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ヨルシカ、ヒットの理由を探る アルバム『盗作』リリース記念特集



 コンポーザーのn-bunaが2017年にsuisをヴォーカルに迎え、結成したヨルシカ。これまでにリリースした配信シングルは計4枚、アルバムは計4枚。YouTubeのMV総再生回数は現在5億回を超え、2020年2月には、第34回日本ゴールドディスク大賞の「ベスト5ニュー・アーティスト【邦楽部門】」を受賞するなど、今、10~20代のリスナーを中心に、絶大な人気を誇っている。そんな中、本日7月29日にリリースされたメジャー3rdフルアルバム『盗作』が、ヨルシカ史上、最も大きな注目を浴びることになりそうだ。

 2020年4月22日にダウンロード、ストリーミングとともにMVも配信された3rdシングル「花に亡霊」は、Billboard JAPANアニメチャート“JAPAN Hot Animation”において、5月4日から2週連続の最高2位を獲得。ランクはその後下がったものの、主題歌「花に亡霊」、挿入歌「夜行」、エンディングテーマ「嘘月」を提供したアニメーション映画『泣きたい私は猫をかぶる』のNetflix配信公開が6月18日よりスタートしたこともあり、7月9日現在は、再び、2位へとランクを戻している。また、ヨルシカの人気ぶりは、Googleトレンドでも、顕著に現れている。1stミニアルバム『夏草が邪魔をする』をはじめとして、アルバムがリリースされる付近で、徐々に高くなる波形。直近の波形は、アニメーション映画『泣きたい私は猫をかぶる』の公開、『盗作』のリリース報告を受けて、ヨルシカと検索する人が増えてきたことを示しているのだろう。



▲ 過去5年間の「ヨルシカ」Googleトレンド推移



 それでは、なぜヨルシカは、着実に10~20代を中心として熱い支持を得ているのだろうか。ヨルシカが結成される前、コンポーザーのn-bunaは、「夜明けと蛍」、「ウミユリ海底譚」を代表曲に持つボカロPとして異彩を放っていた。ボカロシーンで、一般的に流行しやすい楽曲が、音数を増やした曲であるのに対して、ヨルシカの音楽は、それとは異なる。ギターロックを主軸としながらも、空白のフレーズが心地いいエレクトロな音像。国内に留まることなく、海外のトレンドを汲んだメロディーの楽曲。ボカロシーンからJ-POPシーンまでのリスナーを幅広く獲得してきたのは、n-bunaの芸術的なセンスによるものが大きいが、ヨルシカの作品は、小説のような奥深さがあることから、評価が高いのも事実だ。



▲ 「夜明けと蛍」


 ヨルシカは『夏草が邪魔をする』から、自身の死生観を投影したコンセプチュアルな作品を生み出してきた。一般的に、CDの初回限定盤の付属品は、単なるおまけであることが多いが、ヨルシカのそれは、歌詞からヒントを得た物語をさらに頭の中で押し広げていくための重要なアイテムになる。ストリーミング、ダウンロード配信が進む今の時代でもCDが必要とされる構図ができているのは珍しい。歌詞にある最小単位の言葉、曲、さらにはアルバムごとに意味や繋がりを持たせることによって、物語が想像以上に膨らんでいく。

 例えば、1stフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』収録曲である「藍二乗」は、虚数単位のiの2乗は-1として、君が居ないという意味になっていたり、『夏草が邪魔をする』収録曲である「雲と幽霊」の〈雲が遠いね/ねぇ/夜の雲が高いこと、本当不思議だよ/だからさ、もういいんだよ〉が『夏草が邪魔をする』収録曲である「言って。」の〈あのね、空が青いのって/どうやって伝えればいいんだろうね/夜の雲が高いのって/どうすれば君もわかるんだろう〉のアンサーソングとして機能していたり。現に、ヨルシカによる新しいMVが公開される度に、動画のコメント欄やネット記事へ様々な推測を書き込む考察班が多く存在している。



▲ 「雲と幽霊」

▲ 「言って。」


 沢山のリスナーにヨルシカの作品が届くようになったきっかけは、Googleトレンドでも数字として表れているように、昨年発表した2枚のアルバム『だから僕は音楽を辞めた』、『エルマ』からだろう。物語が地続きとなるそれぞれのアルバムの主人公は、エイミーとエルマ。初回限定盤に付属した旅先での手紙や写真、日記帳を手に取ることで、まるで自分自身がエイミー、エルマに生まれ変わったかのような追体験ができる仕様となっていた。『だから僕は音楽を辞めた』、『エルマ』は、他人の物語ではあるが、その物語があまりにも緻密に構成されているため、物語へと没入しやすく、どこか、他人事と思えなくなるところがある。さらには、MVに出てくる登場人物の顔が隠されていることや、すべてのアルバムに収録されているインスト曲が、ピアノや、生活音、環境音を取り入れた音色で構成されていることも、物語の主人公をn-bunaやsuisではなく、リスナー自身へと置き換えやすくなる要因といえる。ただ、それ以上に、この物語をよりリアルに表現するために必要不可欠なのが、suisによる歌声だ。それぞれのアルバムごとの主人公がsuisに憑依したかのように変化するsuisの声色は、『盗作』をもって、明確に覚醒することとなった。

 『盗作』の主人公は、名作の盗作をする男が主人公。『だから僕は音楽を辞めた』、『エルマ』同様に、初回限定盤の付属品(盗作家の男のインタビューと、彼が出会った少年との交流の様子が描かれた約130Pの小説「盗作」と、少年が弾いた「月光ソナタ」が収録されたカセットテープ)からは、盗作する男の人生を追体験することができる。柔らかく透明感のある声色をしていた『だから僕は音楽を辞めた』、『エルマ』とは、大きく表情を変え、『盗作』では、妬みや怒りといった感情に押しつぶされ、心が乾ききった男をハスキーな声色で演じるsuis。n-bunaによる歌詞、曲調がsuisの歌声を覚醒と化したといってもいい。〈器量、才覚、価値観/骨の髄まで全部妬ましい「昼鳶」〉、〈他人に優しい世間にこの妬みがわかるものか/いつも誰かを殴れる機会を探してる「思想犯」〉などの羨望から生まれる感情が綴られた歌詞。ギターのフレーズを全面に押し出すプログレッシブな「昼鳶」を中心として、ピアノやギターのリフレインが癖になるメロディー。これまでにないほどハスキーで低音の効かせたsuisの歌声。そのどれもが斬新で破壊的である。



▲ 「思想犯」


 『だから僕は音楽を辞めた』の初回限定盤に付属しているエイミーからエルマに宛てた手紙の中で引用されていたのは、オスカーワイルドの“人生は芸術を模倣する”という言葉。『エルマ』では、エルマが、『だから僕は音楽を辞めた』の主人公であり芸術家のエイミーと同じ旅路をなぞるようにして辿った記録が残され、『盗作』でも、主人公の男が名作を盗んでいたことを踏まえれば、そこに、あるひとつの共通点が見えてくる。それは、どちらの主人公も自分の人生をただ生きるだけではなく、敬愛する芸術家の作品に触れたことを機に、自身の心を揺るがすほどの破壊的衝動を起こしているということ。名作を盗んでも、決して心が満たされることのない男の心情が綴られた表題曲「盗作」の歌詞に〈そうだ。/何一つもなくなって、地位も愛も全部なくなって。/何もかも失った後に見える夜は本当に綺麗だろうから、本当に、本当に綺麗だろうから、/僕は盗んだ〉とある。男が、名作を盗んだのは、すべてが壊れたその先に見えてくる新たな世界に期待したかったからなのかもしれない。そんな男と同じように、オスカーワイルドを筆頭として、すでにある俳人の作品などを引用しながら、自身の作品に文学的な要素を足していったヨルシカも、すべては、夜明けを見るために、破壊的な衝動を表現した『盗作』を生み出したのではないだろうか。眠れない夜はいつか明けると祈りながら。

ヨルシカ「盗作」

盗作

2020/07/29 RELEASE
UPCH-2209 ¥ 3,300(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.音楽泥棒の自白
  2. 02.昼鳶
  3. 03.春ひさぎ
  4. 04.爆弾魔
  5. 05.青年期、空き巣
  6. 06.レプリカント
  7. 07.花人局
  8. 08.朱夏期、音楽泥棒
  9. 09.盗作
  10. 10.思想犯
  11. 11.逃亡
  12. 12.幼年期、思い出の中
  13. 13.夜行
  14. 14.花に亡霊

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