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FM COCOLO『J-POP レジェンドフォーラム』9月は桑田佳祐『がらくた』特集! 音楽評論家・渋谷陽一をゲストに迎えた番組トークvol.4を公開



J-POP レジェンドフォーラム

FM COCOLOで毎週月曜日21:00~22:00に放送されている、音楽評論家「田家秀樹」が案内人を務める『J-POP レジェンドフォーラム』。伝説のアーティスト、伝説のアルバム、伝説のライブ、そして伝説のムーブメント。一つのアーティストを1ヶ月にわたって特集する番組で、9月の特集は桑田佳祐『がらくた』だ。最終回となる4回目の放送には、音楽評論家であり株式会社ロッキング・オンの代表取締役、そして日本最大の夏フェス【ROCK IN JAPAN FESTIVAL】の立役者でもある渋谷陽一がゲスト出演。ポップ・ミュージックの最先端を走り続ける桑田の在り方やフェス出演時のエピソードを交えながら、『がらくた』についても書き手ならではの視点でアルバムの物語が紐解かれた。

番組トーク vol.1: キーボード片山敦夫 / ギター斎藤誠

番組トーク vol.2: 音楽評論家/DJ宮治淳一

番組トーク vol.3: DJ小林克也

とにかく、ずっと現役で最前線にいるよね

田家秀樹:今年の夏は15年ぶりに桑田さんが【ROCK IN JAPAN FESTIVAL】に出演されましたが、ご覧になって感想はいかがでしたか?

渋谷陽一:すごいですよね。やっぱり桑田さんという人は。

田家:“降臨”という風にブログでお書きになっていましたね。

渋谷:そうですね。サザンオールスターズではもう少し後にも出ているので、桑田君自身は15年も空いていないんだけど、でもソロとしては15年ぶりでね。とにかく、ずっと現役で最前線にいるよね。例えば【ROCK IN JAPAN FESTIVAL】というのは桑田君と同世代のミュージシャンがほとんどいない現場ですけど、そこでちゃんとタイマンを張るというかガンガン行くというか。その辺の覚悟と、それから業ですよね。業が凄いです彼は。

田家:業ね。桑田さんはフェスで渋谷さんのお話もされていて、「出てください」ではなく「出ろよ」というふうに言われたと。それでいざ出ることが決まったら「短くしろ」と言われたと仰ってました。確かに前回出演した2002年は14曲で、今回は11曲だったなと思いましたけど(笑)

渋谷:昔桑田さんが出ていた時にはうちのフェスの持ち時間は大体90分だったんです。でもアーティストがどんどん増えて今は60分になっていて。だけど彼は、昔の90分パターンが頭の中に刷り込まれていてその配分でセットリストを作ってきたものだから、「いくら桑田佳祐と言えども60分の枠の中でやってもらわなくちゃ困る」って僕が言ったら(桑田が)「何だよ、短くしろとか言って~」ってぶつくさ言っていました(笑)だけどきちんと60分の中にドラマを作ってきてくれて、素晴らしい演奏をしてくれて良かったですよね。

田家:はい。

渋谷:自分では、「セットリストを間違えた」とか「空気を読み間違えた」って色んな所で発言していましたけれど、後で話してみたら、彼としてはロックフェスだからディープでヘビーな空気を想定していたわけですよ。15年前の【ROCK IN JAPAN FESTIVAL】はもしかしたらそういう空気感だったかもしれないけど、今のロックフェスはもっと多様でハッピーで、皆とにかく色んなアーティストを楽しみに来るという状況だったので、彼の思っていた空気感とはちょっと違っていたようなんですね。

田家:なるほど。

渋谷:それで、「空気を読み間違えた」って心配していたみたいです(笑)だけど、それを心に留めておくのではなくすぐ口に出してしまうところがやっぱり凄いし、本当に失敗したと思ったらペラペラ喋らないわけだし。それでもそこで自分がやり切れたことがあるという自信があるからね。後、やっぱり世代によってロックフェスのイメージって違ってきていますね。面白かったのは、坂本龍一さんがうちのフェスに久しぶりに出て「おい渋谷、喧嘩はどこでやったんだ。喧嘩は」って言ってきて。僕が「フェスで誰も喧嘩なんてやってないよ~」って言うと、「何でだ、フェスは喧嘩だろう。皆何だか平和じゃないか」って(笑)

田家:渋谷さんは洋楽から邦楽、そして若いバンドまで本当に色々とご覧になっていますが、「過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)」の歌詞の中にONE OK ROCKのことが出ているでしょ。ワンオクにジェラシーを感じている桑田さん。

渋谷:そういうことが言えるっていうのは凄いですよね。やっぱりいつも最前線の中で“自分は勝負していくんだ”という想いがあるからフェスにも出るし若いバンドと一緒のステージに立つ。桑田さんなんて、まさにこの番組じゃないけど伝説のミュージシャンとして知っているだけで、本当に音源をしっかり聴いていたりライブを見ていたりという人はいないかもしれない。例えば今年の【ROCK IN JAPAN FESTIVAL】は1番最後に桑田さんの名前が発表されたんですが、その段階でチケットはほぼ売り切れていたんですよ。

田家:はい。

渋谷:なので、言ってみれば桑田佳祐目当てでチケットを買った人はほとんどいないという究極のアウェー状態ですよね。でも、そういう状態でもフィールドには人がいっぱいいて、その人たちに向かって新曲で勝負するという姿勢がすごいですよ。そこで吸うことのできる空気、つまりONE OK ROCKが吸っている空気を自分もちゃんと吸いたい。もっと言えば、ちゃんとその空気を吸わなければポップアーティストとして現役感を持てないという発想と、実際にそれをやってしまう体力ですよね。田家さんも(ロックフェスに)来なくちゃ~!

田家:30年前の【BEAT CHILD】にはいましたって言っても「何言ってんだ」と言われそうですね(笑)

渋谷:誰も知らないですよ【BEAT CHILD】(笑)そして、最近のどのフェスも【BEAT CHILD】より過酷ではないです(笑)

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「若い広場」は桑田佳祐の魅力が凝縮されていますよね

田家:渋谷さんに、『がらくた』の中で触れたい曲を選んでいただいたところ、その中の1つに「若い広場」を挙げて頂きました。これを選ばれた理由は?

渋谷:1つの代表曲であり、アルバムのリードナンバーということもありますが、桑田佳祐の魅力が凝縮されていますよね。曲の中で流れているレトロ感や昭和感がいかにも桑田佳祐らしい気がしますし、ビデオクリップもそういうレトロスペクティブな空気というのを徹底して追及されていて、その辺に桑田さん自身がアイデンティティを感じているっていうのは面白いですよね。あと「若い広場」というタイトルもすごく面白いんですけれども、間違えたんですよね桑田さん。

田家:間違いなんですか?

渋谷:『若い広場』ってNHK教育テレビであったでしょ。

田家:昔ね、ありましたね。

渋谷:桑田さん本当は『若者たち』をやりたかったんですって。青春ドラマの。ああいう空気を出したかったんですよ。

田家:僕はザ・ピーナッツの「若い季節」かと思いました(笑)

渋谷:(笑)それなら直せばいいじゃんと思うんだけど、それで直さないところがまた桑田佳祐の凄いところだよね。でも「若者たち」って言ってもピンとこないけれども、「若い広場」という言葉が持つ響きは面白いですよね。今時言わないじゃないですかそういうの(笑)



▲ 桑田佳祐「若い広場」


田家:【ROCK IN JAPAN FESTIVAL】に集まる若者には「若い広場」という言葉はピンとこないかもしれないですね。

渋谷:でもそのピンとこないところを意図的に狙っていますよね。

田家:渋谷さんと桑田さんは学年で4つ、年齢で5つ違うわけでしょ。渋谷さんが最初に桑田さんを意識したのはどの辺ですか?

渋谷:往年の伝説的なディレクターであり、サザンオールスターズの初代ディレクターであるビクターの高垣健さんという人がいるんですが、彼が僕のところにやってきて、「すごい新人を発見したんだよ~。これがすごいんだよ」と言って「勝手にシンドバッド」を聴かせてくれて。すごい衝撃でしたね。

田家:やっぱりそうなんですね。

渋谷:その時も「垣ちゃん、金鉱掘り当てたね」って言ったんですが「これはすごいことになるぞ」と思いましたね。

田家:その時の「掘り当てたね」という、ある種の根拠というかすごいものだという感じがあったんですか?

渋谷:もう単純にメロディメーカーとしての才能もそうだし、明らかに洋楽の匂いもしたんですが、それをちゃんと歌謡曲に着地させている身体能力や反射神経がありましたね。それは彼の中の天性なものだと思いますが、今でこそ桑田佳祐あるいはサザンオールスターズの影響下にある“なんちゃって桑田佳祐”や“なんちゃってサザンオールスターズ”はたくさんいるし、あるいは彼が作り上げたJ-POP文脈の中において、圧倒的な優れたミュージシャンはたくさんいて、日本の中にも歌謡曲ではなく洋楽でもない文化ができたわけですが、当時はなかったわけですよ。

田家:はい。

渋谷:まさに、オリジネーターとしての革命的な音がそこで鳴っていたんですよね。それはもう、凄かったです。「ついに来たか」っていう。日本のポップ・ミュージック・シーンにおいてもこういうものが鳴るんだと、そういう時代になったんだと。RC(サクセション)のライブ観た時にも腰抜かしましたが、そういうことが起きた驚きがありましたよ。

田家:さっきも“歌謡曲”というワードが出ましたが、渋谷さんの生まれた1951年と桑田さんの生まれの1956年って、やっぱり昭和の時代の希望の感じ方とかね、歌謡曲の影響の受け方も世代的な差もあったりするのかなと思ったのですが。

渋谷:それはあんまり分からないけど、僕のイメージの中の桑田佳祐っていう人は、すっごく年下というイメージがあって。

田家:すごく年下ですか(笑)

渋谷:うん。今話していて、「学年で4つしか違わないんだ」って初めて気づいたかも。もちろん彼の年は知っているけど、イメージ的には10歳ぐらい世代が下だというイメージです(笑)

田家:それは何なんでしょうね?

渋谷:やっぱり田家さんがおっしゃったように、大衆音楽における位置だったり社会における位置、まぁ世代ですよね。それがあの高度経済成長時代においては1年や2年が大きかったのかなという気はしますね。51年生まれのミュージシャンって(忌野)清志郎さんなどがいますが、僕らが小学校6年生でビートルズのデビューを体験したということは、この世代にロックミュージシャンが多いという決定的な出来事も影響していると思うんですよね。

田家:はい。

渋谷:そこから5年経って、ビートルズが一回りしてまた何か変わったのかなという気がしなくもないですけどね。

田家:なるほどね。そういうのが当たり前になっていたのかもしれません。

渋谷:当たり前ではないと思いますが、ファースト・インパクトではなくてセカンド・インパクトになっていたわけだから、田家さんが言ったように僕たち時代のカルトのものではなく、もうちょっと自然な空気の中にビートルズなんかが存在していたのかもしれませんね。

桑田君の言語感覚は、独特ですよね

CD
▲『がらくた』

田家:今流れているのはアルバムの4曲目「簪 / かんざし」。渋谷さんが選ばれた2つめがこの曲です。この曲と「ほととぎす[杜鵑草]」が対になっていると渋谷さん仰っていましたね。

渋谷:非常に和風テイストなバラードですが、それよりも桑田佳祐のメロディメーカーとしての天才性が明確に出ていますよね。キーボードと一緒にほとんどアンプラグド状態で歌われていますが、そうなると彼自身の持っている言葉の力やメロディの力がものすごくリアルに聴き手に伝わってくるわけですよね。だからこの曲のサビなんかも本当に「恐れ入りました!」と言いたくなる(笑)変に力んで作る曲よりもキーボーディストと2人でスタジオに入って鼻唄的に作った曲にこそ桑田佳祐の凄さと言えるものが表出される。その代表曲が「簪 / かんざし」であり「ほととぎす[杜鵑草]」であるという気がします。

田家:なるほど。

渋谷:だから本当に、桑田佳祐という人が持つメロディメーカーとしての腕力の凄さはとんでもないですよね。

田家:えぇ。“簪”という文字を見た時に「これ何て読むんだろう」と僕なんかも思いましたけど、さっき渋谷さんがおっしゃった言葉の感覚。1曲目の「過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)」はですね、いわゆる日本英語で、彼の得意中の得意とする独壇場的なスピード感がありますが、「簪 / かんざし」と「ほととぎす[杜鵑草]」はそうではなく、きれいな日本語で歌っていて、新しいところに到達したなという印象がありました。

渋谷:桑田君の言語感覚は、独特ですよね。別に(C)がついているわけではないけど桑田佳祐しか歌詞に使わない言葉、例えば「不埒な」という言葉も使っていますけど、彼以外にそんなワードを歌詞で歌えないですよね恥ずかしくて(笑)

田家:恥ずかしいですね(笑)

渋谷:だから、そういう言葉を持っているっていうのはすごいし、本来的にポップ・ミュージックの歌詞に登場するような単語ではないものを見事に歌って見せる感覚っていうんですかね。すごいですね。

田家:そうですね。

渋谷:この前インタビューでも言ったんですけれど、今回ブックレットがついているじゃないですか。そこで桑田君自身が色々な原稿を書いているんですが、困りますよね我々同業者が。こんなに上手い原稿書かれちゃうと(笑)

田家:困りますよ(笑)文章家としても天才的ですし。

渋谷:「やめろ」って言ったんですけどね。

田家:「やめろ」とおっしゃったんですか(笑)

渋谷:本人は何の苦痛もなく、文字で書きたいからって言うんですがその上手さが半端じゃないんですよね。

田家:本当に、感じたことがそのまま話になっていますよね。

渋谷:書かれていることもすごいし、文章的にもすごい。「自分は何故“アーチスト”という言葉に抵抗感を感じるのか」っていう彼のミュージシャンとしての在り方も的確に自身の言葉で書いていて。それはもう、我々の仕事なわけですよ!(笑) 「なぜ桑田佳祐はアーチストではないのか」って我々が書きたいのに本人が書いていて、そうなるともうこっちは「そうですよね」って追従するしかないっていうね。営業妨害ですよ(笑)

田家:「簪 / かんざし」のところでバラードについて書いているんですが、そうなんだと思ったのは「“いとしのエリー”なんて、切羽詰まってお葬式のような気持ちで歌っていた」っていう記述があって。よく僕らは、桑田さんについて意図的に緩急の緩と急を使い分けているんじゃないかと言うんですが、でもそんなもんじゃない中で「いとしのエリー」は作られていたんですね。

渋谷:「勝手にシンドバッド」でものすごく大ヒットした後だったので、何か変えなきゃということから、バラードを要求されたんじゃないのかな、とも思うんですけどね。そこで彼としては色々考えて切羽詰まっていたんでしょうね。切羽詰まってあんないい曲ができるんだったらずっと切羽詰まっていてもらいたいですけどね(笑)

田家:(笑)

渋谷:彼の中では大変な曲なのかもしれないですけど、その結果できた「いとしのエリー」という曲は、切羽詰まっているのとは真逆の、とても幸せで開放的な気持ちに僕らをさせてくれますからね。やっぱり作り手である彼らの苦しみを、我々は喜びとして感じることができるんですよね。

田家:えぇ。小林克也さんは、“文豪”という言葉も使われていましたが、「ほととぎす[杜鵑草]」はそんな曲だと改めて思いましたね。

渋谷:映画『茅ヶ崎物語~MY LITTLE HOMETOWN~』の中で、中沢新一さんが日本における芸能の在り方をある意味文化人類学的に語ってらっしゃって。大きいテーマである“桑田佳祐”と同時に日本の芸能とは何なのかというお話がありました。そこで桑田佳祐と言う人は芸能の本質を非常に理解していて、それは何なのかというと“究極のサービス業”であると。それを理解していることが的確だと中沢さんがおっしゃっていたんですよね。

田家:ええ。

渋谷:本当に桑田さんは“究極のサービス業”だとよく理解していて、だからこそサービス業をアーティストとは言わないし、自分をアーティストということは“究極のサービス業”というポップ・ミュージシャンの本来的な在り方と何がしか齟齬(そご)を感じるわけですよね。そこで桑田さんは「何でだろう?」と思われたんだと思います。

田家:なるほど。

渋谷:その正しい正義感は素晴らしいと思うし、常に究極のサービス業であろうとしているからこそ、これだけ優れた作品を作り続けるんじゃないかなぁ。桑田さんや僕の人生を変えちゃったポール・マッカートニーというすごい人がいますが、ポールもそれを本質的に分かっているんじゃないかなという気がしますね。

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ポップ・ミュージックの前衛性や実験性に対しても貪欲な桑田佳祐

田家:渋谷さんが選んだ4曲目は、アルバムの12曲目に収録されている「ヨシ子さん」ですね。

渋谷:僕はこの曲にポップ・ミュージックの前衛性というか暴力性を感じて、大衆的であるサービス業に徹するという桑田佳祐の在り様と同時にポップ・ミュージックというのはそういうのと矛盾するかもしれませんが、前衛性もあり実験性もありますよね。誰もが例に出すので芸がないですが、ビートルズがどれだけ前衛的で実験的であったかを言えば明白ですが、そういうことにおいても桑田佳祐は常に挑戦し続けるアーティストです。この「ヨシ子さん」という曲、変ですよね?

田家:変ですね(笑)

渋谷:ですよね。どうしても「ヨシ子さん」をリリースしようとして桑田さんが執拗に色々なアイディアを詰め込むんですが、周りから見ていると「どうして?」というぐらいのこだわりようで(笑)だけどどうしてもやっぱり彼はこの曲を世に出したくて、それがすごくへんてこりんなものなんですよね。「ヨシ子さん」という曲はコーラスなんかもけったいな曲ですが、彼の中においては何かこの匂いが必要なんでしょうね。ものすごく大衆的ではあるけれど、変なところもある日常の異化作業のような機能をもっていて、それもまた素晴らしい。そういうポップ・ミュージックの前衛性や実験性みたいなものに対しても貪欲な桑田佳祐。それで、音楽だけではなくてイメージもトータルで何かやりたがっていて。時々暴走しますからね、桑田佳祐は。でも、そこがいいんですよね。



▲ 桑田佳祐「ヨシ子さん」


田家:特にライブではね。

渋谷:周りは困っちゃいますけどね(笑)

田家:【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017】でもこの曲やられたんですよね?

渋谷:やりましたね。

田家:若いお客さんは一緒に踊ったりしてました?

渋谷:皆面白がっていましたね。ある意味若いファンにとっては、時代の空気感というのがあるのだとすれば、この曲が1番近いのかもしれないね。

田家:新しいものであるとか流行であるとか、世の中が簡単に認知しちゃったものへの桑田さんの反骨心みたいなものがこの曲にはけっこうあるんだろうと思ったんですよね。EDMとかR&Bとか、言葉だけが一人歩きするようなある種の流行に対して。

渋谷:僕は、桑田さんはすごく流行に敏感で、流行が好きだと思いますよ。基本的には、そういう流行に対して貪欲な人だと僕は思います。そうじゃなければ常にポップ・ミュージックの先端にはいられないですし。だから、時代の空気に対しては敏感であろうとしているんじゃないかな。

田家:フェスでも、若いバンドやアーティストも観ているんですよね?

渋谷:そうですね。見ているし、これが適当な表現かは分からないけれど、気にしていますよね。

田家:気にしていますか。

渋谷:そこがいいと思います。「知るか、俺は桑田佳祐なんだから自分自身の音楽やればいい」というのではなくて、「若いバンドは何やっているの?」「流行りの音楽って何なの?皆が聴いているものって何なの?」って気にしている姿勢が彼にはありますよね。

田家:“渋谷節”が次々と出てきます(笑)

桑田佳祐が普通なら普通じゃないっていったい何なんだ(笑)

田家:そして、渋谷さんが選んだ5曲目はアルバムの14曲目「あなたの夢を見ています」です。そしてこの曲がアルバムの15曲目「春まだ遠く」と対であるというふうにおっしゃられていますね。

渋谷:このアルバムはまさに“アルバム”だったなという気がするんですね。今は1曲1曲が配信などで消費されている世の中で、それはそれで素晴らしいと思うし、YouTubeでミュージック・ビデオを観てインパクトを感じてそのアーティストを好きになることもある。それこそ40~60年代の黄金時代はまさに同じ消費のされ方だったわけだから文化としては復活しているのは素晴らしいことだと思います。でも、それと同時に70年代以降のアルバム文化があって、それに田家さんも僕もどっぷり浸かっていたじゃないですか。

田家:はい。

渋谷:それはそれの良さがありますよね。そのアルバム感というのが14曲目と15曲目で、まさにアルバムがクロージングしていく物語の大団円として存在している感じがするんですよね。

田家:うん、なるほど。

渋谷:まさに1曲1曲のポップ・ミュージックが消費されていく世の中の最前線にいる、ケンドリック・ラマーにしてもフランク・オーシャンやビヨンセにしても、彼らはものすごい物語性のあるアルバムを作っていますよね、この時代と同時に。そうした意味でも、アルバムにこだわっている桑田佳祐の在り方というのは、まさに現代のポップ・ミュージックの世界的な基準とリンクしている気がしますね。そしてこの曲は本当にいい曲ですね。

田家:「あなたの夢を見ています」、「春まだ遠く」この2曲の中にある桑田さんのヒューマニティーというかウェットな温かさは、若い時には素直に出てこなかったテーマでもあるんだろうなと思いながら聴いていました。

渋谷:この高低感がいいですよね。21世紀の「希望の轍」というか。

田家:そうですね。

渋谷:ある意味EDM感もありますけどね。

田家:えぇ、ありますね。

渋谷:アルバムの最後にこの開放感がやってくるというのが非常に素晴らしいですよね。意図的にやったと桑田さんもインタビューで言っていました。

田家:「春まだ遠く」が入ったことによって、フィナーレが全く変わったという気もしました。

渋谷:いいですよね。

田家:「あなたの夢を見ています」で終わるという終わり方もあったんでしょうが、エンディング・テーマのように「春まだ遠く」が入ってきて。その1曲の中で春夏秋冬が歌われていて、この季節感も若い時にはあまり感じないでしょうから、大人ならではという感じがしました。

渋谷:これは重いことなので慎重に言葉を選ばなくてはいけないなと思うんですが、桑田さんはもう1枚1枚が最後のアルバムだと思いながら作っていると思うんですよね。なのでその覚悟と潔さみたいなものがどの作品とライブにも感じられて、それはすごく聴く者や見る者の心を動かしますよね。だからこのアルバムの物語感というのもそこに通じるなという気が、非常にします。

田家:渋谷さんは、『ブルー・ノート・スケール』という本もお出しになっていますが、 あれから30年経つんですよね。あの頃の桑田さんと、今年フェスでご覧になったりアルバムをお聴きになって桑田さんの印象は変わってきているものがありますか?

渋谷:変わらないですね。これは色んなところで書いたり言ったりしていますが、桑田さんが盛んに「僕は普通だから、普通だから」って執拗に言うんですよ。桑田佳祐が普通なら普通じゃないっていったい何なんだって思うんですが(笑)桑田さんは“普通であること”を常に意識しているんです。それはポーズではなくて、彼は本当にそう思っているんだと思うんですよ。

田家:はい。

渋谷:だから、特殊なことを感じたり歌ったりする、ある意味アーティストであるとかエキセントリックな人であるとか、桑田さんはそういうところには自分はいない。常に彼自身は自分のことを普通だと思っているんです。傍から見るとそれは間違いで、彼は非常にエキセントリックだしユニークだし、全く普通ではない。だけど彼の立ち位置として、常に普通であろうとしている姿勢っていうのは、倫理的や道徳的にそう思っているんではなく、そう思うからそうなんだっていう彼の業ですよね。

田家:1番初めにもおっしゃった、業ですね。

渋谷:つまり、ポップ・ミュージシャンであろうという特殊な人ではなくて、サービス業の実行者であろうとしている自分ですよね。それは普通だらけの人にはわからないんですが、その陸続きの中で自分の作品活動や演奏活動をやっていくんだと。これはこの30年間の間に桑田佳祐に1回言ったことがあるんですが、「桑田君は落ち目を体験していないすごく珍しい人だよね。それが良いんだか悪いんだかは分からないけど、普通の人は1度くらい落ち目を体験するんだよ」って。そしたら桑田君がすごく怒って「何言ってんだよ、渋谷さん知らないだろうけど、俺なんかデビューして何年目かで地方のコンサートに行って空席が10とか20あるの体験してんだよ!」って言うの。

田家:へぇ~。

渋谷:僕は「何言ってるんだよ君!それは落ち目でも何でもないし、それを落ち目だなんて言っていること自体がおかしいよ」って言ったんだけど、彼にしてみればその普通であろうとする姿勢が何十年間にわたって変わらないし、今もそう思い続けている。その桑田佳祐って、すごいですよね。

田家:それが失われていないから今回のアルバムもできたんでしょうね。

渋谷:そうだと思います。

田家:この先の桑田さんに思うことっていうのは、どういうことですか?

渋谷:この先もずっと作品活動やってくれれば嬉しいなと思いますね。桑田佳祐と僕たちは何十年にわたって時代を共有してきたんですから、幸福だと思いますね。


桑田佳祐「がらくた」

がらくた

2017/08/23 RELEASE
VIZL-1700 ¥ 5,280(税込)

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