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熊木杏里【熊木杏里 SPRING TOUR 2009 ~花詞~】
2009.05.10(日)at 東京グローブ座|セットリスト
願いごとひとつ叶ったの―――、まさかの『ヒトツ/フタツ』、そして続け様に『一等星』。静かなるエモーション、優しき声と音が我々に与えし熱量はとても強く、その心地良さに笑みが零れる。「私も胸いっぱいでここにいます」それは言葉にしなくても分かってる。春のきらめきや温もりに身を任せる選曲で、気持ちが前へ前へとぐんぐん進んでいく音楽を、ちょっと大人びた深い紫のドレスなんて着ちゃいながら、ちょっとだけ浮き足気分で届けていく。「おめでとう 今日まで辿りついたんだよ 思い出がまたひとつ増えました」なんていうフレーズも、今日が別に誕生日じゃなくても、誕生日であるかのような……今この瞬間をお祝いする歌として響いて、まさに春気分。そして先日結婚した友達について語った後、今回のツアータイトルにもなっている『花言葉』を。愛にも似た感情に、永遠の約束かのような言葉たちに、僕らは彼女にとっての親友、この花言葉を贈りたい人々を思い浮かべて、またひとつこの胸にあったかな場所を生む。今日も続く熊木杏里の“ひとヒナタ”創作活動。
デビュー前のタレントスクール時代の話、自分を見失い掛けていた時代、自ら曲を書き出すことになったきっかけなど、今まであまり話してこなかったことを敢えて話した後、彼女は自身のルーツである井上陽水の“音も立てずに大人になった”というフレーズが印象的な『いつのまにか少女は』を、アコースティックギターを優しく鳴らしながら、今歌うべき歌として、少し陽水氏の存在感みたいなモノを借りながら、堂々と歌い上げていく。そして「当初できたときのような感じで」と、前回のツアーのラストを飾ったメッセージソング『my present』を、今度はピアノの弾き語りで披露。そのままピアノの前からチェロの五十嵐あさかをステージに招き入れ、新曲『君の名前』を披露してくれたのだが、もはやその名を呼ぶ時の響きすら愛おしく思う君への歌、君との歌に涙腺が緩む。そして再びステージの中央に立った彼女は、故郷を想い、長野県出身の作詞家が書いたという『ふるさと』を歌ったのだが、そのシンプルな歌詞にある想いを、今の自分がここに在る根源的な理由を、その余計なモノがひとつもない美しい声から感じる。童謡を聴いてこんなに感激したのは初めての経験だ。
この後の熊木杏里はまるで長野の山の神か何かが降臨したかのように、その音楽が生み出す世界にひとつの淀みもズレも感じさせない集中力でもって、彼女の生き様の中にある想いそのものを歌にしていく。淡い光の中でその腕を少し動かしただけでこちらの胸を震わせた瞬間、僕は彼女の表現におけるひとつの到達点を見た。大袈裟な口ぶりになるが、この日の熊木杏里は何度か音楽そのものとなったのである。ひとつのメッセージを音や声ではもちろん、その全身全霊、更にはこの空間全部を使って見事響かせた事実は、これからもっともっと彼女の音楽を感動的なモノへと、より強く心に染みる歌へと変えていくだろう。
「やっぱり好きだから」という彼女の声が感じさせるリアルな温度や、その流れで披露された『春隣』が確実に熊木杏里自身の生活、誰かへの想いが滲み出る歌へと成長していたことなど、前回の春ツアー以上の共鳴を彼女はここに生み出していた。人生がそのまま音楽となる熊木杏里にとって、充実した生活は確実にその音楽の熱量や純度を高める。それは喜びであっても、悲しみであっても、出逢いであっても、別れであっても。そんな悶々としていて混沌としている日常のすべてを力強く蹴り上げるかのようなテンションで『モウイチド』を、眩しいほどの光と音の中でその体を揺らしながら熱く歌い上げていく彼女。「よーし!そのまま(の勢いで)もう1曲行きます」と高いテンションで歌い始めたのは『雨が空から離れたら』。この流れ、いつか野外で聴いてみたい。あまりの気持ち良さにきっと泣く(笑)。そして「生きるテーマソング」と言って彼女が本編最後に歌い出したのは『水に恋をする』。今日一番気持ちが互いに高まったところで聞こえてきたそれは、今まで聴いたどの瞬間よりも喜びや希望に充ち満ちた形で“生きたい”と僕らに思わせてくれた。
鳴り止まない拍手に応え、再びバンドメンバーとステージに戻ってきた彼女。椅子に腰掛けて「海の夕焼けをボーッと見て、家に帰って作った曲」と言って『バイバイ』という未発表曲を、夕焼け色に染められて歌い始めた。切ない別れの歌もバイバイという言葉も今日は彼女の口から溢れるすべてが愛おしく響く。そして“伝えたい”という明確な想いのもと生み出された、今ここにいるすべての人々に捧げるメッセージ『桜見る季節』を、自らの人生がそのまま詰め込まれたような歌を、とても清々しく聴かせてくれた。映画みたいに天から舞い降る賛美の拍手。
熊木杏里は深々と頭を下げ、最後、突然ピアノの前に座り「心のまま笑ってごらん 時には何もかも忘れて 裸のまま生きてごらん 息をしているのはなぜ? 夢の扉を開けて 大きく胸を張って 一番好きな人に想いを伝えたくて きっとみんな同じだけ言えないことがあるから 見えない壁に負けないで 超えていけるよ どこまでも 明日の印は風の中 追い掛けてゆこう どこまでも 心のまま笑ってごらん 時には何もかも忘れて 裸のまま生きてごらん 息をしているのはなぜ?」と、シンプルで短いけれど、今の彼女が一番伝えたいことを凝縮した歌をプレゼントした。
セットリスト
【熊木杏里 SPRING TOUR 2009 ~花詞~】
2009.05.10(日)at 東京グローブ座
- 01.ヒトツ/フタツ
- 02.一等星
- 03.風の記憶
- 04.誕生日
- 05.花言葉
- 06.いつのまにか少女は(井上陽水カバー)
- 07.my present
- 08.君の名前
- 09.ふるさと
- 10.君
- 11.こと
- 12.新しい私になって
- 13.やっぱり
- 14.春隣
- 15.モウイチド
- 16.雨が空から離れたら
- 17.水に恋をする
- En1.バイバイ(未発表曲)
- En2.桜見る季節
Writer:平賀哲雄
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