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2021/02/22

『テラ・ファーマ』タッシュ・サルタナ(Album Review)

 オーストラリアはメルボルン出身。25歳とは思えない貫禄でリスナーを魅了し続ける女性シンガー・ソングライター/インストゥルメンタリスト。制作においてはプロデュースからアレンジ、楽器の演奏まで自身で熟すというマルチ・プレイヤーで、評論家や音楽マニアからの支持も厚い。
 
 ストリート・ミュージシャンとして活動していた様子がSNSで拡散されデビューに繋げたという、現代ならではの経緯もさることながら、4曲目のシングル「ノーション」が母国オーストラリアでプラチナ認定、次曲「ジャングル」がダブル・プラチナに輝き、両曲が収録されたデビューEP『ノーション』(2016年)もオーストラリア・アルバム・チャートでいきなり8位にTOP10入りするなど、シーンに登場してからのスピード出世には驚かされる。
 
 とはいえ彼女の場合、過大なプロモーションや話題性でブレイクしたわけではないことが、その実力をもって証明される。2018年にリリースしたデビュー・アルバム『フロー・ステイト』は、本国オーストラリアで2位、米ビルボード・ロック・アルバム・チャートでも5位を記録し、オーストラリアの【ARIAミュージック・アワード】では4部門にノミネートされるなど、輝かしい功績も残した。【コーチェラ2018】や【ロラパルーザ 2019】、日本では初来日となった【SUMMER SONIC 2019】など、ライブ・パフォーマンスも高く評価された正真正銘の“実力派アーティスト”といえる。
 
 本作『テラ・ファーマ』は、そのデビュー作から2年半ぶりとなる2作目のスタジオ・アルバム。全曲を自身が手掛け、共同制作者には同オーストラリアのシンガー・ソングライター=マット・コービーと、ニュージーランド出身のダン・ヒュームの2人が参加している。
 
 ホーンの旋律がジャズへのアプローチを強めた冒頭のインストゥルメンタル「ムスク」をはじめ、サイケやロックを中心としたデビュー作とは一線を画し、本作ではジャズやブルース、ソウルなど黒人音楽をナチュラルに取り入れたグルーヴがたのしめる。2曲目の「クロップ・サークルズ」も、トロンボーンのまろやかな音色が絡み合うサウンドが、ローファイ・ヒップホップに近い感覚をもたらしている。
 
 貪欲というテーマを掲げた2ndシングル「グリード」では、音楽業界においての嫌悪感や成功した後にまとわりつく厄介な人間関係について、ラップを絡めたボーカルでクールに“流し”た。ソングライティングやプレイヤーとしての実力はもちろん、タッシュ・サルタナはいちボーカリストとしても十二分な魅力に溢れている。カッティング・ギターが映える都会的なサウンドもセンス抜群。重奏するハーモニーに身を委ねたくなるミディアム「ビヨンド・ザ・パイン」は、前2曲から一呼吸置くためのリラックス効果としても最適。
 
 1stシングルの「プリティー・レディー」は、キャッチーなメロディーとスタイリッシュなギター・ワークをグルーヴ乗せた野性味溢れる曲で、ニュージーランドで8位にランクインするなどヒットを記録し、本作のプロモーションに貢献した。同曲のミュージック・ビデオは、ロックダウン中に撮影された家族や友人、世界中のファンによる投稿動画が連なっていて、当時の心境から“共に過ごしていることの重要性”を示した内容になっている。
 
 6曲目の「ドリーム・マイ・ライフ・アウェイ」は、オーストラリアのフォーク・シンガー=ジョシュ・キャッシュマンとのデュエットで、掴みどころのない独特の空気感と、両者の声色が調和する風通しの良いボーカル・ワークにしっとり浸ることができる。所々ブルースやジャスの要素も感じられ、トラックにおいてもジョシュ・キャッシュマンの良さを際立てた。高らかなホーンの音で幕開けする「ウィロー・ツリー」も、同オーストラリアのラッパー/シンガーのジェローム・ファーラーをフィーチャーしたデュエット・ソング。こちらも彼の特色を活かしたファンキーな傑作で、本作の中では最も黒さが滲み出ている。
 
 優しさと繊細さを持ち合わせたソフトなボーカルで、名声や社会への不満を歌う浮遊感あるメロウ「メイビー・ユーヴ・チェンジド」、ライブの一コマが目に浮かぶ、フォルクローレやカントリーのような懐かしいサウンド・プロダクションの「コマ」、アコギやビブラフォンの音色をバックに従えた生音重視のスムース&メロウ「ブレーム・イット・オン・ソサエティー」、タッシュのボーカルが上下左右自由に舞う清涼系の「スウィート&ダンディー」、 歌うというよりはつぶやくように誌をリーディングする、 ずっしり重たいベース&ドラムラインが響くミディアム「ヴァニラ・ハニー」と、いずれも黒さを備えた傑作が続く。
 
 同調のトーンが続き比較的印象の薄い曲ではあるが、「ビヨンド・ザ・パイン」のようなリラックス効果をもたらした「レット・ザ・ライト・イン」を挟み、ラストの「アイ・アム・フリー」でリスナーのテンションを最高潮にもっていくという構成力にも感服。オープニングのギター・リフ、天に昇っていくようなボーカル、イノセントに溢れたコーラスいずれも素晴らしく、歌詞と曲のイメージがこれほどまでに相まった完璧なエンディングに、満足感がより高まる。
 
 10代半ばの頃ドラッグにハマり、セラピーに通いながら中毒を克服したが、定職には就けずストリート・ミュージシャンとして生計を立てていたというタッシュ・サルタナ。日本ではなかなか理解され難い経歴ではあるが、こういった経験があったからこそ今がある、の典型といえるタイプで、曲の持ち味もそれらを経ての賜物といえなくもない。何かとクリーンが求められがちな窮屈な世の中で、彼女の生き様と音楽は聴き手の魂を揺さぶる。また凄いアーティストが出てきた。
 
Text: 本家 一成

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