現実とは違う別の世界へ誘う「夜は仄か」

　Eveが新曲「夜は仄か」をリリースした。

　TVアニメ『呪術廻戦』第1クールオープニングテーマ「廻廻奇譚」がストリーミング累計1.2億回再生を突破し大ブレイクを果たしているEve。新曲は、そのアーティストとしての魅力を改めてど真ん中から伝えるような一曲だ。

　振り返ってみれば、ここ最近のEveはいわゆるタイアップやコラボレーションによる楽曲のリリースが続いていた。新たな代表曲となった「廻廻奇譚」だけででなく、アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』に書き下ろされた「蒼のワルツ」や、Eve × suis from ヨルシカ名義でリリースされたロッテ ガーナチョコレート『Gift』テーマソング「平行線」など、アニメ主題歌やCMソングの形で楽曲が広まっていくことも目立っていた。

　そう考えると、「夜は仄か」は、いわゆるノンタイアップのシングル曲としては久々となる一曲。そういうこともあってか、疾走感あふれる曲調で「Eveらしさ」をストレートに伝えるナンバーになっている。

　楽曲はグルーヴィーなシンセベースと四つ打ちのリズムから始まる。そして《今日も生きてしまったな これで何年　息を吐くように吐いた嘘は何千》という低い声で歌うヴォーカルが、グッと耳を掴む。リリースと共に公開されたアニメーションのミュージックビデオも、とても印象的だ。制作はタイに拠点を置く映像クリエイターの「Zem」。初めて海外のクリエイターとタッグを組んだ意欲作だ。MVの舞台は怪しげなコインランドリー。主人公の足踏みや、まわる扇風機の羽根や、点滅するランプや、いろんな光景がリズムと同期する。まるで目に映るもの全てが踊っているかのような展開を経て、徐々に異形の跋扈する饗宴に誘われていく。

　こういう、いつの間にか現実から非現実へと移り変わっていくかのような感覚こそ、Eveが初期からずっと追求してきた魅力の一つだ。Eveの多くのミュージックビデオでは、ときにダークで禍々しく、ときに可愛らしく、現実世界には存在しない“人外”のキャラクターが躍動する。Eveの優しく、少し冷ややかな歌声の響きが、独特の心地よい没入感をもたらす。

　楽曲の展開も、まるで聴き手を「どこかに連れていく」かのようなストーリーを感じさせてくれる。ミニマルなビートを主体にしたAメロで歌われるのは《紫煙を燻らせる染みついた部屋で一人》や《この手をすり抜ける 陽だまりの中で独り》といった孤独な心情。そこから広がりのあるサウンドのBメロを経て、サビでは高らかなハイトーンで《夜空を見上げたなら 今踊って》と歌う。そして《今日も生きてしまったな　これで何年　ただなんだか気分はいいみたいだ》というラストの一行にたどり着く。曲名にも「夜」という言葉があるが、この曲に描かれる夜は、想像力の翼をはためかせ、人々の心を解放するような時間帯だ。

　きっと、Eveがこの曲を作った背景には、新型コロナウイルス感染拡大で変わってしまった社会状況への思いもあるだろう。初のアリーナワンマンライブとして2020年5月に開催予定されていた【Eve Live Smile】は、延期のすえ、今年3月に予定されていた振替公演も中止となった。3月26日には「廻廻奇譚」のライヴ・パフォーマンスを完全撮り下ろしで撮影した「廻廻奇譚- Eve Live Film」も公開されたが、ステージに立って目の前のお客さんと熱量を共有する機会は長らく失われてしまった。

　社会全体に閉塞感が広まり、長く続く自粛ムードの中でゆっくりと倦怠感が染み渡っている2021年。そんな今だからこそ、Eveが描く「異世界への誘い」の音楽は、とても強い魅力を放っている。