2020/04/06
ボブ・ディランが先日公開した8年ぶりの新曲「Murder Most Foul」を、フォークシンガーの中川五郎が全訳。その解説とあわせて公開された。
新型コロナウイルスが世界で感染拡大するなか、ボブ・ディランは3月27日、「どうぞ安全に過ごされますように、油断することがありませんように、そして神があなたと共にありますように」との言葉を添え、約17分におよぶ同曲「最も卑劣な殺人(Murder Most Foul)」を発表。ディランが穏やかに訥々と物語を紡ぐ一大叙事詩を、中川五郎が翻訳し、注釈を添えた作品解題も公開された。
◎「最も卑劣な殺人(Murder Most Foul)」歌詞翻訳
1963年11月、ダラスでの忌まわしい日
とんでもなくひどいことが起こった日として永遠に語り継がれる
大活躍で人気絶頂のケネディ大統領
絶好調の日は死ぬのにももってこいの日
生贄の子羊のように屠りの場へと引きづり出される
彼は言った、「ちょっと待っておくれ、みんな、わたしが誰だかわかっているのか?」
「もちろんわかっているよ、あんたが誰だかみんなわかっている!」
そして彼らはまだ車に乗っていた彼の頭を銃弾で撃ち抜いた
白昼堂々一匹の犬のように撃ち殺した
重要なのはタイミング、そしてまさに絶好のタイミングだった
あなたは借りを返していないから、わたしたちは取り立てに来たのだ
わたしたちは憎しみを抱いてあなたを殺すことだろう、敬意のかけらもなく
わたしたちはあなたを嘲り、あなたにショックを与え、あなたの目の前に突きつけることだろう
あなたの代わりになる者はわたしたちの中ですでに決まっていたんだ
彼らが王様の頭をぶち抜いたその日に
とんでもなく多くの人たちが見守っていたが、誰一人として何も見えていなかった
あまりにもあっという間の出来事、不意を突かれた一瞬の出来事
あらゆる人たちの目の前で
太陽の下で行われた史上最高の魔法の芸当
巧みなやり口での完璧な処刑
ウルフマン、ああ、ウルフマン、ああ、ウルフマンが吠える
ドンドコドン、卑劣なことこの上ない殺人だ
静かに、幼い子供たち、そのうちわかるから
ビートルズがやって来る、「抱きしめたい」って彼らがあなたの手を取るよ
階段の手すりを滑り降りて、コートをひっ掴むんだ
「マージー河のフェリーボート」に乗って、みんなを虜にしてしまう
三人の浮浪者たちがやって来るよ、みんなボロボロの服を着ている
後始末をして、旗を降ろして降伏して
わたしはウッドストックに行くところ、アクエリアス(水瓶座)の時代なんだ
それからわたしはオルタモントまで足を延ばして、ステージのすぐ近くに座り込むんだ
窓から顔を出して、いい時代よこのままいつまでも
グラッシー・ノールの裏でパーティが開かれている
煉瓦を積んで、セメントを流し込め
ダラスがあなたを愛していないなんて言わないで、大統領殿
タンクの中に足を踏み入れてアクセルを思いきり踏むんだ
三重の立体交差のいちばん下の道まで何とか行ってみるんだ
顔を黒く塗った歌い手、顔を白く塗った道化師
日が沈んでからは顔を出さない方がいいよ
赤線地帯ではおまわりが巡回している
エルム・ストリートの悪夢の中で暮らしている
ディープ・エラムに行くのなら、持ち金は靴の中に隠すんだ
国が自分に何をしてくれるかなんて聞くもんじゃない
樽の鏡板の上には現ナマ、すっかり使い果たしてしまう金
ディーレイ・プラザ、左手に曲がる
わたしは十字路に向かっている、旗を掲げて進んで行こう
信頼と希望と慈悲とが死に絶えた場所へと
男がまだ逃げているうちに撃ち殺すんだ、さあ、やれるうちにあいつを撃ち殺すんだ
目に見えない人間を撃ち殺せるかどうか確かめてみるがいい
グッバイ、チャーリー! グッバイ、アンクル・サム!
正直な話、ミス・スカーレットなんて、わたしはどうでもいいんだ
いったい何が真実で、それはどこに消え去ってしまったんだ?
オズワルドとルビーに聞くがいい、彼らは知っているはず
「黙ってろ」、そう言ったのは謹厳実直そうなのに世慣れてずる賢い年寄り
仕事は仕事、そしてそれは卑劣なことこの上ない殺人
トミー、わたしの声が聞こえる? わたしはアシッド・クィーン
わたしはリンカーンの黒いストレッチ・リムジンに乗っている
後ろの座席に妻と並んで座っている
あの世に向かってまっしぐら
わたしは左の方へと身を傾け、妻の膝の上に頭を載せている
待てよ、わたしはちょっとした計略にかけられていたんだ
その中でわたしたちは命乞いをすることなどなく、誰の命を助けることもない
わたしたちは通りを進んで行く、あなたが暮らしている場所から続いている通り
彼らは彼のからだを切断し、彼の脳みそを取り出した
それ以上どんなひどいことができるというのか? 痛み苦しむその場所に彼らは杭を打ち込んだ
しかし彼の魂はそれが宿っているはずの場所にはもうなかった
というのもそれまでの50年間、彼らはずっとその魂を探し求め続けていたのだから
自由よ、ああ、自由よ、わたしのもとへ
こんなことは言いたくないけど、ねえ、死んだ者だけが自由になれるんだよ
少しは愛しておくれよ、そして嘘はつかないで
銃をどぶに捨てて歩いて行け
起きろよ、可愛いスージー、ドライブに出かけよう
トリニティ・リバーを渡って、希望は絶やさないようにしよう
ラジオをつけよう、ダイアルを触っちゃだめだよ
パークランド病院まで、あとたった6マイル
きみのせいでくらくらしちゃうよ、ミス・リジー、きみに鉛の銃弾を撃ち込まれ
きみのあの魔法の弾丸でわたしはメロメロになってしまった
わたしはパッツィ・クラインみたいに騙されやすい人間
前からも後ろからも誰か人を撃ったことなど一度もない
目の中も、耳の中も血まみれで
わたしはニュー・フロンティアまでたどり着けそうもない
昨日の夜見たザプルーダーが撮影した8ミリのフィルム
わたしは33回、もしかしてそれ以上見たんだ
下劣で欺瞞に満ちて、血も涙もなくて卑しい
人がこれまでに見ることができた中で最も醜悪な代物
彼らは彼を一度殺し、それからもう一度殺したんだ
いけにえの人間のように彼を殺したんだ
彼らがあの人物を殺したその日、誰かがわたしに言った、
「なあ、若いの、反キリスト者たちの時代は今まさに始まったばかり」
アメリカ大統領専用機がゲートの向こうからやって来た
2時38分にジョンソンが宣誓して就任した
タオルを投げ入れて負けを認める覚悟があなたにできたら教えておくれ
すべては見てのとおり、そして卑劣なことこの上ない殺人なんだ
何かいいことないか子猫チャン? わたしは何て言ったのかな?
国家の魂が引き裂かれたとわたしは言ったんだ
そして腐敗と衰退へとゆっくりと向かい始めたと
そして最後の審判の日から36時間が過ぎてしまったと
ウルフマン・ジャック、彼は恍惚としてわけのわからないことを口走っている
声を限りにいつまでも喋り続けている
わたしのために曲をかけておくれよ、ミスター・ウルフマン・ジャック
ストレッチのキャディラックに乗っているわたしのためにかけておくれ
あの「早死にするのは善人だけ」をかけておくれ
トム・ドゥリーが絞首刑になった場所へとわたしを連れて行っておくれ
「セント・ジェームス病院」をかけておくれ そしてジェイムス王の宮廷
忘れないでいたいのなら、名前を書き留めておく方がいいよ
エタ・ジェイムズもかけておくれ、「目が見えなくなった方がいいわ」をかけておくれ
テレパシーのある男のためにかけておくれ
ジョン・リー・フッカーをかけておくれ、「背中を掻いて」をかけておくれ
ジャックという名前のストリップ・クラブのオーナーのためにその曲をかけておくれ
ギター・スリムはのんびりやっている
わたしのためにかけておくれ マリリン・モンローのために
「どうか誤解されたりしませんように」をかけておくれ
アメリカの大統領夫人のためにその曲をかけておくれ、彼女はとても落ち込んでいるんだ
ドン・ヘンリーをかけておくれ、グレン・フライをかけておくれ
ギリギリまで行って、うっちゃってしまおう
カール・ウィルソンのためにもその曲をかけておくれ
うんと遠くまで目をやる、ガウアー・アヴェニューのうんと先まで
悲劇を演じておくれ、「黄昏どき」をかけておくれ
タルサまでわたしを連れ戻しておくれ、あの犯行現場まで
ほかの曲をかけておくれ、「道づれにされて死ぬやつ」を
「荒削りの十字架」と「われらは神を信ずる」をかけておくれ
ピンクの馬にまたがってあの長くて孤独な旅路を進み行くんだ
そこに立って彼の頭が吹き飛ぶのを待つんだ
謎の男のために「ミステリー・トレイン」をかけておくれ
根っこのない木のように倒れて死んでしまった男
その曲を聖職者のためにかけておくれ、その曲を牧師のためにかけておくれ
その曲を飼い主のいない犬のためにかけておくれ
オスカー・ピーターソンをかけておくれ、スタン・ゲッツをかけておくれ
「ブルー・スカイ」をかけておくれ、ディッキー・ベッツをかけておくれ
アート・ペッパーを、セロニアス・モンクをかけておくれ
チャーリー・パーカーとありとあらゆるくだらないものを
ありとあらゆるくだらないものと「ありとあらゆるとびきりのジャズ」を
アルカトラズの鳥男のために何かやっておくれ
バスター・キートンを上映しておくれ、ハロルド・ロイドを上映しておくれ
ギャングのバグシー・シーゲルを演じておくれ、プリティ・ボーイ・フロイドを演じておくれ
数当て賭博をやっておくれ、賭けをしておくれ
神々の主のために「クライ・ミー・ア・リバー」をかけておくれ
第九をかけておくれ、第六番をかけておくれ
リンジーとスティーヴィー・ニックスのためにその曲をかけておくれ
ナット・キング・コールをかけておくれ、「ネイチャー・ボーイ」をかけておくれ
テリー・マロイのために「ダウン・イン・ザ・ブーンドックス」をかけておくれ
「或る夜の出来事」をやって「ワン・ナイト・オブ・シン」をかけておくれ
1200万人の人たちが耳を傾けている
「ベニスの商人」をやっておくれ、「死の商人」をやっておくれ
レディ・マクベスのために「星影のステラ」をかけておくれ
心配しなくてもいいですよ、大統領殿、救いの手はもうすぐそこまで
あなたの兄弟がやって来る、これから大変なことになるんだ
兄弟? どんな兄弟が? どんな大変なことに?
彼らに言ってやるがいい、「わたしたちは待っている、どんどん近づいて来い」、わたしたちは彼らも同じようにやっつけてやる
ラブ・フィールドは彼の飛行機が着陸したダラスの飛行場の名前
でもその飛行機が再び離陸することはなかった
引き継ぐのが大変な仕事だった、誰にも劣ってはならない
彼らは日が出づる祭壇の上で彼を殺したのだ
わたしのために「ミスティ」をかけておくれ、そして「ザット・オールド・デヴィル・ムーン」も
「エニイシング・ゴーズ」と「メンフィス・イン・ジューン」をかけておくれ
「ロンリー・アット・ザ・トップ」と「ロンリー・アー・ザ・ブレイブ」をかけておくれ
自分の墓のまわりをくるくる回っているフーディーニのためにその曲をかけておくれ
ジェリー・ロール・モートンをかけておくれ、「ルシール」をかけておくれ
「ディープ・イン・ドリーム」をかけておくれ、そして「ドライヴィング・ウィール」をかけておくれ
「月光ソナタ」をFシャープでやっておくれ
そしてハープの王様のために「ア・キー・トゥ・ザ・ハイウェイ」を
「ジョージア行進曲」と「ダンバートンズ・ドラムス」をやっておくれ
闇と戯れれば、やがてしかるべくして死が訪れる
偉大なるバッド・パウウェルの「ラブ・ミー・オア・リーブ・ミー」をかけておくれ
「血まみれの旗」をかけておくれ、「この上なく卑劣な殺人」をかけておくれ
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▼注釈・I Wanna Hold Your Hand/抱きしめたい…ジョン・レノン、ポール・マッカトニー作詞作曲のザ・ビートルズの1963年の曲。
・Ferry Cross The Mersey/マージー河のフェリーボート…ジェリー&ザ・ペイスメイカーズ(Gerry & The Pacemakers)の1964年の曲。ジェリー・マースデンの作詞作曲。
・Pickin’ Up The Pieces…ポコ(Poco)の1969年のアルバム・タイトルでそこに収録されているリッチー・フューレィの曲名でもある。
・Aquarius…フィフス・ディメンション(5th Dimension)の1969年の曲。作詞作曲はジェームス・ラド、ジェローム・ラグニ、ガルト・マクダーモット。
・Let The Good Times Roll…ルイ・ジョーダンの1946年の曲。作詞作曲はサム・シアード。
・Grassy Knoll…ダラスのDealey Plazaにあるこの名前の小山からケネディ大統領の狙撃が行われたという説がある。
・Elm Street…Grassy Knollのある通りの名前。
・A Nightmare on Elm Street/エルム街の悪夢…1984年のアメリカ映画。映画はオハイオにある架空のエルム・ストリートが舞台になっている。
・Deep Ellum…ダラスの繁華街。エルム・ストリートにも繋がっている。
・Dealey Plaza…ケネディ大統領が狙撃された場所にある公園で今はケネディ大統領のメモリアル・プラザにもなっている。
・Tommy…ザ・フーの1969年のロック・オペラ。「The Acid Queen」はその中の曲。ピート・タウンゼント作詞作曲。
・Oh, Freedom…もともとはアメリカの黒人のスピリチュアル・ソングだが1960年代の公民権運動の中でオデッタやジョーン・バエズ、ピート・シーガーなどに歌われてよく知られる曲になった。
・Send Me Some Lovin’/愛しておくれ…リトル・リチャードの1957年の曲。作詞作曲はジョン・マラスカルコとレオ・プライス。
・Wake Up Little Susie/起きろよスージー…エヴァリー・ブラザーズの1957年の曲。作詞作曲はフェリス&ブーデロウ・ブライアント。
・Trinity River…ダラス市内を流れる川。
・Parkland Hospital…ダラスにある病院で狙撃されたケネディ大統領がここに運び込まれ死亡が確認された。
・Dizzy Miss Lizzy…ラリー・ウィリアムスが作詞作曲した1958年の曲。1965年にビートルズがカバーしてよく知られるようになった。
・Zapruder’s film…会社経営者エイブラハム・ザプルーダーがカラーで撮影した8ミリのフィルムでケネディ大統領暗殺の瞬間が撮影されていた。
・What’s New Pussy Cats/何かいいことないか子猫チャン…1965年の同名映画の主題歌でトム・ジョーンズが歌った。作詞作曲はハル・デヴィッドとバート・バカラック。
・What’d I Say?/ホワッド・アイ・セイ?…レイ・チャールズが作詞作曲して歌った1959年の曲。
・Only The Good Die Young/若死にするのは善人だけ…ビリー・ジョエルが作詞作曲して歌った1977年の曲。
・Tom Dooley…1958年にキングストン・トリオが歌ってヒットしたフォーク・ソング。冤罪で絞首刑になったトム・ドゥーラのことを歌った曲。
・St. James Infirmary/セント・ジェームス病院…1928年にルイ・アームストロングがレコーディングしたバージョンがよく知られているブルース曲。
・I’d Rather Go Blind…エタ・ジェイムズの1967年の曲。作者のクレジットは、エリントン・ジョーダン、ビリー・フォスター、エタ・ジェイムズの三人。
・Scratch My Back…1965年にスリム・ハーポが書いて歌った「Baby Scratch My Back」のことか?
・Please Don’t Let Me Be Misunderstood/悲しき願い…ニーナ・シモンやアニマルズが歌って有名になった1964年の曲。ベニー・ベンジャミン、グロリア・コールドウェル、ソル・マーカスが作詞・作曲。
・Take It To The Limit…イーグルスの1975年の曲。作詞作曲はメンバーのドン・ヘンリー、グレン・フライ、ランディ・マイズナーの三人。
・Look Away Down Gower Avenue…ウォーレン・ジヴォンの1976年の曲「Desperados Under The Eaves」のコーラスの歌詞で、ビーチ・ボーイズのカール・ウィルソンがコーラスに参加して歌っている。
・Twilight Time…バック・ラムが歌詞を書きザ・スリー・サンズ(The Three Suns)の三人、モーティ・ネヴィンズ、アル・ネヴィンズ、アーティ・ダンが作曲したザ・スリー・サンズの1958年の曲。ムーディ・ブルースが1967年に発表したレイ・トーマス作詞作曲の同名曲もある。
・Take Me Back To Tulsa…ボブ・ウィルス&ザ・テキサス・プレイボーイズが1941年にレコーディングした曲。民謡にボブ・ウィルスとトミー・ダンカンが手を加えたウェスタン・スウィングの代表曲。
・Another One Bites The Dust/地獄へ道づれ…クイーンの1980年の曲。作詞作曲はジョン・ディーコン。
・The Old Rugged Cross…1912年に伝道師のジョージ・ベナードによって書かれた賛美歌。
・In God We Trust…アメリカ合衆国の公式な標語で、紙幣や硬貨にも記されているが、クリスチャン・メタル・バンド、ストライパーは1988年にこのタイトルの曲を作っている。
・Mystery Train…1953年にブルースマンのジュニア・パーカーが作って歌った曲。エルヴィス・プレスリーが1955年に取り上げ、ロカビリーの有名な曲となった。
・Blue Sky…1972年のオールマン・ブラザーズ・バンドの曲。作詞作曲はディッキー・ベイツ。
・All That Jazz…1975年のミュージカル『シカゴ』で歌われた曲。フレッド・エブ作詞、ジョン・カンダー作曲。1979年にボブ・フォッシーがこの曲にインスパイアされて同名のミュージカル映画を作った。
・Birdman of Alcatraz…アルカトラズ連邦刑務所の終身犯で鳥類学と取り組み「アルカトラズの鳥男」と呼ばれたロバート・フランクリン・ストラウドのこと。1962年にはバート・ランカスターの主演で彼の生涯が描かれた『終身犯/Birdman of Alcatraz』という映画も作られた。
・Cry Me A River…アーサー・ハミルトンが1953年に作詞作曲した歌。1955年にジュリー・ロンドンが歌ってよく知られるようになった。
・Number nine, Number six…それぞれベートーヴェンの交響曲第九番、第六番と解釈した。
・Nature Boy…ナット・キング・コールが1948年にレコーディングした曲。前年1947年にエイデン・アーベッツによって書かれた。
・Down In The Boondocks…ジーン・ピットニーの「24 Hours from Tulsa」をもとにしてジョー・サウスが1965年に書いた曲で、ビリー・ジョー・ローヤルが歌ってヒットした。
・Terry Malloy…1954年のエリア・カザン監督の映画『波止場/On The Waterfront』でマーロン・ブランドが演じた主人公の名前。
・It Happened One Night/或る夜の出来事…1934年のアメリカ映画。フランク・キャプラ監督。クラーク・ゲーブル、クローデット・コルベール主演。
・One Night of Sin…エルヴィス・プレスリーが1957年にレコーディングした曲。デイヴ・バーソロミュー、パール・キング、アニタ・スタインマンが書いた。1989年にジョー・コッカーがカバーし、アルバム・タイトルにもしている。
・Stella By Starlight/星影のステラ…ヴィクター・ヤングが1944年の映画『呪いの家/The Uninvited』のために作ったジャズのスタンダード・ナンバー。46年にネッド・ワシントンが歌詞をつけた。
・Misty/ミスティ…ジャズ・ピアニストのエロル・ガーナーが1954年に作曲したバラードで、ジョニー・バークが歌詞をつけ、1959年ジョニー・マチスの歌でヒットした。
・Old Devil Moon…1947年のミュージカル『フィニアンの虹/Finian’s Rainbow』のためにバートン・レインとイップ・ハーバーグが書いた曲。Anything Goes…1934年の同名のミュージカルのためにコール・ポーターが書いた曲。
・Memphis In June…ホーギー・カーマイケルの1945年の曲。作詞はポール・フランクリン・ウェブスター。
・Lonely At the Top…ランディ・ニューマンが1972年に、ミック・ジャガーが1985年に(キース・リチャーズとの共作)、ジョン・ボン・ジョヴィが1995年に(リッチー・サンボラとの共作)、それぞれのこのタイトルの曲を書いて歌っている。
・Lonely Are The Brave/脱獄…デヴッド・ミラー監督、カーク・ダグラス主演の1962年のアメリカの西部劇映画。
・Lucille/ルシール…リトル・リチャードが1957年にレコーディングしたロックン・ロールの定番曲。
・Deep In a Dream…フランク・シナトラが1955年にレコーディングした曲。エディ・デランジェ作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼン作曲。
・Driving Wheel…ルーズヴェルト・サイクスが1936年にレコーディングしたブルース。カナダのシンガー・ソングライター、デヴィッド・ウィフェンが1970年頃に作った同名曲もある。
・Moonlight Sonata/月光…ベートーヴェンのピアノソナタ第14番。
・A Key To the Highway…ブルースのスタンダード曲。ブルース・ピアニストのチャールズ・シーガーが1940年に最初にレコーディングしたとされ、その後ビッグ・ビル・ブルーンジー、リトル・ウォルター、エリック・クラプトンなどに取り上げられている。
・Marching Through Georgia/ジョージア行進曲…1865年、南北戦争末期にヘンリー・クレイ・ワークが作った行進曲。
・Dumbarton’s Drums…18世紀初めのスコットランドのダンス・チューン、もしくはロイヤル・スコットランド兵連隊の行進曲。
・Love Me Or Leave Me…1928年にガス・カーン作詞、ウォルター・ドナルドソン作曲で作られた曲でブロードウェイの芝居の『Whoopee!』で披露された。
・The Blood-stained Banner…南北戦争時、アメリカ南部諸州のアメリカ連合国が1865年3月4日に制定した三番目の国旗の名前。ここではジョン・R・クレメンツが19世紀の終わりに作った賛美歌のことか。
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◎中川五郎による作品解題
2020年は世界が大きく変わるとんでもない年になるとぼくは考えている。昨年暮れに発見された新型コロナウイルスがアジア、中東、ヨーロッパ、オセアニア、アメリカ、中南米、アフリカと世界に広がっていて、その感染はとどまるところを知らないからだ。ボブ・ディランの国、アメリカはすでに大変な状況になっているし、どこか対岸の火事を決め込んでいたようなところがあった日本も3月中頃あたりからとんでもなく深刻な状況になっている。学校が休校になり、人々は不要不急の外出を控え、密に集まることを避け、飲食店が休業したり、コンサートやライブやイベントの中止が相次いでいる。
4月にはボブ・ディランが来日して、東京と大阪の大きなライブハウスで14回、そして大きなホールでの追加公演1回の計15回、ライブをすることになっていて、こんな状況の中ほんとうにディランは来日できるのだろうかと早くからぼくは不安に襲われていた。そして3月半ばにやはり中止が決定されてしまった。
そんな中、3月の終わりにインターネットを通じて世界に公開されたのが、演奏時間が17分に及ぶこの「Murder Most Foul」だ。ディランのオリジナル曲としては2012年のアルバム『テンペスト』に収録されていたもの以来8年ぶりとなり、2016年秋にノーベル文学賞を受賞してからは、もちろん初めて発表されるオリジナル曲となる。「以前に録音した曲」とだけディランはコメントしていて、いつ作られたものなのか、いつ録音されたものなのかはよくわからない。
新曲の公開には、「どうぞ安全に過ごされますように、油断する事がありませんように、そして神があなたと共にありますように」というディランのメッセージも添えられている。新型コロナウイルス感染症が世界で拡大する中、そのウイルスと向き合い、闘う人たちすべて、人との交わりを避け、自宅にこもり、感染拡大を阻止しようとしている人たちすべてに対して、彼からのエールとして、共感のしるしとして、みんなが興味を持ってくれるようなこの未発表曲を公開したことは明らかだ。
そしてこの「Murder Most Foul」は、今から57年前、1963年11月22日にテキサス州ダラスで起こった第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディの暗殺事件のことが歌われている。歌の中には暗殺現場となったダラスの場所の名前や大統領が運び込まれた病院の名前、狙撃犯人と言われたリー・ハーヴェイ・オズワルド、そのオズワルドを銃撃したジャック・ルビーの名前、暗殺の瞬間を記録しているザプルーダー・フィルムなどが歌いこまれている。それと同時に当時のヒット・ソングや、少し前のジャズやブルース、ロカビリーやロックン・ロール、スタンダード・ナンバーやクラシック、それらのいろんな曲をかけておくれ、やっておくれと曲名やミュージシャン名が次々と歌われ、古い映画や芝居の名前も登場している。
しかし曲全体を聞くと、ディランが57年前の大統領暗殺事件を振り返って、懐古に浸っていたり、事件を単に記録にとどめようとしているのではないことは明らかだ。「この上なく卑劣な殺人」を歌い語ることで、ボブ・ディランはそれから半世紀以上のアメリカの姿を、世界の姿を、2020年のアメリカを、そこに生きる人々の心の中を、今の世界をあぶり出そうとしていることがよくわかる。
日本語のいいところであり難しいところとして、英語の一人称や二人称、三人称に当てはめる言葉がたくさんあることが挙げられる。憎まれていたり殺される人間は普通は「おまえ」呼ばわりされ、憎しみを抱いていたり殺したりする側の人間はどうしても「俺」が使われがちだが、この曲でぼくは敢えて「I」や「You」は、「わたし」と「あなた」で統一することにした。それで混乱させられたり、わかりづらくなっているところがあるかもしれないが、ディランの歌を聞きながら対訳を読んでいただければ、わたしが誰であなたが誰なのか、わたしたちが誰であなたたちが誰なのか、それぞれに受け止めてもらえるのではないかとぼくは思っている。
2020年4月に
中川五郎
https://youtu.be/3NbQkyvbw18
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