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2019/12/16

『ファイン・ライン』ハリー・スタイルズ(Album Review)

 あくまで個人的主観だが、ワン・ダイレクション(1D)の中でソロ活動が最も成功したアーティストは、ハリー・スタイルズだと思う。デビュー曲「ピロウトーク」が全米1位をマークしたゼインに目がいきがちだが、それ以降は大きな成功もなく、諸々迷走しているようにも見える。一方、ハリーやナイル・ホーランは、ブームに流されず独自の音楽性を貫いてるのがいい。70年代風ロッカ・バラードにチャレンジしたデビュー曲「サイン・オブ・ザ・タイムズ」(全米4位 / 全英1位)も、1Dのカラーとは一線を画す傑作だった。

 その「サイン・オブ・ザ・タイムズ」が収録されたソロ・デビューアルバム『ハリー・スタイルズ』(2017年5月)は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”でNo.1デビューを果たし、その他イギリスやカナダ、オーストラリア等の主要各国でも1位を記録。ローリング・ストーン誌やメタクリティックで高評価を得たのも納得の出来栄えだった。本作『ファイン・ライン』は、それに続く約2年半ぶり、2作目となるソロ・アルバム。「ロックを基とする」という意味で大きな路線変更はないが、2年の期間を経た成熟さは十分伺える。

 10月に発表した「ライツ・アップ」は、UKチャート3位、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”でも17位まで上昇するスマッシュ・ヒットを記録。“セクシー”とは若干ニュアンスが違う、ドラッギーなミュージック・ビデオも好評のようで、開始2か月で4,000万再生を超えた。どこかノスタルジックなメロディと、サイケデリックなサウンドが、ハリーのキャラ・声質にぴったりハマり、アルバムの期待値を上げる先行シングルとしての大きな役割を果たしている。自身の心理メカニズムを自覚、もしくは改善すべく綴られた歌詞は、20代半ばならではの迷いがチラホラ。

 「ライツ・アップ」のソングライターには、「サイン・オブ・ザ・タイムズ」も手掛けたタイラー・ジョンソンと、ハリーの他にはショーン・メンデスやイヤーズ&イヤーズ等も担当してきたキッド・ハープーンがクレジットされている。その他の楽曲も、ハリー含むこの3者をメインとして制作された。

 2ndシングルの「ウォーターメロン・シュガー」は、レトロな英国産インディー・ロック。完成までに1年ほど掛かったという難作で、真っ赤なパンツスーツを纏って登場した『サタデー・ナイト・ライブ』でのパフォーマンスも、そのヘンのアイドル歌手とは到底思えない気合十分の表情をみせた。曲間で鳴らすホーンの音が、70'sファンクっぽくてカッコイイ。この曲は、前作からシングル・カットされた「キウイ」の続編的な意味合いもあるという。

 アルバムのリリース直前に公開された「アドア・ユー」は、透き通ったコーラスと色気を醸したメイン・ボーカルが相性良く重なった、マイナー調の哀愁系メロウ・ファンク。デイヴ・マイヤーズが監督を務めたミュージック・ビデオは、スコットランドの漁村セント・アブスで撮影されたもので、海岸で拾った小さな魚が巨大化し、海に返してあげるというユーモアあふれる内容に仕上がっている。曲のイメージにはそぐわないが、ハリーの熱演(?)とコンセプトは面白い。

 アルバムの中でも最高傑作と豪語したいのが、オープニングの「ゴールデン」。疾走感あるニューウェイヴ・テイストのエイティーズ・ロックで、楽しんで取り組んだであろうレコーディングの様子や、ライブでの盛り上がりが音だけで伝わってくる。本人も「お気に入りの一曲」として挙げていて、デモの時点でアルバムの1曲目に収録すると決めていたそう。80年代のビニール盤まんまのカバー・アートは、この曲をモチーフにしたのでは?

 5曲目の「チェリー」は、「ゴールデン」とは対照の、アコースティック・ギターで弾き語るオーガニック系のメロウ・ソング。甘ったるいだけのボーカルとはまた違う、諭すような表現力と、何よりメロディの良さが同曲のウリで、シングル・カットするにはインパクトに欠けるが、“アルバムの隠れた名曲”といえる。ちなみに、終盤に登場する音声は、昨年夏に破局したモデルのカミーユ・ロウのもの。この曲自体、彼女との交際について書かれたものだと思われる。同曲には、米メキシコ州出身の敏腕プロデューサー=ジェフ・バスカーもソングライターとして参加した。一方、次曲「フォーリング」はピアノによるバラードで、色恋沙汰というよりは、悟りの境地みたいなことを歌っている。

 驚かされたのは、6分超えの大作「シー」。シャッフルやロッカ・バラードに近い3連ロックで、地声とファルセットを交えたサビのボーカルは、故デヴィッド・ボウイや故プリンスにも負けず劣らずのクオリティだ。後半の2分強は、ボーカルなしのギターによるソロ・パートと、ピアノの切ない旋律によるインタールードで構成されている。ピンク・フロイドあたりにインスパイアされたか。

 「トゥ・ビー・ソー・ロンリー」は、ウクレレのイントロで始まるワールド・ミュージック風のチルアウト・ソング。ジャック・ジョンソンの類に近いといえば近い。お馴染み、グレッグ・カースティンが参加した「サンフラワー、VOL.6」も、テンポのユルいレゲエ・ソングで、どちらの曲も若いのに何でも熟す人だなぁ……と感心してしまう説得力があり、不自然な仕上がりを醸さないのが凄い。“ローレル・キャニオン”をイメージしたであろう「キャニオン・ムーン」も、フォークやカントリーの要素をうまくブレンドした、オーガニックな仕上がりになっている。

 ゴスペルっぽいコーラスではじまる「トリート・ピープル・ウィズ・カインドネス」は、米カリフォルニアの女性シンガーソングライター=イルジー・ジューバーが制作陣に加わった、モータウン調のポップ・ソング。タイトルの“TREAT PEOPLE WITH KINDNESS”は、前作のツアーで販売されていたTシャツやバッグ等のグッズ商品にプリントされた、いわばハリーのスローガンになっているもの。映画のエンディングをイメージさせる、いかにも最終曲的役割の壮大なバラード「ファイン・ライン」は、マーチング・バンドのバスドラムやホーンが登場する、後半こそ聴きどころ。最後までじっくりとお楽しみを……。

 1D時代も歌唱力やダンスに定評はあったが、ソロになってからはアイドル性よりアーティスト性を重視した作品を作り続けているハリー。商業的な成功はまた別の話として、本作『ファイン・ライン』は1stアルバム以上の成果を残したといえるだろう。“とりあえずソロでも売っとこう”みたいなヤッツケ感もない。このまま突っ走るも良し、次作ではまた方向転換してみるのも良し。今後の活動にも目が離せない。


Text: 本家 一成

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