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<インタビュー>idomが語るマルチなアーティスト活動のルーツ、UXデザイン的なクリエイティビティとは
岡山県在住の次世代アーティスト、idom(イドム)が初めて楽曲制作に挑戦したのは2020年のこと。それから約2年経った9月7日、月9ドラマ『競争の番人』の主題歌にもなっている「GLOW」でメジャー・デビューを果たす。異例のスピードで頭角を現したidomは、楽曲に関するスキルだけでなくラップや映像制作、イラスト制作などもこなすマルチな才能の持ち主。そんな彼は、一体どんな人物なのだろうか。ドラマ主題歌「GLOW」についてはもちろん、彼の過去と未来についてもじっくり話を聞いた。(Interview & Text:高橋梓 / Photo:Yuma Totsuka)
一緒に寄り添う応援歌
――ドラマ主題歌「GLOW」が8月8日に先行配信、9月7日にEPがリリースされ、メジャー・デビューを果たされます。まずは今の心境を教えてください。
idom:いつかは大きな場所で音楽をやれたらというのが目標のひとつでしたが、そのタイミングがこれだけ早く来たことにまずびっくりしました。と同時に、まだまだ未熟ではありますが、僕を見ていただけて、評価していただいたことに感謝しています。
――その「GLOW」はどんな楽曲なのでしょうか?
idom:ドラマ側からいただいたリクエストは“応援歌”でした。ただ、「頑張れ!」という応援歌ではなく、一緒に寄り添う応援歌というか。ドラマのテーマでもある“弱くても戦う”、“弱さを乗り越えるところに強さがある”ということを描いている楽曲です。
――リクエストがあったとのことですが、どういった過程で誕生した楽曲なのですか?
idom:僕、曲の作り方は普段からバラバラで。テーマがハッキリしているときはサビから作ることもあるし、歌詞でストーリーをちゃんと構築したいときはAメロから作りますし、サビから逆算してBメロ、Aメロと作っていくこともあります。今回の場合は約3週間で15曲くらい作って、その中からメロディやトラック、雰囲気、構成などを組み合わせて作りました。ドラマの監督とやり取りをさせていただいて、「もう少し盛り上がる感じがいい」とか「音数はこれくらいがいい」とか都度リクエストをいただきながら制作したのですが、ドラマの画を見れていない状態だったので試行錯誤しましたね。色々と考えながら出来上がっていった感じです。
――特にこだわりがある部分はありますか?
idom:全部こだわってはいるんですけど(笑)、Aメロ、Bメロ、サビ……とフェーズごとに感情を歌い分けているのはこだわりかもしれません。例えばサビは「もがいている感じがほしい」というリクエストをいただいたので、力強い中にもちょっと苦しさが感じられるように歌っています。他にも、Bメロはトラップ要素があるので僕らしさが感じられるような歌い方にしたり、Aメロはグッと引き寄せるためにもHighの部分をしっかり感じられるボーカル作りにしたりしています。
――たしかに、細かく歌い分けされている印象があります。
idom:そうなんです。僕、ボーカル録り自体がけっこう好きで、1行だけで30回録り直しとかも全然やれちゃうんです。トラック数でいうと何百テイクも録るというREC方法を普段からしていて。自分の中で喉のどの位置で鳴らすのか、どのくらい鼻にかけるのかと使い分けられる種類が多いので、このワードにはどの声が合うのかをひと通り録って、一番いいものを選ぶというやり方をしています。なので、全部宅録なんですよ。「Awake」のときに一度スタジオで録らせてもらったんですが、緊張しちゃって(笑)。宅録のほうがリラックスして録れるし、何回も録り直ししやすいので、今はもう全部宅録です。「GLOW」はドラマの放送が迫っているなかで制作していたのですが、ボーカル録りに関してはしっかり歌いわけしたかったので、焦りすぎずとことんやりました。
――楽曲のすべてをご自身で手掛けているからこそ、とことん突き詰められると。「GLOW」の“完成形”はどこに置いていたのでしょうか?
idom:これまでは僕が納得すれば完成でしたが、今回はドラマの野田(悠介)プロデューサーが熱い思いを持ってくださっていて。だからこそ、野田プロデューサーが満足いくものと僕の満足いくものの接点を探しながら完成形を目指しました。今までにないパターンでの制作でしたが、そのぶんより広い層に届きやすい楽曲になったと思っています。
idom -「GLOW」Lyric Video | TV ver. (フジテレビ月9ドラマ「競争の番人」主題歌)
――MVもすでに撮影されているのですよね?
idom:はい。今回は僕が大切な曲を出すときにお世話になっている監督と組ませていただきました。監督のクリエイティブな部分をすごく尊敬していて、楽曲を聴いていただいたうえで監督が思ったように撮っていただきたいので、ディスカッションはしすぎないようにしています。なので、どのシーンが使われるかはまだわからないですが、3mくらいのプールに潜ってもがいたり、土の上を駆け回ったり、吊られて宙に浮いていたり、けっこうハードな撮影もしました(笑)。もがいているなかからの開放、希望に向かって駆け上がっている姿が伝われば嬉しいです。曲を具現化している内容なのですが、新しい解釈も与えてくれると思うので必見です。僕のような新人アーティストの映像としては、ハイクオリティなものになると思います。
音楽は修正が効かない
――EPには「GLOW」以外にも3曲収録される予定です。どんな楽曲なのでしょうか。
idom:「GLOW」以外だと「Awake」や「Moment」、「Freedom」でも一緒にやっているTOMOKO IDAさんとの楽曲、自分でトラック制作、作詞作曲をやっている曲が2曲収録されています。「GLOW」のJ-POP感があるサウンドだったり、僕のパーソナルな部分が伝わるようなトラックだったり、バラバラの楽曲が集まっていて統一感は少ないかもしれません。そのぶん「idomってどんなヤツなんやろ?」と思ってもらえるような不思議さは伝わると思います。
――この1枚でいろんなidomさんが見られるんですね。
idom:そうですね。まだ底が見えへん感じが出たらいいなと思って作りました。
――idomさん自身についてもお話を聞かせてください。idomさんは楽曲だけでなくクリエイティブ全般を手掛けられるマルチ・クリエイターでもあります。その原点はどこにあるのでしょうか?
idom:原点は大学のときですね。もともと芸術系の高校で油絵の勉強などをしていたのですが、大学ではグラフィックの勉強をしつつデザイン工学を専攻していました。設計やプログラミングなどをやりながら、UXデザインを勉強していたんです。商品をただデザインするのではなく、どうしたら買ってもらえるのか、買ったあとにどんな体験ができるのかという部分を含めてデザインするのがUXデザインなんですが、それを学んだおかげで音楽活動に活かせているというか。音楽や自分を商品としたときに「どうしたら俺や曲のことを知ってもらえるだろう」、「知ってくれた人はどんなアクションを起こすだろう」というところまで含めてデザイン予測をするようになりました。曲単体ではまだまだ未熟なので、映像と併せて出してみようと考えて映像制作もやり始めて……と、マルチにクリエイティブ活動をするようになっていった感じです。
――映像制作は独学なのですか?
idom:独学というか完全に趣味ですね。誰かに学んだこともないですし、学生の頃に友達と動画を撮りためていて、それを編集して友達に渡すというようなことをして身につけていきました。
――音楽に関しても「そもそもやるつもりはなかった」と伺っています。イタリアのデザイン事務所への就職をコロナの影響で断念したあとに音楽活動を始められていますが、きっかけはなんだったのでしょうか?
idom:偶然というか、本当にたまたまで。渡伊を断念したとき、辛い出来事が重なって落ち込んでいた時期があったんですね。そのときに、音楽をやっている友人が心配して食事に誘ってくれたんです。そこで話をしているなかで「何かやってみたら?」と提案してくれて。夜中の1時くらいだったのですが、僕もお酒を飲んで酔っ払っていたので、その場でDAWソフトを買って、朝までにお互い1曲作って披露しようという話になりまして(笑)。見様見真似でやってみて、そのときに出来たのがYouTubeの1本目に上がっている曲。その友人から「お前、才能あるぞ」と言ってもらえたのがきっかけかもしれません。
――「neoki」ですね。1発目でこれはすごすぎませんか!?
idom:ありがとうございます(笑)。友達が褒めてくれたので、面白いと思ってTwitterに載せてみたらブワーッて広がっていったんです。自分としては友達や知り合いに音楽好きが多かったので、話のネタになったらいいなくらいで始めたのですが、ネット上の知らない方々がコメントをたくさんくださったのが面白くて。これまでもいろいろモノを作っていましたが、音楽ってこんなに人と繋がっていける力があるんやなって思ったんですよね。それが音楽のスタートでした。
idom - neoki
――歌声も英語の発音も素晴らしいですが、ボイトレなどは受けていたのですか?
idom:歌も曲の作り方も語学も、何も学んでないんです(笑)。DAWの使い方はネットで調べたりはしましたが、それくらい。一応英語も話せますが、全然ネイティブではありません。高校生まで住んでいた神戸市はわりと外国人が多い環境で、通っていた学校のすぐ側にインターナショナル・スクールがあったんですね。そこに「バスケットコート貸して」って遊びに行ったりしていたら、外国人の友だちが増えていって。
――やってること番長じゃないですか(笑)。
idom:あはは(笑)。でも、それで英語を使う機会が増えていった感じですね。なので、歌声なんかを周りが評価してくれることに対して「自分の声って意外といいんだ」という驚きがあります。
――学んでいないのにこのクオリティは“才能”以外の言葉が見当たりません……。音楽に対する姿勢と様々なクリエイティブ活動で共通している部分もありそうです。
idom:“作り込む”という点では同じかもしれません。特に音楽は修正が効かないというのが自分の中で大きなところで。だからこそ、限界値を常に出し続けなければダメだと、あるとき気づきました。それは「商品になったら失敗は許されない、設計でミスがあれば事故につながるかもしれない」と大学で勉強をしたベースがあるからこそ。きちんと突き詰めてから発表しなきゃいけないという気持ちは常に持っています。
今は深めていく段階
――音楽制作を始めて約1年というスピードでタイアップ・ソングに抜擢されましたが、それも思い描いていたUXデザインの一貫なのでしょうか?
idom:あの頃の楽曲は、あまり反応を意識しすぎないで作っていました。大きなアクションが起こることはないとある程度予想はしていて、それよりもidomというアーティスト・ブランドを確立できるかという部分に重きを置いていましたね。「idomってヤツは意外とちゃんと曲を作りこめるんや」、「音楽をちゃんとわかってるヤツなんや」という側面が見せられたらいいのかな、と。その点で言えばいい結果が得られたんじゃないでしょうか。
――そういった考え方ができるのも含め、本当に多才ですね。一方で、若い世代を中心にidomさんと同じように幅広くクリエイティブを手掛けているアーティストさんも増えてきています。そのなかで、ご自身の強みはどこにあると考えていらっしゃいますか?
idom:アーティストとして活動していく以上、ボーカル力と楽曲の良さは絶対に担保していかなきゃと思っていますが、僕の持っている強みで言えば、やはりUXデザインの考え方でしょうか。楽曲に関して言うならば、一つのスタイルに固執しすぎていないところが強みかな。今回のEP含め、毎回曲を出すたびに驚きとエンターテインメントがある作品を作りたいとずっと考えています。そのためにどういうタイミングでどんな曲を出せばいいのかを計算するUXデザインの考え方ができるのは、得意なところかもしれません。
――SNSにカバー曲をアップされていますが、それも狙いのひとつだったりするのでしょうか。
idom:そうですね。どういう歌声で歌える人なのかを判断できる材料になったらいいなという思いでアップしています。なので、本家と比較もしやすい、聴き馴染みがある曲をカバーしています。個人としてはR&Bのコアな楽曲をカバーできたら楽しいなと思いますが、日本語の曲のほうがちゃんと聴いていただけると考えて、あの選曲になっています。
宇多田ヒカル - あなた (Cover)
――そんなidomさんがどんな人やモノに影響を受けてきたのかも気になります。
idom:アーティストさんは本当にいろんな方を聴いていますが、一番を挙げるとしたらフランク・オーシャンですかね。15~6歳の頃にフランク・オーシャンのアルバム『Channel Orange』を初めて聴いたとき、儚さと美しさがあって衝撃を受けました。その後に『Blonde』というアルバムが出て、相当聴き込んでいました。彼の楽曲はHIP HOPとR&Bが混ざったような感じですが、声色の変化がすごく美しいんですよね。歌詞も等身大でありつつちょっとファンタジーにも見えて、そういった部分は大いに影響を受けています。ただ、サブスクで音楽を聴くようになってからは、同世代の海外アーティストをよくチェックしています。アーティスト以外で言うと、建築や空間芸術が好きなので、椅子の展示会や美術館にもよく足を運びます。僕が好きなアーティストって、モノづくりに対するメソッドを持っている人が多くて、考え方や作品に対する熱意、設計などのアプローチ方法を紐解いて曲作りに活かしています。
――そういったものから新しい楽曲が生まれていくのですね。この先やってみたいことはありますか?
idom:僕、ライブというものをまったくしていないんです。なので、お客さんが一体になってバウンスできるかという部分にフォーカスできていないんですよ。なので、ライブ・パフォーマンスを視野に入れた曲を増やしていけたらなと思っています。一方でシンプルに曲の精度も上げていきたい。スキルも知見もまだまだ浅いので、今は深めていく段階だと思っています。
――今後の活躍も楽しみです! 最後に『GLOW』を手に取る方にメッセージをお願いします。
idom:『GLOW』はidomというアーティストのスタート・ライン。見守っていくような感覚で、この曲も一緒に可愛がってもらえたら嬉しいです。よろしくお願いします!
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