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熊木杏里【Spring Tour 2008 ~春隣(はるどなり)~】
2008.04.02(水)at 赤坂BLITZ|セットリスト
会場の入口で会ったマネージャーが「なんとか辿り着きました」と、まだまだこんなもんじゃない、こんなところで喜んでいちゃダメだという気持ちを抑えながら、でもちょっぴり誇らしげに、彼女が赤坂BLITZクラスの規模でワンマンライブができるようになったことを喜んでいた。会場内に足を踏み入れると、スピーカーからその彼女が自身の心の変化について語っている声が聞こえてきた。相変わらず饒舌とは言えないけれど、本当の言葉がいっぱい。そして、まるでラジオの曲紹介のように【熊木杏里 Spring Tour 2008 ~春隣(はるどなり)~】と呟くと、その声の主が、ゆっくりと溢れる音に導かれるようにステージの中央へ。「吐く~息よりも白く」と、静かに、けれども今そこにある想いのすべてを吐き出すように『ひみつ』を歌い始めた。やわらかくもドラマティックなバンドサウンドと、スポットライトを前後から浴びながら「私の恋は~ひみつにはできない」と、溢れ出して止まらない想いを、奥行きのある赤坂BLITZの隅々まで届けていく。
少しハニカミながら今日最初の挨拶をみんなにすると、心躍る音とメロディに乗せて、心だけじゃなく体も踊って、顔も踊ってしまう声で気持ちよさそうに歌う彼女。1曲1曲心を込めて。と、意識しなくても自然と心が乗ってしまっている様子。そんな状態で聴かせてくれた『遠笛』がとても印象的で、情熱的なバンドサウンドと未来を力強く見つめる彼女の歌声とが、ささやかな田舎の風景をとても煌びやかで光に満ち溢れたものに変えていた。そんなことを感じていたところで、よしだたくろうのカバー『夏休み』である。泣けた。あの頃の状況が優しく甦り、やけに心を揺らした。更には、ジョン・レノン『LOVE』のカバー。まずはその詞の日本語訳を彼女が朗読。愛は生きること、愛は愛を必要とすること―――。日本人がレノンのカバーなんてといつも思っていたけど、それを読み上げられ、その後に英語詞で歌われた『LOVE』は、ちっとも嘘っぽくなくて、とても近くにあった。「愛は生きることか」と、しみじみ思わせてくれた。とても有意義なカバーである。中島みゆき『空と君のあいだに』のカバーもそうだったが、オリジナルではなかなか綴られない、彼女が歌う“愛”のうたは、少しも大袈裟ではなく、けれども何よりも愛は尊いものなんだなと、すべての壁を取っ払った状態で感じることができる。
衝撃のカバー3連発の後は、なんと、これまた衝撃のギター弾き語り。2005年9月の初ワンマン以降、ちゃっかり封印されていた(笑)このスタイルでの『長い話』。高い集中力とそれを感じさせない自然体の歌声、そしてギターの音色がポロポロと響き渡る。そして、本人の17才~22才の心情が時系列に綴られ、最後は「なにもないから なにかになりたい」で終わるはずのこの曲は、その少し先の未来、今この瞬間の熊木杏里を描く。26才になった今は、過去の自分も許せるようになってきた。人が好きになった。人が好きすぎて悲しくなった。まだまだ悩むことをあるけど、私は「今日の中で何かでありたい」。
盲目の人から頂いたメールが彼女に作らせたという、新曲『誕生日』。これもまた彼女はギターを手に披露してくれた。あなたがいれば理由はいらない。この日まで辿り着けた君におめでとう。こんなバースデイソング、こんなにも胸に響く誕生日の歌を僕は知らない。
そんな歌をここまで感動的に歌えるようになった今も彼女の中で変わらないもの。それは続く『新しい私になって』、更には、今日もまた新しい明日と自分に会うための一歩を踏み出そうと歌った『それぞれ』の中にたっぷりと溢れていた。どこまでも温かく広がっていく音の群れに、自然発生的に巻き起こるみんなのハンドクラップ。彼女もステージの上を右へ左へと歩みながら、今この瞬間の繋がり、共鳴、共感を存分に味わう。そして「続けていきますよ」という言葉と共に聞こえてきたイントロダクションに思わず「おぉ!」と、高揚する客席。久々に『りっしんべん』が披露されたのである。しかも「それでも“ひと”が幸せと思いますか?」という問い掛けには、確実にあの頃と違う想いが乗せられていたし、「ここに ここに 存在ると」というフレーズも力強い彼女の意思表明としてそこに響いていた。もっと簡単な言葉で言えば、めちゃくちゃ熱い熊木杏里がそこにいた。そのテンションはもう上がっていく一方で、続く『新春白書』なんて「カモン!」っていう彼女の声から始まって、「会いたくて 君にだけ会いたくて~♪」とみんなに口ずさませちゃうぐらいの勢いと軽やかさでもって、めちゃくちゃ素敵な気分にさせてくれた。そして『ムーンスター』では、月どころか太陽みたいに眩しくてでっかい光が会場を包み込んで、若さと熱情と楽しくてしょうがない!って気持ちに溢れた音と声が僕らをどこまでも高揚させていく。もう完全に今までとは違うライブ、熊木杏里がそこで踊りまくっていた。そしてラスト、おそらくツアーで初めてセットリスト入りした、かつては少し持て余していた感も正直あったと思う『流星』を、声が掠れてしまうぐらいの、これまでなかったぐらいの、気持ち優先の声と動きで披露!自分の中にあるすべての気持ちとすべての曲に意味があるということを、頭じゃなく想いで、想いだけで彼女は今日ここで証明してみせた。
このライブで私、また次に行ける気がする―――、そう言って彼女は今夜も『ゴールネット』を歌う。おそらくはこれまでで最も大きな声で、大きな想いで、新たな想いで。そして今夜最後に届けてくれたのは、彼女の次なるシングル曲『春隣(はるどなり)』。それは、かげがえのない“きみ”を感じさせてくれる、かけがえのない歌。今夜誰よりもたくさんの“きみ”を好きになった彼女が歌うそれは、そのタイトル通り、いつまでも彼女とその歌が僕らの“春隣”でありますようにと想わせるものだった。
愛は生きること、愛は愛を必要とすること。レノンのその言葉がまるで彼女の言葉のように感じられた夜。彼女と僕らはまたもう一歩、前へと進んだのだろう。
セットリスト
【Spring Tour 2008 ~春隣(はるどなり)~】
2008.04.02(水)at 赤坂BLITZ
- 01.ひみつ
- 02.風の記憶
- 03.春の風
- 04.雨
- 05.私をたどる物語
- 06.遠笛
- 07.夏休み
- 08.LOVE~空と君のあいだに
- 09.長い話
- 10.誕生日
- 11.新しい私になって
- 12.それぞれ
- 13.りっしんべん
- 14.新春白書
- 15.ムーンスター
- 16.流星
- En1.ゴールネット
- En2.春隣
Writer:平賀哲雄
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