2019/05/07
フランスの古楽集団、カンティクム・ノーヴムが、ゴールデンウィークに開催されたフランス発のクラシック音楽フェス【ラ・フォル・ジュルネTOKYO】に出演、その公演レポートが到着した。
2019年は“ボヤージュ 旅から生まれた音楽(ものがたり)”がテーマだったフランス発のクラシック音楽フェス【ラ・フォル・ジュルネTOKYO】。演奏者それぞれに考え抜かれたプログラムが提案されるなか、ひときわ長距離にわたる“旅”を味あわせてくれたのが、1996年から活動を続けるフランスの異色古楽集団、カンティクム・ノーヴムだった。
ヨーロッパの中世音楽演奏を専門に学んできた彼らは、しばしば民俗音楽のプレイヤーたちを招いて独特のプログラムを組む。数百年前のヨーロッパという、現代とはまったく違う社会で親しまれていた中世音楽の実像を見極めようとすると、おのずと西洋文化の伝統をたどるだけでは全貌が見えてこない局面にそこかしこで突きあたる。
それで、中世音楽を演奏する団体は何かしらのかたちで非・西欧社会の音楽を意識することになるのだが、カンティクム・ノーヴムはそうした異世界との接点をとりわけ大事にしているグループでもある(フェス側の公式紹介では“地中海沿岸の伝統楽器アンサンブル”と添え書きされていたが、かなり的確といってよい配慮だったと思う)。
2018年の【ラ・フォル・ジュルネTOKYO】でも、彼らはヨーロッパの東の果て、カフカズ山脈のアルメニアに焦点を当てた独特のプログラムを提案、大きな反響を呼んでいた。しかし2019年、彼らはそこからさらに東へ向かう。【シルクロード】と題したプログラムを掲げ、遠く極東の島国・日本にまで旅路を伸ばしてみせたのだ。旅の仲間には今回もさまざまな伝統音楽の楽器が加わる。北欧の弦楽器ニッケルハルパ、近東の長笛カバル、弓で弾く中国の二胡……そして日本の津軽三味線、筝、尺八も。
東京国際フォーラムB7ホールのステージはやや広い。そこに横並びで13人もの演奏者が現れた時点で、満場の客席には静かな興奮が広がった。見慣れたクラシック音楽の楽器などひとつもない。あったとすれば、かろうじて小学校で使うものと基本構造だけは同じリコーダーくらいのもの……あるいは弓奏ヴィエール(中世フィドル)が縦構えで演奏されたので、それがどうにかチェロやヴィオラ・ダ・ガンバの祖先ではと想像させるくらいだろうか。
演奏開始とともに驚きはさらに大きくなる。この音は、静かに引き延ばされる素材感ゆたかな音は、何の楽器から聴こえてくるのだろう?弦をはじく音は?いまのは右から、いや左から聴こえたのか?和楽器、西欧中世楽器、中近東の楽器……?
ステージに目を凝らしながら耳を澄ますうち、快い雑味とともにしなやかな変化を見せる音はどうやら、左端の奏者の笛から聴こえてくるのだとわかる。斜めに構える長い笛、バルカン半島からエジプト、ないしアルメニア方面まで使われているカヴァルという管楽器だ(奏者イザベル・クーロワは、西欧におけるこの楽器の重要な研究者のひとり)。その音に重なるようにして二胡や弓奏ヴィエール、あるいは尺八の音が聴こえてくる。津軽三味線やカヌーンといった撥弦楽器は打楽器のようなアクセントを添えてゆく。そして、歌――ポルトガル語に似たことばで、独特の郷愁をはらんだ調べが始まる。さまざまな楽器の響きとあいまって、どこの国の歌か聴き定めがたい、しかし強く惹きつけられてしまう歌。古いガリシア語で綴られた中世スペインの歌、アルフォンソ賢王の「聖母マリアのカンティガ」のひとつだ。
そもそもヨーロッパの中世音楽というのは、再現にかなりの創意が問われる分野だ。楽譜と呼べるものが残っていればよいほうで(それさえ読解にはかなりの前提知識と絶えざる研究が必要だ)、詩句しか残っていなければその韻律から節回しのリズムを推定したり、他の既存のメロディを重ねたり、音楽としての形をみいだすまで相当に知恵を絞る必要がある。そのうえでの演奏解釈が数百年前の現実を忠実になぞっているかはともかく、一定の説得力をもって聴き手にアピールする音楽を奏でるには、理論的な裏付けを越えた演奏技術や音楽的感性を磨き抜くことも必要になってくる。また理論の限界に甘んじていては音楽にならないところ、ある程度の妥当性を意識しながら自由に空想力をはたらかせることも重要だ。
音楽は本質的に旅をする。異なる地域に同じ歌が伝わり、それぞれ別々の形で歌い継がれて残ることもある。遠方から来た音楽家が、自分の故郷の歌をよその土地に根づかせることもある。さまざまな民俗楽器を使って演奏してみることで、思いがけないルーツをあらわにしはじめる音楽もある。カンティクム・ノーヴムのステージは初めから終わりまで、そのような驚きの連続だった。
長くイスラム教徒たちも暮らしていたスペインを出発点に、音楽はイスラム圏を渡ってゆく。キリスト教徒の支配が強まるなかスペインにいられなくなったユダヤ人たち(セファルディム)が、イベリア半島を離れ中近東に伝えた歌がいくつか、オスマン=トルコ大帝国の伝統歌や伝統舞曲とともに奏でられる。バルカン半島の弦楽器ケマンチェが静かに響きを添えるかたわら、時として耳を奪うのはむしろ中国の二胡の調べ。それでも違和感より親密さがきわだつ。トルコ、ペルシャ、モンゴルをへて中華の地にいたるユーラシアはひとつ、ということか。とくに二胡はいたるところ、カヴァルの調べとないまぜに重なりあい、どちらがどちらの音かわからなくなる瞬間も一再ならずあったほどだった。
奏者たちが折々に楽器を変えるなか、女声歌手バルバラ・クーサが左に、男声歌手エマニュエル・バルドン(グループのリーダーでもある)が右に陣取り、互いに歌い交わしたり、ステージ中央に寄って声をあわせたり、ステージは常に動きにあふれていた。
途中、二胡が映える「競馬」と題された中国の音楽が絶好のアクセントとなる。伝統舞踊の規則的なリズムや恋歌のゆったりしたテンポ感が続いていたところ、突如はじまったアクロバティックなまでに速いスリリングな二胡の超絶技巧。どっと喝采が上がるのも無理はない。曲と曲のあいだに即興も入る。即興こそ民俗音楽の真骨頂であり、ヨーロッパ中世音楽の演奏家たちもこれを得意とする者は多い(楽譜史料に書かれていることと、書き残されなかったことを双方見据えていないと、エキサイティングな中世音楽演奏は成り立たないものだ)。
しかしなにしろ面白かったのは、セファルディムのロマンセだろうとトルコの舞曲だろうと、和楽器奏者も曲間で存在感あふれるソロを披露してやまかったこと……出番は綿密な打ち合わせの結果ではあったのだろうけれど、西方の音楽と思っているものに驚くほど和楽器の音が合っていたのも驚きだ。津軽三味線や尺八がくりだすアタックの強い音が、西方の打楽器となんら違和感なく隣りあう。シルクロードをへて中国に伝わった楽器が、さらに海を渡って日本で形を変えていったのだとすれば、そのそれぞれが突如、自分のなかにあった西方のDNAに目覚めたかのように。
スペイン、トルコ、中国……欲を言えばイランとインドの音楽が挟まっていてくれればなおシルクロード感が増したかもしれないが、ひとつの枠で45分から60分でプログラムを構成しなくてはならない音楽祭ではこの選曲でも十分だろう。というより、最後の曲までたどり着くスピード感を考えればこの曲数・この展開がベストだったかもしれない――その最後の曲が始まってからしばらく、あえてプログラムを見ず聴いていた筆者の頭は「どこの国の曲だろう?」と思案していたのだが、クーサ&バルドンの二人が歌い交わしている歌の詩句がしだいに聴き取れるようになって驚いた。他の曲よりよほど聴き慣れていたはずの「こきりこ節」ではないか!
ニッケルハルパや弓奏ヴィエール、二胡、カヴァル、カヌーン……とさまざまな楽器に混じって響く津軽三味線や筝、尺八の調べはもはや、“私たちの”列島のそれであるとともに、古来の交易路シルクロードを介して西欧世界と繋がり、海を介してこの“東の果ての”列島へとたどり着く、長い旅路の先で出会う“未知の伝統音楽”にも聴こえた。このプログラムは、フランスから来たカンティクム・ノーヴムにとっての東方紀行だったとともに、私たち客席の日本生活者にとっては“故郷という異世界にたどりつく旅”になったのだ。
何の後で聴くか? で、曲の印象はまったく変わる……と筆者はよく思うのだけれど、カンティクム・ノーヴムの【シルクロード】はそれを充分すぎるほど再確認できたプログラムだった。
西欧世界に立ち返っての、アッシジの聖フランチェスコに光をあてた中世音楽新録音も正規に日本上陸するところだが、実は今回の共演陣と【シルクロード】プログラムのCD録音も決まっているという。録音物を通じて、ライヴとは異なる自分の日常のなかで聴くとどうなるだろう。さっそく楽しみでならない。TEXT:白沢達生
◎公演情報
【シルクロード】
2019年5月4日 (土・祝) 13:00~13:45
東京国際フォーラム ホールB7:アレクサンドラ・ダヴィッド・ネール
◎出演者と楽器
・カンティクム・ノーヴム
バルバラ・クーサ(歌)
アリオシャ・ルニャール(ニッケルハルパf)
ノルウェン・ル・ゲルン(ヴィエールf)
エマニュエル・ギグ(ヴィエールf、ケマンチェf)
スピロス・ハラリス(カヌーンp)
ゲナエル・ビアン(リコーダーv)
イザベル・クーロワ(カヴァルv)
イスマイル・メズバヒ(打楽器)
エマニュエル・バルドン(歌・音楽監督)
・小濱明人(尺八v)
・山本亜美(筝p)
・小山 豊(津軽三味線p)
・姜 建華(二胡f)
f:弓奏弦楽器 p:撥弦楽器 v:木管楽器
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