysの専属ドラマーで、鍵盤を弾いている彼とギターの彼はWhitney Houstonのバックバンドのメンバーだよ!」と教えてくれて…。その時の衝撃は今でも思い出すと鳥肌が立つほどでした。


▲Village Undergroundにてオープンマイクでのパフォーマンス「And I'm telling you I'm not going」


その会場には、司会の方が亡くなる2018年まで毎週通ったんですが、凄い!と思ったシンガーやミュージシャンへは自分から話しかけていき、歌える場所がないか聞きまわったんです。1年後には毎日どこかのオープンマイクへ歌いに行ったり、当時、Jay-Zのお母様が経営されていた隣の州のレストランでもパフォーマンスさせて頂きました。

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▲Jay-Zのお母様が経営していたレストランでのパフォーマンス

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▲ニューヨークのシンガー達と。真ん中ハットを被った女性はShalby J(Princeのバックアップシンガー)、その右隣はJudith Hill(Michael Jacksonのバックアップシンガー)

その後、地下鉄の駅構内でストリートパフォーマンスも始めたんですが、やはりアジア人という事もあってか、英語で馬鹿にされたり、からかわれる事もありました。そんな中、わざわざ反対のホームから渡ってきて「君のようなシンガーが現れたからWhitneyも安心して空で休めるね」と言ってくれたり、「今度僕の主催するイベントに出演してくれないか?」とオファーをしてもらえることもあって。重い機材を担ぎながらの大変な活動でしたが、今思い出すととても濃い生活だったなと思います。

歌う機会を頂いては自分を売り込むを繰り返し、2016年には黒人音楽の聖地、ハーレムにて2度のワンマンライブを開催させて頂くこともできました。ゼロから自分の力で切り拓いていくことは茨の道でしたが、その分嬉しい体験もあったりと今の自分を形成してくれたなと思っています。


▲ハーレムにてワンマンライブでのパフォーマンス「Somebody else's guy」


--各所でパフォーマンスする際は、当初からオリジナル曲をやっていたのですか?

AYAKA:最初はあくまでもシンガーとしての活動を行っていたのでカバーでしたね。当初は主にWhitney HoustonやMariah Carey、Jennifer Hudson、Alicia Keysを歌っていました。その後、会場のスタッフやオーディエンスの方から「この曲を君の声で聴いてみたい」との声を頂くようになり、Jill ScottやFloetry、Chaka Khan、Anita Bakerなどを歌い始め、PopsやR&BだけではなくSoulやNeo Soulなども歌うようになっていきました。


▲ブルックリンにてオープンマイクでのパフォーマンス「Sweet Love」


--黒人音楽エリアやハーレムでワンマンライブを行なったのが2016年ですので、渡米からわずか2年でR&Bの本場である現地の音楽ファンに受け入れられるまでになります。順調な活動のように思いますがいかがですか?

AYAKA:2年という数字を見れば“わずか”のように思いますが、2年=730日、ほぼ毎日パフォーマンスをどこかで行ったり、コネクション作りに励んでいたので、少なくとも700回はパフォーマンスしてミュージシャンや会場のスタッフに話しかけ交渉する、といったことをしていましたので、順調でもなければ簡単なものでも無かったですね。

ワンマンライブの際のバックミュージシャンも全員自分で口説いて交渉し、協力して貰いました。ワンマンライブの会場やバンドメンバーが決まった後も、スケジュールやセットリスト、演奏への指示など全て英語でしたし、文化の違いもあってなかなか予定通りにいかないことも沢山ありましたが、この経験が今のニューヨークでの活動に活かせていると思うことが多々あります。

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▲ハーレム地区でのワンマンライブ

--ちなみに“Mossan”というのはこの時のステージネームですか?

AYAKA:私の本名である“AYAKA”という名前の方が沢山いるので、差別化しようと思い今年に入ってからアーティスト名に加えたんです。実は“Mossan”というのは高校時代のあだ名から来ていて、本名「山本」から「やまもっさん」に始まり「もっさん」になったようです。当時は母も「もっさんの母です」と言ってましたし、クラスメイトや後輩からも「もっさん」と呼ばれていました。

“Mossan”がアメリカではあまり馴染みのないサウンドであることも加えた理由ですが、歌を始めた頃に呼ばれていたあだ名で今度は歌でトップに立ちたいという思いや、これから私の存在を知ってくれる方々からも親しみを持って呼んで欲しい、といった思いを込めています。

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▲Village UndergroundにてAmber Rileyと

--そこからまた2年後の2018年10月には、1st EP『Miracle/Dreams』をリリースされます。ワンマンライブの成功から、プロデューサーやエージェントとの出会い、オリジナル作品のリリースに至るまで、どんなストーリーだったのですか?

AYAKA:ワンマンライブの成功は何よりも自分にとって本当に大きなモチベーションや自信に繋がったと思います。そこから更にコネクション作りに励むようになり、知り合いのシンガーを通じて、今でも付き合いのある音楽プロデューサーの方と出逢います。日本も含めて自主リリースの経験がなく、右も左も分からない状態で楽曲制作をスタートさせたので、その音楽プロデューサーやミュージシャン仲間に、リリースの仕方からディストリビューター、著作権の管理など沢山のことを教えてもらいながらのリリースでした。

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▲ニューヨークのミュージシャンと楽曲制作を始めたばかりの頃、スタジオミュージシャン達と

初めてのアメリカ人チームとの楽曲制作では、やはり育ってきた環境や聞いてきた音楽の違いなどから、意見がまとまるのに時間が掛かったり、英語で細かいニュアンスを伝えるのが難しかったり。当時は歌唱でも英語の発音をほぼすべて直されたりと…、今のようにスムーズに進むことはありませんでしたね。


▲初英語歌詞での楽曲「Miracle」


--その後、今年6月までの3年半の間にシングル8曲と2nd EPをリリースするなど、積極的な活動を続けられています。2020年初頭からはコロナ禍に入り、活動もままならなかったと思いますがいかがですか?

AYAKA:ニューヨークは日本より先にロックダウンや飲食店の営業時間短縮を経験しています。ロックダウン直前まで全力疾走してきたので、初めのうちは少し“羽休め”ではないですが、自宅の屋上で日焼けして1日を過ごすなど、割と開き直ってロックダウンを楽しんでいたと思います。でも、そんな毎日にも飽き、何かできる事はないかとカバー曲をSNSにアップロードしたり、また別の音楽プロデューサーにビートを送ってもらい、遠隔での楽曲制作を行うようになりました。沢山の外国人達が自国へ戻っていく中、「自分は絶対にこんなことくらいで負けて帰国はできない」という気持ちで「今、アーティスト・シンガーとして何ができるか?」を常に考えていました。


▲カバーアプリ上でのカバー動画


--そんな苦境の中、ニューヨークでアーティスト活動を続けるモチベーションは何ですか?

AYAKA:その苦境も含めて、音楽や歌う事、ステージに立つ事、アーティスト活動が楽しくて堪らないんです。自分の作り上げた作品が物語としてリスナーの方々に届くというのは言葉にするだけで鳥肌が立ちますし、自分の作品で誰かの心を動かす事が出来たなら、その事が私の心を動かしてくれます。ただ、具体的なモチベーションと言われると、母だと思います。母は一番長く、そして世界で一番に私のファンでいてくれる存在なので、彼女が胸を張って「これは私の娘です」と自慢が出来るような人間になりたいですし、成功というものを掴み、持ち帰りたいと常に思っています。

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新曲「Morning Routine」と影響受けたシティ・ポップのNYでの人気

--今年11月にはNYCD Recorfdingsとのレーベル契約を獲得し、そして12月3日に新曲「Morning Routine」をリリースしました。本作はこれまでのクールなR&Bスタイルとは異なって、シティ・ポップの雰囲気もあり歌詞も日本語です。制作にあたって心境の変化や何かきっかけがあったのですか?

AYAKA:今までは自分自身は英語詩への憧れがやはり大きかったのですが、アメリカ人の音楽仲間から「日本語を扱えるという事が彼らからするととても憧れである」という話をされ、これが日本語歌詞について考えるきっかけにもなりました。

シティポップがニューヨークでも流行り、タクシーの中では竹内まりやさんや杏里さんが流れるようになり、Rock、R&B、Soulなどをベースとしていた自身の音楽趣向にPops、City popが加わり、更にアーティストとして振り幅を広げられるようになったと思います。今回のリリースは私にとって今までの楽曲より更に特別なもののように感じていますので、自分のルーツである日本語を取り入れたかった事と、1人でも多くの方に口ずさんで貰いたいという思いから、キャッチーなサウンドに日本語歌詞を乗せたものになりました。

--日本のシティ・ポップが今、海外で人気があることも「Morning Routine」の制作に影響を与えましたか?

AYAKA:影響はとてもありました。幼少期に自分の親が聴いていたことから、自分の耳にも残るサウンドが今、トレンドとして日本の枠を越えた海外でも聴かれているというのは、音楽的時代の変化も感じましたし、自分のアーティストとしての新たな可能性も感じました。それと、「Morning Routine」の制作を共にしたアメリカ人プロデューサーにシティ・ポップの存在を教えたところ、彼の中で初めての衝撃だったらしく、「他のシティ・ポップのアーティストも教えて!聞きたいから!」と言うほどどハマりしていたので、その影響もあるかと思います。

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▲AYAKA.a.k.a.Mossan

--日本のシティ・ポップは実際、アメリカやニューヨークでも人気があるのでしょうか?

AYAKA:タクシーで松原みきさんの「真夜中のドア」が流れた事があったのですが、現地のタクシードライバーが曲に合わせて日本語歌詞を歌っていた事があり…。一瞬自分の耳を疑うほどの衝撃でした。ニューヨークにいるアメリカ人はカラオケがとても好きで、友人達とたまにカラオケに行くと「真夜中のドア」や竹内まりやさんの「プラスティック・ラヴ」を歌って欲しいとよくリクエストされます。

--前シングル(「Come Back To Me」)から日本語で歌うようになっています。このタイミングで変更した何かきっかけがあったのですか?

AYAKA:周りのアメリカ人から以前から日本語の歌詞も聴いてみたい、と言われ続けてはいたんです。英語詞の楽曲をリリースし、パフォーマンスしていると英語圏の方は内容まで理解できますが、日本にいる方にとってはクールでも内容が分からない事が多いと思います。逆に日本語歌詞でのリリースやパフオーマンスに絞ると、その逆が起きます。日本はもちろん、もっと広い範囲で沢山の方々に自分の楽曲のサウンドも歌詞の内容も好きになってもらいたいという思いから、日本語の歌詞を取り入れ始めることにしました。とはいえ、自分の楽曲制作のベースは英語ではあるので、今後は英語・日本語にあまり捉われず、楽曲に合う言語だったりその時自分が表現したい言語での作詞が出来ればと思っています。


▲前シングル「Come Back To You」


--今後も今回の路線で進んでいく予定でしょうか?それとも、あくまでもAYAKAさんの持つ音楽要素の一部として、さらに音楽性を広げていく予定でしょうか?今後の制作・リリース予定なども踏まえて教えてください。

AYAKA:今までそうだったように、アーティストとしての自分のルーツやベースを元に、これからも更に音楽性を広げて、自分の可能性というものを広げて行けたらいいなと思います。今後のリリース予定としては、来年にシングルの発表を予定しており、続いてミニアルバムを2作リリースする予定です。現在はこちらの制作を主に行なっていますので、リスナーの皆様には楽しみにして頂けると嬉しいです。

--エンターテインメント界のみならず、スポーツ界やその他業界でも海外での活躍を目標とする人が、特に若い世代を中心に増えていると思います。実際に海外で活動されているお立場から、それを目標としている方々にメッセージやアドバイスをお願いします。

AYAKA:新たなステージへの船出には必ず不安がつきものだと思いますが、その不安よりもワクワクが少しでも大きいのであれば、最初の一歩をぜひ踏み出して欲しいです。どんなに小さな一歩でも、大きな一歩に化ける可能性を持っています。新たなエピソードが始まった時、数えきれないほどの試練や苦悩が必ず待ち構えています。ですが、試練や苦悩というのは前に進もうとしていない人には訪れないものですし、それを乗り越えた後の景色は、必ず自分自身を成長させてくれ、次の更なるエピソードへと連れて行ってくれます。私自身もニューヨークへ渡ってきた年、25歳の頃「あなたはプロのシンガーになるには年齢的に遅すぎる」と言われた事もありますが、今、私はこんなにも大きな記事にして頂いています。あの頃、浴びせられたこの言葉を信じず、自分だけを信じて走ってきてよかったと心から思いますし、その判断をした自分を誇りにさえ思います。私自身もここから更に言葉だけではなく、背中で語っていけるような人間であり、アーティストであり続けたいと思いますので、楽しみにしていてください。

「Morning Routine」リリックビデオ
AYAKA.a.k.a.Mossan 写真

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