2020/08/10
『ジャグド・リトル・ピル』のリリースから早25年も経過していたとは、当時の大フィーバーを知る我々リスナーのみならず、本人もさぞ驚きだろう。ジャンル区分できない独自の音楽性と、耳にこびりつく個性的なボーカルがインパクト絶大で、後のアーティストたちにも大きな影響を与えた。
昨年は、その『ジャグド・リトル・ピル』をベースにしたミュージカルが大好評を博し、今年は25周年を記念したツアーも開催される予定だったが、新型コロナウイルスの影響により延期とされ、多くのファンが肩を落としている。本作『サッチ・プリティ・フォークス・イン・ザ・ロード』も、当初は5月上旬にリリースされる予定だったが、諸々の事情を考慮して3か月押しでの発表となった。
本作は、2012年発売の8thアルバム『ハヴィック・アンド・ブライト・ライツ』から8年ぶり、通算9作目となるスタジオ・アルバムで、<Thirty Tigers>移籍後初のリリースとなる。前作からの期間があいてしまったことについては子育て等を理由にあげていて、リリースの延期については、アルバムのコンセプトと世情を照らし合わせ、タイミングを計っていたとのこと。
制作はおよそ3年ほど前からスタートさせ、リリースまでにいくつかステージで披露した曲もある。メイン・プロデューサーは、多くのヒット作に参加しているソングライター/プロデューサーのアレックス・ホープと、オーストラリア出身のプロデューサー/ミキシング・エンジニアのキャサリン・マークス。女性陣で固めたのも、コンセプトのひとつと取れなくもない。
オープニング曲は、今年2月にリリースした2曲目のシングル「Smiling」。もともとは前述のミュージカル用に作った曲だそうで、広がりのあるドラマティックな展開からしてもその路線ぽい。ジミー・ファロンの『ザ・トゥナイト・ショー』で披露した「Ablaze」は自身の子供たちに捧げた曲で、アウトロでは3人(息子・娘・息子)へ、それぞれメッセージが送られている。アーティスト活動を停滞しても優先した、アラニス流子育ての信念が伺える。
昨年の12月にリリースした1stシングル「Reasons I Drink」は、個々それぞれが抱える“依存”について取り上げた曲。彼女自身も依存には悩まされてきたようで、その経験があるからこその説得力がある。レトロなマイナー調のミディアム・ロックも、歌詞とフィットしていていい。
以降、「Diagnosis」~「Missing the Miracle」~「Losing the Plot」と3曲スロウ系が続く。心の“病み”をダイレクトに表現したり、年齢を重ね、経験を積み、母になったから語れる精神論が詰まっていたりと、いずれも解釈が難しい内容。中でも、産後鬱と不眠症をテーマにした「Losing the Plot」はずっしり重たい。他人の悩みで自分も落ち込んでしまうという、繊細さや優しさもアラニスの魅力。今回のアルバムはピアノをベースとして制作したとのことで、後半もバラード率が高い。
リリース直前に発表したリード曲「Reckoning」は、「Smiling」にも劣らない壮大さがあるミディアム・チューン。浮遊感のあるファルセット、ピアノ&ストリングスの伴奏、低音をきかせたギターいずれも絶妙なバランスで、本作の中でも特に存在感を放っている。次の「Sandbox Love」では爽やかなポップ・ロックに一転し、前4曲の重たさを解消してくれるが、歌っているのは理想のセックスと結構ヘヴィな内容だったりする。
次曲「Her」は、母になって感じたことを歌っているからか、旋律にもボーカルにもやさしいフィット感がある。中盤からテンポアップする二部構成の大作「Nemesis」~黒地の中に輝きを放つ、カバー・アートに直結した美しいバラード「Pedestal」で締め括り、アルバムは完結。これだけのブランクがありながら、構成や歌詞の奥深さといった曲のセンスもボーカルも全く衰えていない。
出世作があまりにヒットし過ぎると、後の作品を制作するにあたり過大なプレッシャーがのしかかり、スランプからの駄作になりがちだが、本作ではそういった雑念を払拭し解放されたような、そんな印象を受けた。それは年齢的なものや環境の変化もあると思うが、無理せず相応の作品を作れた、という感じ。年齢といえば、アラニスは先日46歳のバースデーを迎えたばかりだけど、25年経った今とあの頃のビフォーアフターが然程変わらないという、ビジュアルの維持にも感服。
Text: 本家 一成
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