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<コラム>秋山黄色『FIZZY POP SYNDROME』個性豊かな楽曲群から、こだわり抜かれたクリエイティビティを紐解く
秋山黄色が3月3日に2ndアルバム『FIZZY POP SYNDROME』をリリースする。2020年3月に放たれた前作『From DROPOUT』から1年ぶりとなる本作は、TVアニメ『約束のネバーランド』Season 2のオープニング・テーマ「アイデンティティ」、TVドラマ『先生を消す方程式。』主題歌の「サーチライト」などを収録。計10曲入りに本作について、そこから見えてくる秋山の作家としての卓越性や挑戦的な姿勢を、音楽ライターの金子厚武が紐解く。
作家としての成熟、そこに生まれる“秋山黄色らしさ”
3月11日で25歳となる秋山黄色は、生きづらさを抱える若者のリアルを代弁する新たなカリスマとしての顔を持つ。「呆然、夜中の二時過ぎてやっと俺だ/ああ 何は無くとも誰もいない」「取り残されていた/一人の夜は楽しくて」と歌う「やさぐれカイドー」でミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせ、『From DROPOUT』=「ドロップアウトからの脱却」をメジャー・デビュー作で掲げた彼の音楽に、出口の見えない現状に差し込むわずかな光を見出し、希望を感じているリスナーは少なくないだろう。
秋山黄色『やさぐれカイドー』
未曾有のコロナ禍に見舞われ、社会が混迷の度合いを深める中にあって、新作『FIZZY POP SYNDROME』の歌詞はさらに切実さを増し、「サーチライト」の「もがけ 僕らの足」が象徴するように、より聴き手に訴えかける言葉が目立つ。しかし、彼の表現はフォーク・シンガーのように弾き語りに言葉を乗せるところから始まるわけではなく、あくまでDAWベースのトラック制作からスタートするのであり、緻密に構築されながらも遊び心を忘れないアレンジメントに、嘘偽りのない真摯なメッセージが組み合わさることによって、初めて成立するもの。そんな創作への姿勢とエモーションのバランスこそが魅力だと思う。
「サーチライト」や「アイデンティティ」といった既発曲は比較的ストレートなロック・ナンバーだったが、アルバムを聴けばジャンルに縛られない秋山の自由なクリエイティブが十分に伝わってくる。また、その曲調の幅広さがどこか散漫な印象にも繋がりかねなかった過去作に対して、新作ではどの曲も“秋山黄色”としての強い作家性を感じさせる。“第一章の完成形”と言っても差し支えないであろう、素晴らしい仕上がりだ。
秋山黄色『アイデンティティ』
オープニングを飾る「LIE on」は、様々なパターンのフレーズやキメを散りばめつつ、唐突に挿入されるツーバスをはじめ、随所にエディットを施したミクスチャー的なセンスが非常に秋山らしい1曲。アルバム全体を通じても、ロックなバンド・アレンジが軸になってはいるが、生感の強いピアノとストリングスを配したバラード「夢の礫」や、裏拍のギターとオルガンをフィーチャーしたレゲエ調の「ゴミステーションブルース」もあるし、本作では唯一生ドラムを使用せず、ビート・ミュージック色の強いカラフルな仕上がりの「ホットバニラ・ホットケーキ」が入っていても、決して突飛な印象は受けない。
「Bottoms call」や「宮の橋アンダーセッション」はまるで3ピース・バンドのようで、アレンジもかなりソリッド。ともにグリッド・ミュージック的なニュアンスはあるが、シンプルなベースのループの上で秋山がテクニカルなギター・フレーズを奏でる「Bottoms call」に対し、「宮の橋アンダーセッション」はタイトル通りセッション感が強く、この曲も一人で作ったデモがベースになっているとすれば、やはり相当に作り込まれている。
追求されたアレンジと、ネット世代ならではの同時代性
また、秋山の作り手としてのフェティシズムを強く感じさせるのが、“声”の扱いだ。デジタル・クワイアのような「サーチライト」の冒頭や「夢の礫」の静謐な序盤、ボコーダー使いが効果的な「ホットバニラ・ホットケーキ」あたりは特に顕著だが、各曲でハモリの積み方、パンの振り方、エフェクトの使い方に工夫が見られ、そのアプローチも実に様々。秋山がジェイムス・ブレイクやボン・イヴェールの熱心なリスナーなのかは定かではないが、声を素材として扱うセンスはやはり現代的だと言える。
こうしたアレンジメントに対する細かなこだわりの上で、本作はこれまで以上にアップ・リフティングなバンド・サウンドの印象が強く、「LIE on」と「サーチライト」という冒頭の2曲がそのイメージを決定づけている。これは切実なメッセージの裏返しとしてアッパーな曲調を必要としたということであり、ネット出身の秋山がデビュー後にライブと本格的に向き合う中で、急にその機会を取り上げられてしまったことの反動でもあるだろう。
秋山黄色『サーチライト』
しかし、ライブのサポート・メンバーをそのまま録音に迎えるのではなく、ベースにはsiraph/元School Food Punishmentの山崎英明、ドラムにはJUDE/unkieの城戸紘志といった経験豊富な実力者を迎えているのは、“ライブのテンション感を音源に落とし込む”というシンプルな発想ではない、録音物としての完成度に対するこだわりの表れだと言える。
秋山のデモに手練れのプレイヤーが生演奏の躍動感を加え、さらには椎名林檎をはじめ、People In The Boxやindigo la Endらを手掛ける井上うにがミックスを担当と、ポップとエッジの両極を併せ持った実力者たちが秋山をバックアップしていることは見逃せない。構築的なアレンジとポスト・プロダクションを重視するポスト・ロック世代と、DAWベースで楽曲を作り込むネット世代との融合は、現在各所で起こっていることのように感じる。
秋山黄色 『夢の礫』
もう1曲、本作の中で特筆すべきが、ミニマルなフレーズの反復で聴かせるBPM140の性急な4つ打ちナンバー「月と太陽だけ」。『From DROPOUT』に収録され、ガット・ギターの音色が印象的だった「Caffeine」の発展形とも言うべき1曲だが、「Caffeine」はもともとヒトリエのシノダのソロ名義、cakeboxによるwowakaのボカロ曲「プリズムキューブ」のカバーにインスパイアされていることを、過去に本人が話している。
ヒトリエがシノダをフロントマンとする3ピースで再起動を果たし、『REAMP』という作品を発表した翌月に、「月と太陽だけ」を収録した新作を秋山が発表することは、もちろん偶然の並びである。しかし、ニコニコ動画を起点に拡散していった創作に対する強い意思が、今も確かに受け継がれていることに対しては、感動を禁じ得ない。
FIZZY POP SYNDROME
2021/03/03 RELEASE
ESCL-5498 ¥ 3,300(税込)
Disc01
- 01.LIE on
- 02.サーチライト
- 03.月と太陽だけ
- 04.アイデンティティ
- 05.Bottoms call
- 06.夢の礫
- 07.宮の橋アンダーセッション
- 08.ゴミステーションブルース
- 09.ホットバニラ・ホットケーキ
- 10.PAINKILLER
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