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<インタビュー>日食なつこが考える音楽の本質とは 過去の自分を“溶かした”最新アルバム『アンチ・フリーズ』を語る
シンガー・ソングライターの日食なつこが、ニュー・アルバム『アンチ・フリーズ』をリリースした。前作『永久凍土』から約2年半ぶりとなる本作には、n-buna(ヨルシカ)のアレンジによるリード曲「真夏のダイナソー」のほか、配信シングル「perennial」「百万里」「音楽のすゝめ」、さらに香港のアーティスト、Blood Wine or Honeyとのコラボによる「99鬼夜行」、台湾のアーティスト、Ruby Fataleとの共演による「泡沫の箱庭」などを収録。“ピアノの弾き語り”を軸にした既存のスタイルを大きく広げ、彼女の奔放な音楽センスを存分に味わえる作品となった。
コロナ禍以降、「自分にとって音楽とは?」というテーマに向き合ったという日食なつこ。限りない自由を体現した本作『アンチ・フリーズ』について、たっぷりと語ってもらった。
重りを捨てたかった
――2年半ぶりとなるアルバム『アンチ・フリーズ』がリリースされました。コロナ禍での制作となったわけですが、手応えはいかがですか?
状況的にイレギュラーな作り方が多くなりましたね。録れる曲を録れる形で進めて、結果的にこの13曲が集まって。とりあえず完成して安心しました。今回はほとんどリモートで制作していて、ほぼスタジオに入ってないんですよ。
――ピアノ、ベース、ドラムのトリオ編成の曲もリモート録音ですか?
そうです。トリオで録ったのは「ダンツァーレ」「ワールドマーチ」などですけど、ピアノだけスタジオで録って、ドラムとベースはそれぞれの自宅で録音してもらいました。komaki(Dr)さんとは以前から一緒にやってるんですけど、仲俣和宏(Ba)さんとは今回が初めてで。何曲も演奏してもらったのに直接お会いしたことがないんです(笑)。リモートでどこまでやれるか試すような気持ちもあったんですけど、やってみたら全然違和感もなくて。「ちょっと悲しいけど、できるね」という話もしましたね。
日食なつこ -「なだれ」Studio Footage
――新しい発見もあった、と。コロナ禍でも落ち込むことなく音楽に向かい合えていた?
正直、活動に関しては今までとそんなに変わらなかった印象がありますね。私はもともと一人で完結できる音楽を目指していて。例えばライブハウスが停電になっても、ピアノと歌があればライブはできる。それを最低限のステータスとして持っていたいんですよね。人に会えなくなったことも、むしろ頭を冷やして、フラットに自分の音楽を観ることに繋がって。それはいい機会だったと思います。ライブもそう。年に3~4本ツアーをやっていたんですけど、全て止まったことで客観的に捉えることができた。そういう時間がほしいなと思っていたんですよね、じつは。
――一度立ち止まって、見つめ直すことができたと。その効果はありました?
はい。すごく柔軟になったと思います。前のアルバム『永久凍土』の頃は色んなものを背負いまくっていたんですよ。『永久凍土』というタイトルも東北出身であること、“雪国マインド”を忘れないという意思表示だったんです。東京に出てきて5~6年くらい経って、だんだん地元とは関りが少なくなっていたんですけど、「マインドは地元にあります」ということを示したくて。要は「どう思われてるんだろう?」と気にし過ぎて、八方美人になっていたんじゃないかなって。「あなたのことは忘れていないですよ」「あなたも大事にしてますよ」と色んな人に言いたかった時期というか……。そういう重りを捨てたかったんですよね。
――余分な荷物を置いて、まずは楽しく快適に音楽をやる環境を作ろうと?
そうですね、意外と自分自身のことを考えてなかったので。あと、この1年半のなかで音楽の市民権がすごく小さくなってしまって。言い方は悪いですけど「人のためにやろうとしたところで、この状況じゃないか」と思ってしまったんですよ。もともとは自分が楽しみたいから音楽をやり始めたんだし、「そんなにサービスしなくてもよくない?」って。
――そういう気持ちの変化は、『アンチ・フリーズ』というタイトルにも……
直結してますね。とにかく『永久凍土』のイメージを更新したかったんですよ。「色んなものを背負って、ビシッと正装したまま、何十年もやっていくのか?」と考えたら、ちょっとウンザリしちゃって(笑)。それは音楽の本質ではないし、さっきも言ったように楽しいのが大前提だなと。「『永久凍土』を自分で溶かしますよ」というのが『アンチ・フリーズ』ですね。
いつかご一緒したいと思っていた
――新しい試みやアプローチが施されているのもこのアルバムの魅力だと思います。まずリード曲「真夏のダイナソー」は、ヨルシカのn-bunaさんがアレンジを担当。以前から交流があったんですか?
まったくなかったです。ただただ個人的に「すごい人だな」と思っていたというか。ヨルシカもそうだし、n-bunaさんがご自身の名義で発表しているボーカロイドの楽曲もそうなんですけど、風景を音にするのがすごく上手い方だなと。いつかご一緒したいと思っていたし、ここ数年、それを自分のなかで一つの目標にしていたんですよ。「真夏のダイナソー」を書いたのは4年くらい前なんですけど、「アレンジをお願いするなら絶対にn-bunaさんだ」と思って。私の活動の幅も広がってきて、今だったらお願いできるかなと。すぐに快諾していただけて嬉しかったです。
――そうなんですね! どうして「真夏のダイナソー」だったんですか?
「真夏のダイナソー」は、日食なつこにはあまりないタイプの曲で。真夏の空に入道雲が湧いて、それをダイナソーに見立ててキャッキャしてるだけの曲なんですよ。普段だったらメッセージを乗せるところなんですけど、この曲は風景がメインディッシュで「夏最高! 楽しい! 以上!」っていう(笑)。風景を音にするのが上手いn-bunaさんだったら絶対にいい形にしてくれるだろうなと思ってオファーさせてもらいました。お願いしたときも「夏の曲にしたいです」ぐらいにしかお伝えしていなかったんですけど、アレンジの第一稿が届いたときに「やっぱりわかってもらえた!」と思って。素晴らしかったですね。
日食なつこ -「真夏のダイナソー」MV
――「HIKKOSHI」はタイトル通り“引っ越し”をテーマにした曲。アレンジは関取花さん、吉澤嘉代子さんなどのサポートも務めているベーシストのガリバー鈴木さんです。
ガリバー鈴木さんは、7年くらい前に一度だけフェスのステージをサポートしていただいたことがあって。その後は接点がなかったんですけど、SNSの発信がおもしろくて、猫と酒と機材のことばかりなんですけど、ずっと気になっていたんです。「HIKKOSHI」もイレギュラーな曲で、実際に引っ越ししたときの風景をそのまま歌にしていて。引っ越しのワクワク感しかないフェスティバルっぽい曲だし、こういう曲をガリバーさんにお願いしたら上手く調理してくれそうだなと。
――なるほど。歌詞のなかに<退屈などない刺激的な文化圏/そこを離れた僕を知りたくて>とありますが、実際に都心を離れたんですか?
そうですね(笑)。24時間、好きなときに音を出せるのがとにかくよくて。都心に住んでいたときはスタジオを借りていたんですけど、お金もかかるし、移動もけっこうストレスだったんですよ。まあ一長一短ですけどね。文化圏ではないので、気をつけないと仙人みたいになりそうで(笑)。
――(笑)。「四十路(cluster ver.)」にはゴスペル・クワイアが参加。これは密になって歌っているイメージですか?
まさにそうですね。「四十路」は、2020年の初めのツアーで最後にやっていた曲なんです。コーラスのパートをお客さんに歌ってもらったんですけど、みんなをステージに上がらせてフィナーレを迎えるという、かなり破天荒なことをやっていて。それが好評だったのと、ライブに来てくれたお客さんはあの光景を思い出しながら聴くだろうなと思ったときに、アルバムver.ではライブの演出を再現してみたいなと。あの状況ってまさに“群れ”だと思うんですよね。
――<俺たちに安定などない><俺たちに道はない>というフレーズは今の社会の状況にもピッタリですが、コロナ禍の前に作った曲なんですね。
はい、コロナは関係ないです(笑)。この曲を書いたのは、同じく女性のシンガー・ソングライターの友達とそれぞれのチームについて情報交換したのがきっかけなんですよ。プロデューサーの年齢は40代くらいなんですけど、色々と話した結果、「私たちみたいな人の言うことを聞くって大変だよね。ありがたいね」ということになって(笑)。40代って責任は持たされるし、導いてくれる先輩や上司がどんどんいなくなって、先が見えないなかで進まないといけない世代だなと。そのことを想像して書いたのが「四十路」ですね。
――そして「峰」では、日食さん自身がサンプリングを担当しています。
喫茶店の曲なので、お湯を注ぐ音だったり、えんぴつやタイピングの音だったり、お店で聞こえてくる音をサンプリングして、リズムっぽくハメ込みました。拙いサンプリングですけどおもしろかったですね。この曲、東陽町(東京)にあった“峰”という喫茶店のことを歌ってるんですよ。近くにテレビ局があって、収録前に気持ちを作るために使わせてもらっていたんですけど、コロナ禍でなくなってしまって。
――「あのデパート」(岩手県花巻市のデパート“マルカン百貨店”の思い出を描いた楽曲)もそうですけど、大切な場所を歌にして残すって素敵ですよね。
そうですね。アーティストの強みだと思います。
形を決めないで進んでいきたい
――「99鬼夜行」は香港のBlood Wine or Honey がアレンジと演奏を担当していますが、どういう繋がりなんですか?
実は繋がりはまったくなくて、プロデューサーに紹介してもらったんです。リモートでのレコーディングだったらどこの国の人でもいいよねという話になって。もともとプロデューサーの方はアジア圏のアーティストに詳しくて、「この機会にアジアに踏み出してみるのもいいんじゃない?」というマーケット的な発想もあってお願いすることにしました。Blood Wine or Honey のみなさんの楽曲は熱帯夜っぽさとサイケデリックなところがあって、「99鬼夜行」に合うんじゃないかなと。
――アジア的なサイケデリアが渦巻いてますよね。楽曲自体、熱帯夜をイメージしていたんですか?
まさに熱帯夜のなかで書いたんですよ。当時は都心の独房みたいなアパートに住んでいて(笑)、まったく曲が書けなくて。その状況をそのまま曲にしたのが「99鬼夜行」なんです。<夢よさよならどこへでもゆけ/四半世紀後にまた会いましょう>というサビの歌詞もそのときの気持ちですね。25年くらい曲が書けなくてもいいや、みたいな感じだったので(笑)。
――曲が書ける時期と書けない時期がある?
そうなんですよ。だいたい半年くらいで上がったり下がったりするので。そのサイクルは理解しているし、「99鬼夜行」を書いたときも「今はダメな時期」とわかっていたんですけど、すべてを理屈で割り切れるわけではなく、どうしようもない気持ちになって。実は今もちょっとペースが落ちてるんですけどね。低いところで波乗りしているというか(笑)。
――「泡沫の箱庭」は台湾のアーティスト、Ruby Fataleとのコラボ。浮遊感と生々しさが共存するサウンドが素晴らしいなと。
いいですよね。この曲、ファンのあいだでもすごく評判がよくて、「すごい曲がきた」と喜んでくれてます。Rubyさんもプロデューサーさんの紹介ですね。彼女の楽曲を聴いて「泡沫の箱庭」をぜひお願いしたいなと。この曲は実際に見た夢をそのまま曲にしたんです。歌詞に出てくる場所も色彩も夢のなかで見たものなので。歌に登場する“貴方”は実在する人なんですけどね。昔、ちょっと気になっていた子なんですけど、深層心理のなかに残っていたのかも(笑)。
日食なつこ -「泡沫の箱庭」Lyric Video
――Rubyさんはこの楽曲から女性的なものを感じて、それを音にしたそうですね。
嬉しいです。日本語を英訳してお渡ししたんですけど、おそらくある程度は日本語も理解されているんじゃないかなって。日本語の独特の柔らかさみたいなものをちゃんと音にしてくださっているし、“泡沫”を感じ取ってくれたのかなと。
――アルバムの最後は、武部聡志さんがアレンジを手掛けた「音楽のすゝめ」。<また馬鹿な僕らで会おうぜ>というフレーズにグッときました。
コロナ禍になって歌詞を書き直したんですよ。もともと曲を書いたきっかけは、2019年の【ROCK IN JAPAN FESTIVAL】なんです。私が出演した日のトリが10-FEETだったんですけど、何万もの人を片腕でかっさらっていくようなバケモノみたいなライブで、「これこそフェスの楽しさだな」と思って。日食なつこのお客さんはあまりフェスに行かない人が多いと思うんですけど、「みんなもフェスに行こうよ」と訴えるようなつもりで書いたのが「音楽のすゝめ」の原型で。その後、フェスもライブもできなくなってしまったので、「もっとわかりやすく整理してみよう」と思って、9か条の数え歌みたいな歌詞にしたんです。
――<一つ、知識や偏見をまず置いてくること/二つ、好きか嫌いかはあとで考えること>から始まって、九つ目が<即ち音楽これ人の心/絶やしちゃいけない人の命 そのものなんだよ>。早くライブで聴きたいです。
サビはみんなで一緒に歌えそうですよね。早くそういう状況になればいいんですけど。
日食なつこ -「音楽のすゝめ」MV
――アルバム『アンチ・フリーズ』を作り上げたことで、この後の展望も見えてきたのでは?
今までとは違う姿でやっていけそうだなという確信は持てるようになりました。このアルバムを踏襲するのか、また違ったことをやるのかは決めてないですけど、もっと自由にやってもよさそうという感じがあるし、「30歳になったし、もっとワガママでもいいかも」って(笑)。
――(笑)。ワガママというか、アーティストがやりたいことをやるのは健全なことなので。
そうなんですけど、もともとの性格として、人の顔色を窺っちゃうところがあるんですよ。物事が滞りなく進行することを優先しちゃうところもあったし……。「音楽はそうじゃない」と気づいたのはけっこう最近です。
――アルバムを聴いた人に「自分ももっと自由でいいかも」と感じてほしいという気持ちも?
ありますね。「もっと自分本位になってもいいんじゃないですか?」と伝えたいというのかな。この1年半、私自身も色々と形を変え続けて。その姿を見てもらって「俺もやってみよう」とか「逃げよう」とか、何かを変えるスイッチのひとつになったらいいなと。
――逃げるのも大事ですよね。
大事です! 私も逃げ続けてますからね、いい意味で。捕まりそうになったり、囲まれそうになったらスッと避けて(笑)。何かが固まってしまうのがすごく苦手だし、できるだけ形を決めないで進んでいきたいので。
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