Special
ハービー・ハンコック&ウェイン・ショーター Billboard Live 8周年公演スペシャルレポート
BBL 8th Anniversary Premium Stage ハービー・ハンコック&ウェイン・ショーター | 2015.9.5(土)at ビルボードライブ東京
8周年を彩った二人の「現在進行形」
「Never give up!」
終演後、ウェイン・ショーターが明言した。82歳の巨匠の音楽がまだまだ楽しめる。それがわかっただけでも価値の高いショーだった。
9月5日(土)、ビルボードライブ東京の8周年を記念する、ハービー・ハンコック&ウェイン・ショーターの特別公演が行われた。
客席下手側から2人がステージへとゆっくりと歩を進める。客席から見て、左に75歳のハービー。右にウェインがスタンバイした。ハービーが向き合うのはイタリアの高級ブランド、ファツィオリのアコースティックピアノだ。すべて手作りで年間約130台しか生産していない。傍らにはローランドのシンセサイザーもある。ウェインに目で合図を送ると、さざなみのようにファツィオリを鳴らした。ステージフロアから2階席、3階席へ、さあーっと空気が変わっていく。会場が固唾を飲む。
ウェインの前には、テナーとソプラノ、2本のサクソフォーンがセッティングされている。どちらも名器、セルマーのマークⅥだ。まずソプラノを手に取り、ハービーのピアノに対し透き通るような音で反応していく。
2人は何を演奏するのか? 誰もが期待に胸を膨らませていた。1997年に2人の名義でリリースされた名作『1+1』の曲が中心になるのか。それぞれの代表曲をやるのか。はたまた、2人が出会ったマイルス・デイヴィスのクインテットの曲や、V.S.O.P.時代の曲は聴けるのか。しかし、そんな期待をよそに即興でショーはスタートした。
ハービー&ウェインの音楽は壮大なドラマだ。ハービーが鍵盤で描く風景に、ウェインがサクソフォーンでストーリーを語っていく。優れた音楽家は、音によって聴覚だけでなく、視覚や、時には嗅覚までも刺激してくれる。
ハービーはアコースティックとエレクトリックを巧みに使い分けた。ファツィオリをメインに、水の音や人々のざわめきがサンプリングされたローランドをアクセントに。
「アコースティックピアノは水彩画で、エレクトリックピアノは点描画だ」
以前、ハービーから教えられた。1999年、彼がアルバム『ガーシュウイン・ワールド』をリリースした時だ。
「僕はエレクトリックの技術が大好きだ。一晩中でもシンセサイザーをいじっていたい。しかし、音楽表現では、アコースティックにはかなわない。水彩画も点描画も離れた場所から見たら絵画だけど、点描画を近くから見たら点の連続だからね」
そんな水彩画と点描画をハービーは器用に行き来する。ストレート・アヘッドのジャズからスタートし、エレクトリック・ファンクで一世を風靡し、映画音楽でも評価され、ミック・ジャガーのソロプロジェクトにも手を差しのべたハービーの、柔軟性ある演奏だ。
ウェインの演奏も色彩豊かだ。そこには理由がある。やはり1999年、ハリウッドにあった(その後フロリダに移った)自宅を訪ねると、壁一杯に映画のソフトが並んでいた。若い頃、彼は映像の仕事に就きたかったそうだ。
「でも、1960年代後半にシドニー・ポワチエが成功するまではアフリカ系アメリカ人にとって、映画の世界は狭き門だった。だから、僕は仲間がたくさんいる音楽の世界を選んだ。でも、その後も僕の映像への思いは強い。音楽で映像のような世界を表現したい。永遠に続くストーリーのような音楽をつくりたい」
ピアノやクラリネットも演奏していたウェインがサクソフォーンを手に取ったのも映像を意識してのことだったという。
「トランペット、ストリングス、木管楽器、肉声……のすべてを1つの楽器で表現するために、ベルギー人のアドルフ・サックスの手で作られたのがサクソフォーンだ。僕自身が主人公で演出家でプロデューサーの作品を音で作るためにはサクソフォーンが最適だった。この楽器で永遠に続くストーリーを奏でたいんだ」
ビルボードライブ東京でのウェインの演奏も映像的で、シンフォニーのようだった。そこに盟友のハービーが寄り添っていく。2人の演奏は、ジャズで、クラシックで、アヴァンギャルドだ。ただし、メロディらしいものがないので、曲名はなかなかわからない。ジャズに関する自分の知識のなさを呪った。しかし後日、ビルボードライブを通して確認すると。すべての曲が即興だとわかった。セットリストは「インプロビゼーション1」「インプロビゼーション2」……としてほしいと。その場の空気、温度、2人の呼吸によって生まれたあの時あの場所だけの音楽だったのだ。巨匠の領域になってなお、過去の作品をなぞることをせず、新しい音楽を追い求めているのである。
神舘和典(こうだて・かずのり)
1962年東京生まれ。『新書で入門 ジャズの鉄板50+α』(新潮新書)『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)など著書多数。『ゲーテ』(幻冬舎)『クロワッサン』(マガジンハウス)のレギュラーの音楽コラムも担当。
公演情報
BBL 8th Anniversary Premium Stage
ハービー・ハンコック&ウェイン・ショーター
ビルボードライブ東京
2015年9月5日(土)
開場18:30 開演20:00
関連商品