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熊木杏里【熊木杏里ライブツアー2008~ひとヒナタ~】
2008.12.03(水)at 東京国際フォーラムホールC|セットリスト
分かり合えない。それは悲しいことだし、時として怒りや憎しみにも変わる。さっきまであんなにもハッピーだったのに、次の瞬間には心が棘まみれ。なんて面倒くさい生き物なんだろうか、人間は。きっと彼女だってそうだ。例えばプライベートで、例えばレコーディングで、例えばステージの上で、思い通りにいかないことがあって腹を立てることもあるだろう。他人を嫌になったり自分を嫌になったりもするだろう。でも知ってるから彼女は歌える。こんなにも安らかに穏やかになる歌を。こんなにも心の内側から熱いものが込み上げてくる歌を。好きも嫌いも、笑顔も涙も、幸せも不幸せも、全部自分だと知ったから会えた。こんなにも大きな空間を埋め尽くすほどの、自分と同じように苦しんだりときめいたりする人々と。ここに辿り着くまでの、みんなと会うための、長いようでも短いようでもある日々を想いながらピアノで弾き語った『春隣』は、あたりまえかもしれないけれど、温かい。
ステージのセンターに立った彼女は、改めて挨拶をし「楽しく最後まで歌いたいと思います」と、この会場特有の高い緊張感に飲み込まれず、その体をメロディに任せて揺らしながら、その詩世界を自由に横断しながら、夢にまで見たであろう瞬間を堪能する。頭でっかちであったデビュー当時の自分を振り返りながら、長きにわたってその引き出しから姿を見せることのなかった『今は昔』を歌ったりする。今とは別人のような性格をしていた頃の歌を、いろいろな時を経た彼女が体を揺らしながら歌うなんて、こんなに素敵なことはない。時を止めたいと思ったり、時に身を任せる楽しさを知ったり、時があるから人が愛おしくなったり。彼女の人生は忙しい。僕らも同様に忙しい。だけど、それが良い。それがなんだかたまらなく良いと思える人の歌が、良い。「何かがしたいんだ、今は若いんだ」と『景色』を、まるで男の子のような勇ましさで歌う彼女はとっても正しい気がした。
「なんと言っても国際フォーラムですからね。嬉しいです。ビックリしますよね」と、素直にはしゃぐ彼女。そして「多くの人に聴いてもらって力になった曲」と言って、彼女の人生のターニングポイントでもあった『新しい私になって』と『朝日の誓い』を披露する。自らが外を向いて歩き始めた、変化の季節の歌。それを今改めて、今までで一番たくさんの人が自分の歌を聴きに来てくれたこの機会に歌う。しかも当時の温度から下がることを知らない歌声で。再びピアノの弾き語りで聴かせてくれた『ひみつ』もそうだ。想いをどこかに留めるのではなく、溢れさせてしまっていいことを知った喜び。それを忘れていない声が響き渡る。ギターの弾き語りで披露した『七月の友だち』では、もちろん孤独から自分を救ってくれた友達への、変わらぬ想いを。
「胸いっぱいのアルバムです」と紹介して、彼女が最新アルバム『ひとヒナタ』から歌い始めたのは『夏の気まぐれ』。この曲のフレーズ通り、温かい風のような声がこの空間を居心地の良い場所にしていく。その後も『ひとヒナタ』の曲が畳み掛けられていったのだが、そのどれもが今リアルに存在する想いから生まれた曲だからなのか、明らかに彼女の動き、表情、歌声がこれまで以上に瑞々しく光り出す。『青春たちの声がする』『モウイチド』の流れの中で生まれた高揚感は、彼女のライブ史上1,2位を争うレベルだったし、真っ赤に染まったステージでその情熱の限りを全身全霊で表現する彼女は格別に気持ち良かった。その腕を高く振り上げて「イェーイ!」と満面の笑みで叫び「泣きそうになった」とコメントしたことからも、彼女がどれだけ熱い想いを滾らせていたか、よく分かった。言いたい、歌いたい、伝えたい、届けたい、会いたい、行きたい、生きたい。そんな気持ちを爆発させたまま、静かに歌い始めた『こと』、彼女が持つ優しさや温もりのすべてで歌った『誕生日』、今あらゆるものを経て、飲み込んできた彼女だから声高らかに叫べるメッセージ『雨が空から離れたら』、純粋無垢な想いがこの世界を駆け、僕らの心を巡る。
さっきまでスキップをしながら歩いていた彼女は、まるで別人のように真剣な表情を覗かせ、共に生きたいと確かに想った人を心に「好きだから」と囁いた。そして「幸せな気持ちで帰ってもらえたら」と、今夜最後に『my present』を歌い始める。おそらくは「あなたはプレゼント」というフレーズを今目の前にいるみんなに置き換えて、今は目の前にいないけれどとても大切な人に置き換えて。「頑張ります。また会えるように」そう言ってバンドメンバーと手を取り合って一礼をする彼女。そして最後までひとりステージに残った熊木杏里は、深々と頭を下げ、両手でみんなに投げキッスを飛ばすのであった。
セットリスト
【熊木杏里ライブツアー2008~ひとヒナタ~】
2008.12.03(水)at 東京国際フォーラムホールC
- 01.春隣
- 02.時の列車
- 03.今は昔
- 04.天命
- 05.景色
- 06.新しい私になって
- 07.朝日の誓い
- 08.ひみつ
- 09.歌を捧げて(カバー)
- 10.七月の友だち
- 11.夏の気まぐれ
- 12.青春たちの声がする
- 13.モウイチド
- 14.こと
- 15.誕生日
- 16.雨が空から離れたら
- En1.やっぱり
- En2.my present
Writer:平賀哲雄
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