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2021/03/27

『ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ』ラナ・デル・レイ(Album Review)

 本作のカバー・アートを見て「どれがラナだろう?」と、目で追った方も多いのではないだろうか。タイプの違う11人の女性が、仲睦まじい様子でテーブルを囲んでいる50~60年代風のレトロな画。これには、昨年波紋を広げた「カルチャーに対する疑問」というメッセージの炎上騒動に対する反論的な意味合いが込められている。
 
 批判を受けたのは、ドージャ・キャットの「セイ・ソー feat.ニッキー・ミナージュ」と、メーガン・ザ・スタリオンの「サヴェージfeat.ビヨンセ」が米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”でワンツーフィニッシュを飾った際、彼女等やアリアナ・グランデ、カーディ・Bなどの名前を挙げて「セクシーな装いで性をアプローチした曲がヒットしてるけど、私も自分らしい表現に回帰したいと思う」とコメントしたこと。それが(なぜか)人種差別だと叩かれ、そういった意図はないと異人種たちが集う写真で否定した……といういきさつだが、全文を通せば異色人種に対するあてつけでないことは明らか。
 
 今年の1月には、ラジオ番組での発言を(またも)一部切り取られたものが報道され「トランプ支持者」だと勘違いを生み、再び炎上。大統領選の際もアンチから攻撃されるなど、本来の主旨とは違う捉え方をされ叩かれる報道を度々目にするが、悪意あるメディアやアンチに媚びず恐れず、常に自分の発言を真っ向から発信し続けるブレない姿勢には恐れ入る。それは、流行に操られない独自の音楽性しかり。
 
 2019年の晩夏にリリースした『ノーマン・ファッキング・ロックウェル!』は、翌2020年の【第62回グラミー賞】で<最優秀アルバム賞>にノミネートされ、【NMEアワーズ】では<最優秀アルバム・イン・ザ・ワールド>を受賞する大評価を受けた。そのプレッシャーもあっただろう。「前作ほどの完成度には至らない」と既に酷評しているメディアもある。“そっち”に受けるかで言えばそういった評価も致し方ないが、本作『ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ』が前作に劣るかというとそうではなく、あくまで著名評論家による趣味嗜好(であろう)と代弁したい。
 
 自身の信念や価値観、宗教論、政治的要素を取り入れ、過去と現在を行き来し、魅惑的で夢見心地なひとつのストーリーを愉しむことができる『ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ』。吟遊詩人的感覚はさらに磨かれ、ボーカルは乾きのある物憂げなファルセットで統一。ピアノやフォーク・ギターのナチュラル&ミニマルな演奏による心地良い空気感の賛美歌が、オープニングからラストまで奏でられる。
 
 前作に続き、共同プロデューサーにはジャック・アントノフを起用。その他、「ブレイキング・アップ・スローリー」でデュエットした米カリフォルニア出身の女性シンガー=ニキ・レーンと、かつてのジュエルを彷彿させる「ヨセミテ」を共作したリック・ノウェルズが参加している。リック・ノウェルズは、名盤『ボーン・トゥ・ダイ』(2012年)以降の作品でもお馴染みの名パートナーで、同曲でも高い評価を得ている。
 
 とはいえ、本作の中で最も高く評価されているのは、やはりタイトル曲の「ケムトレイルズ・オーヴァー・ザ・カントリー・クラブ」だろう。言葉の選抜力・センスは相変わらず抜群で、タイトルにコントレイル(Contrail)ではなくケムトレイルズ(Chemtrail) =有毒性をもつ意味合いの飛行機雲を使用するあたりは脱帽。ハチロクのテンポを刻む美しいメロディ・ラインもさることならが、情緒を詞的に描いた歌詞は確かに過去最高傑作というべくすばらしさ。本作で最も伝えたいことが詰まっている……ような気がする。
 
 前半に60年代型の真っ赤なコンバーチブル、白いドレスにレースのグローブ、富裕層が集うプールサイド、新緑、青い空に舞う飛行機雲、後半にトルネード、炎上する車、野生化する女性たちが登場するミュージック・ビデオもすばらしい作品。カバー・アートに起用された女子会の様子も、動画で観るとまた違った印象を受ける。女性らしさについてのマニフェストを歌った「レット・ミー・ラヴ・ユー・ライク・ア・ウーマン」のMVも、自主制作ながら曲調にフィットした美しい仕上がりの傑作。何をやっても、どんなショットでも様になる人だ。
 
 物悲しい旋律の「ホワイト・ドレス」、往年のスタイルに程近いドリーム・ポップ「タルサ・ジーザス・フリーク」、ウエスト・ハリウッドが目に浮かぶ3連バラード「ワイルド・アット・ハート」、自身に対する世間の評価を“木に花が咲かない”と独自の表現で歌った「ダーク・バット・ジャスト・ア・ゲーム」、ピアノ・バラードからバンド・スタイルへと移行する「ダンス・ティル・ウィー・ダイ」、ジョニ・ミッチェルのようなフォーキー・スタイルの「ノット・オール・フー・ワンダー・アー・ロスト」、彼女の「フォー・フリー」(1970年)をほぼアレンジせず録音したカバーなど、何れの曲も一点の曇りがない。彼女の美学や道徳に賛否はあるが、作品を通じればその印象も大きく変わるだろう。

Text: 本家 一成

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