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エルメート・パスコアール来日記念特集~ジャンルに押し込めるのが不可能なブラジル音楽界屈指の鬼才

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 世界中を見渡してみても、エルメート・パスコアールほどユニークなミュージシャンはそうそういない。マイルス・デイヴィスから「この星でもっとも重要な音楽家のひとり」と絶賛されたという逸話を持つほどのテクニカルなマルチ・ミュージシャンであるにもかかわらず、けっして難解さを感じさせないどころか、やかんから豚の鳴き声までを楽器として成立させてしまう遊び心も素晴らしい。ここでは間もなく来日公演を行うブラジル屈指の鬼才について解説しておこう。

 エルメート・パスコアールは、1936年生まれ、ブラジル北東部出身。貧しい寒村で生まれ育ったが、父親がアコーディオン奏者だったこともあって早くから音楽に親しむことができた。そして、そのうち父よりもアコーディオンが上達し、フルートや太鼓、そしてピアノなども独学で習得。地元の祭やパーティーなどで演奏するようになり、いつしかプロのミュージシャンとして生計を立てていくようになった。そして、レシーフェやリオデジャネイロといった都会に出て活動していく。

 1961年にブラジル最大の都市サンパウロに移住したエルメートは、ここで大きな転機が訪れる。パーカッション奏者のアイルト・モレイラと出会い、その後彼らとクアルテート・ノーヴォというインスト・グループを結成。このグループではアルバムを発表するなど話題を呼び、エルメートは60年代後半にはアレンジャーとしても活躍するようになった。そして、一足先に渡米していたアイルトから招かれ、ついにマイルス・デイヴィスと対面するのである。マイルスはエルメートをいたく気に入り、1970年にセッションを行う。その音源はマイルスの『Live Evil』(1971年)というアルバムにしっかりと記録されている。そして同じく1970年にはエルメート初のソロ名義となるアルバム『Hermeto』を発表。アイルト・モレイラ&フローラ・プリン夫妻に加え、ロン・カーターが参加した充実作となった。

CD
▲『スレイヴス・マス』

 1973年にブラジルに戻ったエルメートは、国内で試行錯誤を繰り返しながら自身の音楽を追求。再び渡米して作り上げたのが、ブラジル音楽史上に残る傑作アルバム『Slaves Mass』(1976年)だ。本作は、ジャズやクロスオーヴァーのサウンドを基軸に置きながらもブラジル特有の土着的なリズムを取り入れ、なおかつ豚の鳴き声をアンサンブルの要素に加えるなど、高度な音楽性とユーモアを兼ね備えた作品となった。そして、基本的にはこの先鋭的な姿勢は常に変えることなく、真摯に音楽と向き合っていくことになる。

CD
▲『セレブロ・
マグネチコ』

 1979年にはモントルー・ジャズ・フェスティバルで喝采を浴び、日本でもライブ・アンダー・ザ・スカイというジャズ・フェスに登場して、その存在を知らしめることとなった。そして、『Cerebro Magnetico』(1980年)、『Brasil Universo』(1986年)、『Festa dos Deuses』(1992年)といったアヴァンギャルドでユーモアに満ちた名盤を多数生み出していった。80歳を過ぎた現在も自身のグループを率い、その個性豊かなステージングを繰り広げながら、世界中をツアーで飛び回っているのだ。



▲ 「Live in Montreux 1979」


 唯一無二といえる存在のエルメートだが、その魅力を知るにはやはり実際のパフォーマンスを体験するべきだろう。彼が演奏するのは、いわゆるジャズのフォーマットをベースにしながらも、ジャズとはまったく違う他にはないものだ。まず、アレンジされたパートとインプロヴィゼーションの境目がわからないほど、フリーな演奏が繰り広げられる。もちろん、あらかじめきっちりと決められたセオリーがあるのだろうが、そのなかでエルメートを含むミュージシャンたちは自由に表現し、崇高ともいえるサウンドへと昇華していくのである。そして、そのベースにはブラジル特有のプリミティヴなリズムやメロディが隠されており、超絶技巧の演奏であっても難解さを感じさせない美しさに満ちているのだ。




 そして、さらに特筆したいのは子どもでも楽しめるユニークな演出だ。ときにはやかんをラッパのように吹き、動物の鳴き声を大胆に楽曲に組み込んでいく。また、奇声とも呪文ともとらえられる不思議なヴォイス・パフォーマンスを披露したかと思えば、観客の歓声ですら彼の音楽の一部として機能させていくのだ。音楽はこうでなくてはならないという固定概念を取っ払い、ありとあらゆる耳に入ってくる音を自身のサウンドへと変えていく。実に愉快で実験的で自由な音楽なのである。そして、そのパフォーマンスに触れることで、誰しもがハッピーな気持ちにさせられるのだ。

 エルメート・パスコアールはジャンルに押し込めるのが不可能な音楽家だ。それだけに、音楽ファンであれば彼の世界に触れたことで、必ず頭と身体の中でなんらかの化学反応が起きるはず。今回の来日公演の機会に、ぜひ新しい音楽体験を味わっていただきたいと思う。




 

 

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