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<対談インタビュー>反田恭平×佐渡裕、クラシック界を牽引する師弟が語る“デジタルの可能性”
音質や“アコースティックさが命”といわれてきたクラシック音楽業界にも、昨年来のコロナ禍においてデジタルメディアの需要が急激に加速している。今後のさらなるデジタル技術の進化とクラシック音楽が描き出す新たな世界観や未来像について、世界的な指揮者の佐渡裕と、いま世界から最も熱い視線を浴びているピアニストの反田恭平に語ってもらった。長期ツアーやレコーディングを何度も共に経験し、プライベートでも親交の深い二人のユニークな対談をお届けする。
ーーお二人は業界でもメカ好き、デバイス好きで知られていますが、デジタル技術とクラシック音楽の親和性について、どのように考えていますか?
佐渡裕:僕はオーディオマニアだからどうしても古いものに話がいってしまうんだけれど、1980年代までに作られた、大量生産ではない音源の質の良さや丁寧さというのは本当にすばらしいんだよね。究極を言えば、蓄音機で聴く音が最高で、1930年代の名演奏家が目の前で演奏してくれているように思える。反田くんも、僕の蓄音機で一緒に体験したよね。
反田恭平:あの音は本当に衝撃的でしたね。バチバチいうノイズも、僕たちの世代の言葉で言うと「一周まわっておしゃれ」な感じに聞こえるんですよ。実を言うと、僕も音質にはそこまで拘っていないほうで、もちろんイイに越したことはないですが、むしろ昔の味のある音が好きですね。自分自身でもレーベル(NOVA Record)を持っている立場なので、今後はLPも作ってみたいな、と思ったりもしています。
佐渡:僕が子供の頃は、来日する演奏家も今とは比較にならないくらい少なかったから、期待感を膨らませてレコード屋に行って、聴いたこともない海外の演奏家の音楽に遭遇する喜びもあった。ジャケットの写真で選んでみたりね。
反田:僕はぎりぎりCD世代なんです。僕がお小遣いで買った最初のCDは、札幌の商店街で安売りしていたベートーヴェンのピアノ・コンチェルトのCDなんですが、ジャケットがカッコよかったから買ったのを今でも覚えています。僕の初めての“ジャケ買い”は、団子三兄弟とベートーヴェンでした(笑)。
佐渡:僕は音楽を鑑賞するということに関して、大きく分けて二つあると思っていて、圧倒的にすばらしさを体感できるのは、やはり生演奏だと思うな。会場の空間でオケなり、ピアノなり、目の前の空気が振動することに感動するというね。一方で、録音された音楽に触れるというのは、それがレコードであれ、デジタルであれ、その音源を通して過去と再会するというような感じだよね。その場、その時代に自分は存在しなかったけれど、録音というものを通して音や臨場感に触れることができる。とにかく再会すること自体に意義があるから、その手段がデジタルであっても、アナログであってもいい。それはそれで醍醐味があるわけです。そもそも生演奏の醍醐味には到底かなわないしね。
反田:僕自身も、クラシック音楽でのデジタル的な進化というのは、会場に来られない方々がストリーミングサービスだったりを通して見たり聴いたりと、そこに居られなかったことへのキャッチアップのための一つの手段なのかなと感じています。
デジタル技術があることで、僕たち音楽家が勉強や仕事をしやすくなったのも事実ですし、ありがたいなと思います。ただ、一方では、盤が売れなくなってしまったのも事実ですよね。新しいことをやるというのは、何か古いものを壊すということと背中合わせなので、これは仕方ないのかなと。そういう意味では、時代が変化している“ど真ん中”に生きているんだな、というエキサイティングな思いはありますね。
佐渡:現代の様々なデジタル技術では、いつどこでも身近に音源が拾えるし、一つの楽章だけでも取り出して、自由自在に音に触れることができる。それは大変すばらしいことで、少しでも幅広く、気軽に、そして、より多くの方々にクラシック音楽というものを知ってもらって、ゆくゆくは生の演奏会に誘ってくれる役割も果たしてくれると思うんだ。いまは音楽を聴くのに正面から対峙してじっとしながら聴く、なんて時代ではなくなってきているわけだから、これは悪いことではないよね。
最近すごく性能のいいプロジェクターを買ったんだけれど、茶筒くらいのコンパクトなものでも優秀なんだよね。例えば、そのプロジェクターで反田くんの映像をずっと流していればいいし、そうすると誰かと会話しながら、何かをしながらでもBGMのようにその映像と音楽が流れているわけじゃない。今後もそういうスタイルが主流となっていくと思うし、裏を返せば、演奏会場に来て、音楽に真正面から対峙していくことの価値も、ものすごく上がっていくと思うんだよね。そういうことを考えると、いまはコロナ禍で配信の需要が加速度的に上がっているけれど、生の演奏会の価値も同時に再評価されるんじゃないかと思ってる。
ーーデジタルの導入は、演奏という点においても影響を与えたのでしょうか。
佐渡:もちろんデジタル技術のおかげで、各段に録音が編集しやすくなりました。例えばオーケストラの演奏でも、先に飛び出してしまったフルートだけを消したりできるんです。ようするに、美しいフランケンシュタイン(切り貼り)は簡単なんです。
でも、音楽の醍醐味は、なんといっても一発性なんですね。例えばアナログ時代の録音では、一楽章の15分間は絶対に止めないで演奏していたわけです。だから、“一回勝負”という、演奏家が常に抱えていたプレッシャーがむしろ名演を生んでいたし、それが価値でもあった。ところがデジタルになって、ある一拍の音のために簡単に繋ぎ合わせるようになって、「ミスしても大丈夫、テイク2ね」とかしょっちゅうやっているわけですよ。傷の少ない、完璧な演奏は増えたけれど、どうしても“まあまあ”の録音になってしまったかな、というのはあると思います。これはとても大きなことだと感じています。
ーーストリーミングサービスや動画プラットフォームでも配信されている佐渡さんと反田さん、そして、トーンキュンストラー管弦楽団によるプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番は、昨年秋、ウィーンでの数日間の録音セッション中に悲惨なテロ事件が起きたりと、演奏する側にもかなりの心理的な衝撃があったとのことで、それが録音にもかなりエモーショナルに反映されたと伺っています。
反田:一日目はもともとリハーサルだったんですが、一楽章も録っちゃえ、という感じで録音したんです。ところが、その夜にテロが発生しまして。なので、発生翌日に録音された二楽章以降は、かなり空気感が違う感じがしています。あの日の夜から翌日にかけては、街自体が機能していませんでしたし、佐渡さんも僕も、ほとんど寝ていない状態でセッションに臨みました。
佐渡:そうだね。それでも翌朝、定時にオケのメンバーも全員スタジオに集まってくれたので、「みんな生きててよかった。とりあえず集まれたから、予定通り、二楽章を録音しよう」みたいな感じで始めたんです。
反田:僕自身は一楽章のときの爆発的に燃え上がる感じとは違って、二楽章以降は内に秘めたような燃え方になったように感じています。
佐渡:本当にあの録音は特別な雰囲気に包まれていたね。音に救われたような感じだった。「もうワンテイク戻しましょうか?」みたいに、通常の録音のような感じでつぎはぎした箇所もあったけれど、僕は特別な1枚になったと感じています。
反田:いや、本当にそうですね。「ゾーンに入る」みたいな求心力が演奏者全員、そして、ホール全体にみなぎっていて、僕自身もレコーディングではいつも集中力との闘いなのですが、あの日はどんなに時間をかけても(集中力が)全く切れませんでしたし、音楽が鳴っているときは佐渡さんとの対話も常にあって、本当にいい録音でした。記念になる1枚だなと、その後に改めて音源を聴きながら実感しました。
佐渡:まさに過去のものに録音を通して再会する感じだね。
ーー反田さんは、ご自身の活動のPRにおいて、SNSや配信サービスなどを最大限に駆使していますが、その影響力について、どのように捉えていますか?
反田:僕自身、携帯大好き人間で、例えば電車の乗り換えのときでも、暇さえあればSNSを開いちゃうタイプなんです。僕らの世代はむしろ、それが普通で、リアルタイムで膨大な情報をみんなで共有することに慣れてしまっているので、今後起こりうることへのトレンド予測やアイディアも何となく感知しやすいというのもありますね。
最近、僕が主催しているオーケストラでやっているオンラインサロン(『Solistiade~ソリスティアーデ』)も、「音楽は一人で演奏するものではなくて、アンサンブル(合奏)であったり、みんなで大きな輪を描くように、コミュニティなどを通して広がりをもたせる」というのが、これからの新しい時代に求められる音楽のあり方ではないかと、みんなで予測して始めたものです。
佐渡:僕が現在関わっている兵庫県の芸術文化センター(通称、「芸文」)でも数年前から、もっとSNSで積極的に発信していかなきゃいけないよねって言っているんですが、公立の劇場で新たな部署を立ち上げるのは本当に大変なんです。そうなると、「あいつがそういうの得意だから頼むか…」みたいな感じなんですよね。
ところが、海外のオーケストラは事情が全然違うんですよ。ヨーロッパにいても、ただ演奏会の告知だけではなくて、うちにはこういう名物プレイヤーがいて、プライベートではこういうことをしているんだよ、ということをSNSを活用して積極的に発信しているんです。それが、定期演奏会のプログラムの内容にさりげなくリンクしていたりと、本当に活用の仕方が優れているんですね。それを考えると、日本のクラシック音楽業界は遅れていると思いますね。
反田:アーティストも自分でチャンネルを持つ時代になっているので、我々の世代にしてみれば、アピールできない人は残っていけないんじゃないかという場面も、これからドンドン出てくると思っています。なので言ってしまえば、活動しにくい時代なのかもしれないけれど、いまあるものを活用できるのであれば最大限に活用して、という感じですよね。
広告もボタン一つで簡単に出せちゃう時代になりましたし、結果的に一つの投稿が何万ビューにも届くことがあるわけですから、そういうものは有効活用したほうがいいよね、となるわけです。
佐渡:反田くんはピアノを弾くだけでも大変で、すごく練習もするのに、そういうことまで考えていて感心するね。企画にしても、ビジョンにしても、行動力にしても、もちろん能力もそうだけれど、これだけパッションを持って色々なことに取り組める人は、僕が20代の頃にはいなかったな。僕も当時は全機種を網羅するほどのゲーマーでしたから、デバイス好きなところは似てるといえば似てるのかなとも思うけどね(笑)。
ーーお二人は10年後、20年後のクラシック音楽界において、デジタルメディアが具体的にどのような進化を遂げると想像していますか?
反田:いまは盤の存在は関係なく、基本的に配信に特化するかたちが主流なんです。なので、アーティスト自身が顔を出さなくても、いわゆる“バズる”というきっかけでミリオン再生も可能ですし、億単位の再生も可能な時代に入っていて、それに先駆けているのが、僕の作品も配信してくれているオーチャードさんみたいなDSP(デジタルサービスプロバイダー)の存在です。
なので、先ほどジャケ買いの話も出ましたけれど、今後はジャケすらない音楽がどんどん増えていくんだろうなと思うんです。最初は四角かったものが、目に見えないものになってくる。でも、コンテンツ自体のクオリティはきっと変わらないと思うし、むしろ上がっていくのかな、と考えるとあらゆる可能性が感じられて、とても楽しみですね。
佐渡:CDで録音しても、音源を横幅3メートル近いオーディオで再生するのと、カーステで再生するのと、さらにスマホで再生するのでは全く音が違うんですよね。だから、スマホで聴く人が圧倒的に主流になるということであれば、携帯で聴いてもオリジナルの音源が美しく聞こえるようにする、実際の音源に近づけていく、というのはこれからの大きな課題だと思うんです。
さらに、動画はもっと発展していくと思いますし、指揮者目線やオーケストラの後ろ側から見たアングルの設定も可能にしたり、音も二階席から聴く音質、一階席の真ん中から聴く音質、それぞれで楽しめるとか、そういうバラエティに富んだ試みがあってもいいと思いますね。
ーー今後、お二人のコンビでチャレンジしてみたいことは?
佐渡:僕ね、100万回でも反田くんとラフマニノフをやっていたい。ベートーヴェンもプロコフィエフもショパンもいいけれど、やはりラフマニノフの(ピアノ・コンチェルト)3番だね。いくらカレーライスを食べていても飽きないみたいにね(笑)。まるで中学生の頃に初めてハードロックにハマったときみたいな感覚で、快感が薄れないんだよね。
反田:僕は、佐渡さんに指揮を見ていただけたらというのがありますね。僕自身、鍵盤の世界だけに留まっていたくないという思いがありまして、僕が実際に振っているときのサウンドを聴いていただいて、佐渡さんの講評とかコメントをもらえたら僕自身、前に進めるんじゃないかと思っています。もしよかったら佐渡さんには、僕たちのオーケストラ(「ジャパンナショナルオーケストラ」、通称「JNO」)でフルートとか、リコーダーでもいいんですが(笑)、一緒に参加していただけたら嬉しいですね。
佐渡:いやね、この前のツアー(今年2~3月)でも、「JNO」の特別編成オーケストラを反田くんが作ってくれたんだけれど、あそこまですごいオケになるとは思ってなかった。本当に奇跡のオーケストラだね。彼らとは、この前はハイドンしか演奏しなかったから、さらに大きな曲をがっつりやってみたいね。
反田:マーラーの交響曲なんかやりたいですね。
佐渡:あ、それもいいね。僕としてはショスタコーヴィッチのピアノ・コンチェルトとか、あまり演奏されない曲もできたら嬉しいね。とにかく、あのツアーは将来的にもホントに大きな一歩になるね。
反田:僕自身、個人的には佐渡さんとのツアーは3回目でしたけれど、毎回ドラマがあって、本当に忘れられない公演ばかりなんですよね。いつも記憶に残るランキングの上位にあって、思い出の中からスッと出てくるんですよね。それと佐渡さんとのツアーは、演奏以外のこともめっちゃ楽しいんですよね。
佐渡:一緒に飯食いに行ったりね。僕は反田くんをゴルフ仲間に引き込みたくて、彼の誕生日にクラブを1本プレゼントしたんですよ。彼も僕に気を遣って、“佐渡カップ”のためにゴルフクラブの練習メンバーになって、レッスンも受けてきてくれたんですよ。
反田:もちろんビリでしたよ。なにせ握って数日後でしたから(笑)。佐渡さんは、僕にとって人生の師匠的なところがあって、本当に色々なことを学ばせていただいてます。
佐渡:反田くんがウィーンに引っ越してきたら(現在、日本とポーランドに居住)、いつでも僕が作ったカレーで歓迎するからね。
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