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2019/08/02

『ザ・ビッグ・デイ』チャンス・ザ・ラッパー(Album Review)

 日本では【第59回グラミー賞】で<最優秀新人賞>を受賞したことが大きく取り上げられ、その名を轟かせた米イリノイ州シカゴ出身のヒップホップ・アーティスト=チャンス・ザ・ラッパー。とはいえ、アジア圏での知名度はお世辞にも高いとはいえず、名前を聞いただけでヒット曲が口ずさめるようなアーティストとは程遠い。

 にもかかわらず、ラップ・ファンからこれほど支持されているのは、唯一無二・類稀なる才能を持ち合わせているから、だろう。また、レーベルと契約せず、パッケージ販売やダウンロード配信しないという独自のスタイルも、キャリアの成功に繋げた要因といえる。2016年リリースのミックステープ『カラーリング・ブック』は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で最高8位をマーク。ストリーミングのみでのリリース作品における初のランクインを果たし、メディアにも大きく取り上げられた。

 そういったコンセプトを覆し、過去の作品を遂にアナログ盤でリリースしたチャンス・ザ・ラッパー。高評価を獲得した初のミックステープ『10デイ』(2012年)~『アシッド・ラップ』(2013年)、そして前述の『カラーリング・ブック』の3枚がそれぞれ色違いで発売され、売上も好調とのこと。それらと同時にリリースされたのが、実質上のデビュー・アルバムとなる本作『ザ・ビッグ・デイ』。透明なディスクを手のひらに添えるカバー・アートからも、パッケージ・リリースへの意欲(というべきか?)がみられる。

 アルバムは、同じく米シカゴ出身のR&Bシンガー、ジョン・レジェンドのボーカルをフィーチャーした「All Day Long」から始まる。盟友ニコ・シーガルもソングライターとして参加した同曲は、オープニングを飾るに相応しい艶やかなアップチューン。ボーカルとラップを絶妙に使い分ける、チャンスの巧みなボーカル・ワークも聴きどころ。オルタナ・ロックバンドのデス・キャブ・フォー・キューティーをゲストに招いた次曲「Do You Remember」では一転、レトロ・ソウルのようなリラックスしたムードが漂う。

 デス・キャブ・フォー・キューティーもそうだが、本作には畑違いのアーティストも複数、起用されている。 最注目されているのは、カミラ・カベロとのデュエット曲「Señorita」が大ヒット中のイケメン・ポップ・シンガー、ショーン・メンデスを招いた「Ballin Flossin」だろう。アップからメロウまで何でも熟すショーンだが、同曲ではブランディーの大ヒットナンバー「I Wanna Be Down」(1994年)をサンプリングした、90年代初頭にフロアを賑わせたハウス・トラックに挑戦している。

 ジャンル区分し難いメッセージ・ソング「5 Year Plan」には、今や“映画の”で知られるベテラン・シンガーソングライターのランディ・ニューマンが、タイトル曲「The Big Day」には、前作『カラーリング・ブック』にも参加した、米ニューヨークの音楽プロジェクト=フランシス・アンド・ザ・ライツも参加している。米シカゴ出身の新鋭=ノックス・フォーチュンも、レトロ・ソウル風の「Let's Go on the Run」で2作連続のゲスト参加を果たした。

 昨年秋にリリースした2ndアルバム『NØIR』が高く評価されている、米シカゴのラッパー/シンガー=スミーノとコラボした「Eternal」は、彼の作品の延長線上にあるスムース&メロウ。この曲には、父親であるケン・ベネットもクレジットされている。そこから「Suge」が大ヒット中の新人ラッパー=ダベイビーと、LAの人気ラッパー・メイドイントキオをフィーチャーした「Hot Shower」へと繋ぐ。この曲でようやくヒップホップ・アルバムらしさが現れた。

 強烈なインパクトを放つ、米ヒューストン出身のフィーメール・ラッパー、ミーガン・ジー・スタリオンをフィーチャーした「Handsome」~ティンバランドがプロデュースを担当した「Big Fish」の2曲も、ラップ・アルバムらしい展開。後者には、グッチ・メインがゲストとして参加している。ジェームス・テイラーの「Only One」を使用した「Get a Bag」は、カニエの早回し手法によく似ている。

 5曲目の「We Go High」には、日本が誇る人気ゲーム『ゼルダの伝説 時のオカリナ』(1998年)のトラックが起用されている。ドレイク(ソニック・ザ・ヘッジホッグ)やニッキー・ミナージュ(ストリート・ファイター)など、ここ最近は日本のゲーム・ミュージックをサンプリングするラッパーも多い。そのニッキー・ミナージュは、リル・ダークとタッグを組んだトロピカル・チューン「Slide Around」と、ミュージカル映画『シンデレラ』の「Impossible」をサンプリングした「Zanies and Fools」の2曲に参加している。

 アン・ヴォーグの完璧なコーラスではじまる「I Got You (Always and Forever)」は、彼女たちの全盛期を彷彿させるまんま90's(中期あたり?)。この曲には、2000年代に人気を博したゴスペル・シンガーのキエラ・キキ・シェアードと、ソングライターとしても活躍中のアリ・レノックスの女性アーティスト2人も参加している。そのアン・ヴォーグと同時期にガールズ・グループを牽引した、SWV参加の「Found a Good One (Single No More)」があったりと、本作は90年代フレイバー満載。スキットを挟んで進んでいくスタイルも、その時代のアルバム構成を意識しているように思える。

 非ゲスト、非サンプリング・ソースの「Town on the Hill」や「Sun Come Down」といったおセンチ・メロウも、70年代ソウルっぽくて秀逸。どの曲をとっても旋律、サウンド・プロダクション共に完成度の高い作品が揃っていて、満を持してのデビュー・アルバムに相応しい仕上がりとなった。

 DJキャレドの「I'm the One」と「No Brainer」の2大ヒットに貢献したあたりから、若干の違和感を感じるファンもいるようで、本作に参加したゲスト陣やプロデューサー、歌詞・楽曲の質においても、リリース後、様々な意見が飛び交っている。ヒットという観点でみれば間違いなく成功するだろうが、この方向転換が往年の“ガチ”なファンにとってどう捉えられるのか、そこは賛否が分かれるところ……かもしれない。

 ここ最近は、ポスト・マローンやトラヴィス・スコットなどが、ヒップホップの枠を超えてアルバムをヒットさせている。ヒップホップやR&Bのみならず、フォークにハウス、シティ・ポップと様々なジャンルとアーティストを取り入れた本作『ザ・ビッグ・デイ』。個人的には聴きやすく好みだが、あなたの見解はどうだろう。


Text: 本家 一成

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