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毛皮のマリーズ 『ティン・パン・アレイ』インタビュー
ここで語られる『ティン・パン・アレイ』の全貌は、その生き様を如実に表していると言えれば、歌詞、メロディ、演奏、アンサンブルなど、毛皮のマリーズの打ち鳴らす音楽をそのまま具現化している、とも言えるかもしれない。
何ていうか、壮大なひとつの旅路になった。今はそんな感慨すらあります。世紀の大作を完成させた志磨遼平(vo)の最新インタビュー。膨大な文字量となりますが、願わくば音楽を愛する全ての方々へ。是非、お読み下さい!
“バンド活動=遠足の放棄”
--昨年末には3年連続となる【COUNTDOWN JAPAN 10/11】出演を果たしました。自分は2年前も観ていたんですけど、攻撃的な当時に比べ、大観衆を前に笑顔で『Mary Lou』を歌う志磨さんが印象的で。
志磨遼平:今って前髪を中分けにしてるじゃないですか。それまではずーっと前髪を鼻先くらいまで伸ばしてたので、お客さんの顔とか見てないんです、何も見てなかった(笑)。でも、今は見てるんですよ、人の顔を。我々の音楽をどういった人が受け取って、どんな顔で聴いているか。そこは分かり易く変わったんじゃないですかね。
--デビューツアーの初日公演では、「我々は生まれ変わったのです」と宣言するシーンがありましたよね?
志磨:アレは面白かったですね~……、一言に感動と呼べるモノではなかったです。僕らの音楽が届いていて、みんなが各々の中で生活や思い出と共に育んでいて、「僕らはこの子たちを一体何処へ連れていこうとしているのか」みたいなことは凄く思いましたね。その発言の後も、お客さんからは“生まれ変わんな!”みたいな空気があったりして(笑)。
--例えば『ビューティフル』は、いまやロックファンのアンセムのように愛される楽曲になりました。ただ、そうした期待や希望、信頼を得た上で変化を求めることに、恐怖や不安はないのですか?
志磨:たまには自分を否定するような音楽、自分を痛めつけるような音楽だったり、とにかく“このままじゃ嫌だ”っていうのがずーっとありましたから、何かに変わろうとして音楽をやってた。僕の歌詞には良く“どうなったっていいよ”って出てきますよね? アノ感覚が凄く好きなんですよ。何者でもなくなるような、諦めにも似た感じ。変な言い方だし矛盾するかもしれないですけど、そう想っている時に安心するんです、「まだ“どうでもいい”んや」って。何かに固執していない状況をキープできているというか。
何かを続けてしまっている時、何かに寄りかかってしまっている時、変わることを拒むというか本当に恐れるかもしれない。守るのは大切なことでしょうけれども、積み上げてきたモノがある程度の高さになった時、僕は定期的に捨てるんです。それに安心していますね、「まだ僕は手ぶらやな」って。プラスになっていくのが怖い。……だから質問の答えとしては、怖いと問われれば怖いですけど、好きです。
--それよりも積み上がっていくことの方が恐い?
志磨:例えば遠足で言うと、当日に暗くなっちゃうタイプなんですよ。用意とか大好きだし、めっちゃ気合い入った栞(しおり)を作って、ウキウキで寝れやんくて……。で、朝起きたらもう嫌なんですよ(笑)。集合時間になるってことは、そこから遠足の時間が削られていく訳じゃないですか。「遠足を手にしてしまう!」っていう怖さがあったんです、幸せ恐怖症みたいな。
だから栞を作った時点で良しとするというか、遠足自体は誰かが行けばいい(笑)。僕は次の栞を作りたい。……そう! バンドはソレが好きなんですよ。他人から与えられるのではなく、自分で作れる。行こうと思えば毎日遠足に行ける。他人からだと待たなければいけないじゃないですか。
--バンド活動に置き換えると、栞を作る行為がCD制作?
志磨:僕の本業、本質的な所に繋がっていくんですけど、“遠足の放棄”なんです。最終目標の遠足はきっと“幸せになる”ってことで、今の所はそれを放棄している。栞の合評会をするというか、その細かいディティールにミソがあって、遠足のことを忘れたフリをして次の栞を作り出す。最終目標を果たさないでいる、っていう言い方になるのかな。そんな感じがしますね、バンド活動って。
最近、同い年のある友達から何回か電話がかかってきてて、少し経ってからかけ直した時に「もう解決したんだけどさ、ちょっと初めて自殺したくなって」って、もの凄くライトに言われたんですよ。その友達はバイタリティ溢れる元気な子なんですけど、理由を訊いてみると、「大体人生ってモノが分かった」って言うんです。
Interviewer:杉岡祐樹|Photo:佐藤恵
「良いインタビューになる予感がしてきました」
志磨:20代後半を迎えて随分達観した物言いですけど、何が起こるか大体予測が付いたと。歳を取っていくことは、可能性を減らしていくことじゃないですか。例えば8歳とかの頃は本当に無限でしょう? プロ野球選手でも宇宙飛行士でも、とりあえず未来はワクワクドキドキで……。
でも16歳くらいになれば、その時点で専門の経験や勉強をしていないとプロ野球選手は目指さないでしょうし、宇宙飛行士も凄い学者も難しそうだし……。って考えていく中で可能性を削っていく、“自分はこういう人生を歩んでいくんだ”って見定めていく。友達はそれを言っているんです。
で、その子が面白いのは、「俺、たぶんこのまま幸せになるなって思った」って言うんですよ。例えば子供が生まれて結婚して、ある程度思い出ができたりして幸せになる。そう思ったら飽きたと。それはさっきの話と同じことで、「明日遠足や」って思ったら飽きてしまう。だから“遠足の放棄”というのは、幸せになることを放棄しているんです、バンドをやることによって。
--そういえば12月のワンマンでも、本編以上に印象的なアンコールがありました。
志磨:そう! アレがあのツアーにおけるミソやったんです。本編はオールタイムベストみたいな選曲でお送りして、CDでは途中で終わってしまう『ディマフィスの恋人』の続きから『平和』へ繋がるアンコールがある。たまに「アンコールは観られなかった」って言われるんですけど、それだと意味が変わっちゃう!(笑)
--そして、そのアクトがニューアルバム『ティン・パン・アレイ』へ繋がっていく、と。先ほどの遠足の例えは、そのまま本作を表しているといえますよね。
志磨:そうそう。突き詰めていくと、そこに行く。何故かその話から始まったので面白いなーって(笑)。
--今作はM-03『さよならベイビー・ブルー』やM-07『おおハレルヤ』を筆頭に、過去作と比べて耳に残り易いメロディが多いと感じました。
志磨:あんまりこういう言い方はしないですけど、ついしちゃうなら今までも僕はとても良いメロディをたくさん書いてきたんですよ……。自分で言っちゃいました(笑)。今まではメロディを並列で考えてました。言葉、心意気、気合い、毛皮のマリーズのアイデンティティ、日々の苛立ち……。色んな要素の中のひとつとして、メロディを並列に扱ってきました。例えばアルバムを聴いて「この人は何てイライラしてるんだ!」ってのが先に来る人もいれば、歌詞に面白味を感じてくれる人もいる。でも、今回はその全てをメロディに捧げたんです。
--このタイミングでそうした施策を取った理由は?
志磨:……凄く良いインタビューになる予感がしてきました。さっきの話があるから余計に面白いんですけど、僕は今、幸せなんですよ、アレだけビビってた癖に。しかも、悪くないと思っている。それを最初、“僕は東京が好きなんや”と勘違いしていたんです。
電車でココにきて取材を受けたり、六本木ヒルズに行って自分のラジオ番組を収録したり、スタジオで写真を撮られたりとか、そうやって毎日外に出ることが僕の中では革命的だったんです。……めっちゃひきこもりなので(笑)。レコード会社ってバンドマンからしたら入ってみたい建物ベスト5には入りますけど(笑)、部外者は立ち入り禁止なんですよね、どれだけ才能があろうと。でも、ここ最近の僕はけっこうなセキュリティを潜れる(笑)。僕は何も変わってないのに、急に入れてくれるようになったんです。
その中は凄く良い所なんですよ、竜宮城みたいに。例えばレコード会社の中では、毛皮のマリーズとそのお客さんのために色んな人が頑張って働いている。フェスの裏では、良いライブができるように美味しいご飯とかが並べてあったり、アーティストが準備をしていたり。ラジオ局なら膨大な音楽の中から、リスナーに届けたい音楽を発信している。東京は朝から夜中まで眠らず、誰かのためにずっとそんなことをやってる街なんだって気付いて、“東京のアルバム”を作ろうと思ったんです。でも、それって東京と呼ぶには余りに局地的じゃないですか。東京には歌舞伎町もあれば巣鴨もあるし(笑)。
Interviewer:杉岡祐樹|Photo:佐藤恵
それを“東京”と呼ぶ理由、人がモノを創る理由
志磨:じゃあ僕が“東京”と呼んでいるコレは何なのか。例えば“食う、寝る、子孫を残す”を全うすれば生命維持ができるのに、それ以上のことをしようとするじゃないですか、東京って。より良い所で暮らしたいから建物を建てて、さらに縦に伸ばしたくなるから高層ビルが生まれる。寒さを凌げれば良い所から、ちょっとステキなお洋服を着てみたいってお買物をする。映画や音楽を嗜む。恋をする。……我々が望もうとする生命維持以上のことが、たぶん欲望ってヤツなんだと思うんです。本能よりもどうでも良い、別に必要ではない欲求。贅沢ですよね。贅沢のための街だと思ったんです、東京は。
地方都市でも“食う、寝る、多少遊ぶ”くらいの機能は充分あるんですけど、東京はもっと貪欲に、高いモノはより高く、美味しいモノはより美味しくと、上へ上へ昇っていく。こんなに欲張りに幸せになろうとして、それを誰かに捧げようとしている。自分で味わうだけやったら街として機能しないじゃないですか。僕はそんな東京の機能の一部に取り込まれたと思ったんです。みんなの日々の贅沢のためのマシーンになりたい、それが幸せやと。--それは、生きるためには必須ではないモノ。無くても生活できる音楽に、人生をかける覚悟ができたということなのでしょうか?
志磨:それまでは“音楽がなくても良い”、“みんなの日々に消費されていくモノ”ってことを認め難かったんですよ。音楽をもっと高尚なモノとして扱ってきたから。音楽によって人生が変わったし、革命だったし、神さんの啓示やったし、はたまた戦争やったし武器やったし……。生易しいモノではなかったからこそ、音楽を扱う時は聴く人にも同じような目に合わせたかったですよね。その人にとってもの凄く大きなモノでありたかった、僕にとっての誰かがそうであったように。
で、そういう人生の転機やエポックよりも、続いている日々の中で僕が怖がっていた変わらないモノ、育んできたモノ、大事にしてきたモノ、誰かと守ってきたモノ……。その素晴らしさに気付いて、歌詞にもなっているように“東京”と呼んだんです。発信し続けて朝が来て、誰かが眠る頃には誰かが起き出していく。その変わらない、エポックにならないモノを歌いたい。
変わるからエポックになる訳ですよね、革命でも戦争でも。……そう! 変わらないモノって文字にし難いんですよ。縄文時代から変わってないことは、歴史の教科書には載らないですよね。好きになって嫌いになるから「お別れしよう」とか言えるけど、“ずっと好き”ってけっこう難しい。で、「エポックにならないモノをどうしよう?」ってなった時に人はモノを創る、残そうとするんです。
--言葉にならないからこそ、形に残すんですね。
志磨:僕が音楽をやっていることも、誰かがお花を活けることも、建物を高くしていくこともそう。人は何かを残そうとして、モノを生み出すんですよ。そこで初めて僕は自分の人生を変えたモノ、僕にとって事件だった音楽やロックンロールの本来の意義に気付いたんです、きっと。これは何かを変えるモノではなく、変わらずあるものを称えるためにあるんだって。……で、このアルバム『ティン・パン・アレイ』を作ったんですよ!
--今のお話は全てを物語っていますよね。東京の朝となるM-01『序曲(冬の朝)』から始まりM-11『弦楽四重奏曲第9番ホ長調「東京」』で夜を迎えることも。その集合体に『ティン・パン・アレイ』と名付けたことも。
志磨:それこそあそこは音楽量産工場だった訳ですからね。だから言葉も選ばれてました。変わらないモノをそのまま残すための言葉、愛でる言葉、祝福する言葉……。“何かを変えよう”“わざと失おう”って言葉も、雷が落ちたようなギターの音も、今回は入ってない。美しいモノを祝福し、称えるような楽器を選んで、言葉を選んで、アレンジを選んで、全てをメロディのためだけに捧げた。だからメロディが目立ってるんです……って、まだ一問しか進んでない(笑)。
(一同笑)
--いや、もう全てを語って頂いたと思います! ……ただ、今作は演奏陣のゲスト参加が多く、メンバーが参加していない楽曲が非常に多いですよね?
志磨:それもさっきの話で全て説明できてしまっているんですが、極端な話、例えばメンバー間の仲が悪くなっても良いんですよ、音楽が良ければ。そやからどっちでも良いんですけど、まあ仲悪い人はこういう音楽を作らないですよね。
Interviewer:杉岡祐樹|Photo:佐藤恵
後藤まりこ、の子、志磨遼平の共通点
--ただ、メンバーの皆さんが今作をどう捉えているのか、そこは気になりますね。
志磨:我々はひとつのイメージを具現化するために手段を選ばないんです。今までのイメージが戦争であったり革命であったり大恋愛であったり何かの喪失であったりした訳ですから、その時に必要なモノを用意してきました。……好んで劇場型に生きていて、毎日が遠足じゃないですけど、常にエポックがあれば、そんなに面白いことはないんじゃないかっていうアホの考え。“この人生、なるべく騒々しく生きたいモンやなあ”って時に似つかわしい音となると、「高らかに響け!」って感じですよね。
エレキギターの構造を考えると分かり易いんですけど、あれは小さい音を増幅させている。若い子の音楽にはピッタリなんです、「不安なり存在なり世間への苛立ちなりを、全部消してくれエレキギター!」って。で、何も壊さないで、ずっとこのまま続いて……って時に選ぶ楽器は、必然的にアコースティック楽器だった。小さい音も取りこぼさず録りたかったんです、エレキ楽器が信号として拾わない音まで。
--確かに『序曲(冬の朝)』におけるエレキギターの在り方も、今までとは違いますよね。
志磨:そう。これも分かり易いんですけど、曲順は作った順なんですよ。方法論としてエレキギターを使った所から、「もしかしたら使わなくてもいけるかも?」って曲順になっていくんです(笑)。
--ライブ時はどのように表現していくのですか?
志磨:このアルバムに関しては、これ以外の方法では演奏しないですね。ここにエレキギターを入れようなんて言語道断!(笑) 編成を変えることは歌詞を変えろ、メロディを変えろと言われるのと同義ですね。……と、いうことは? っちゅうことで、次のツアーではコレをそっくりそのまま表現するか、まったく演奏しないかの二択、です。
--これは最後に伺う話ではないのかもしれませんが、前回の取材は、ゆらゆら帝国が解散を発表した日でした。そして今回も直前となる昨年末に、ミドリが解散しましたが、かつて取材した際、彼女も「しあわせは怖い」と発言していたことを思い出しました。
志磨:たぶん、後藤さんの言う幸せと僕の幸せは違うんじゃないかな。彼女が何をそう呼んでいるのかは分からないですけど、後藤さんがミドリで目指そうとしたのと同じモノを、僕は見ている気がする。元々、後藤さんはセーラー服を着てライブしてましたけど、ある時期から脱いだじゃないですか。あの辺から後藤さんって変わりましたよね? しかも、良かったですよね? 後藤さんが目指そうとした理想郷と、同じモノを僕は見ている気がする。だから、ミドリの解散はめっちゃショックなんですよ。
これも勝手に思っていることですけど、後藤さんと神聖かまってちゃんのの子くん、そして僕は三者三様に同じことをやろうとしている気がする。他の人はまだ察知していないような空気を察知して、同じモノを作ろうとしている気がしています。
--あの……、毛皮のマリーズは解散しないですよね?
志磨:それ、一個前のインタビューでも訊かれました(笑)。何でしょうね? まあ、これまでにも「解散しよう解散しよう」って言ってきてるんですよ。もし本当に終わってしまった方が良い音楽っていうのが生まれるなら迷わず解散するし、逆に言えば ―――これは語弊があっても良いですけど、メンバーの手を借りてないですからね、制作に関して。だったら解散する必要が無いとも言えますよね?
これは次のアルバムの構想になるんですけど、「じゃあ、なんでメンバーおんのかな?」って思いません?(笑) ライブができないからいるのか? じゃあこの人たちはヘルプなのかな? 何で西くんなんだろう、ヒロTなんだろう、富士夫さんなんだろう? 同じ時期に同じような土地で生まれたから? 学校が一緒やったから? 暇やったから? ……その程度で一緒に音楽をやっているくらいなら、それこそ解散した方がいいんじゃないですか。何でこの人たちなんだろうってことを、僕は知りたいんです。だからそういうアルバムを作ろうと思います。
--そこでまたひとつ、毛皮のマリーズが見えてきそうですね。
志磨:そう、今回が東京のためのアルバムだとしたら、次は毛皮のマリーズのためのアルバムです。
Interviewer:杉岡祐樹|Photo:佐藤恵
ティン・パン・アレイ
2011/01/19 RELEASE
COZP-491/2 ¥ 3,353(税込)
Disc01
- 01.序曲(冬の朝)
- 02.恋するロデオ
- 03.さよならベイビー・ブルー
- 04.おっさん On The Corner
- 05.Mary Lou
- 06.C列車でいこう
- 07.おおハレルヤ
- 08.星の王子さま(バイオリンのための)
- 09.愛のテーマ
- 10.欲望
- 11.弦楽四重奏曲第9番ホ長調「東京」
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