2019/05/03
とうとうこの時が来てしまったか……。2019年4月30日、21時32分。最終日セカンド・ショウ。
30分前からオープニング・アクトがギラギラしたファンク・ロックで会場を温め、心の準備はできているつもりだったが、それでも時折、一抹のセンチメンタリズムに胸が押しつぶされそうになる。だが、こちらのそんな感傷とは関係なく、初っ端からフル・スロットルで疾走し始めた演奏。これまで何度も来日し、その度にかぶりつきで観てきたジョージ・クリントン軍団。あるときはP-Funk All Starsとして、また別のときにはParliament/Funkadelicとして会場を混沌の坩堝に陥れてきた“総師”が、2019年でツアーの引退を宣言。日本に来襲し、多数のメンバーと共に『ビルボードライブ東京』のステージに降臨した。
1941年生まれで現在、御年77歳のクリントン。10代のころに仲間たちと始めたグループに端を発するミュージック・キャリアは実に60年を超えるけど、スタートがドゥ・ワップだったことを振り返ると、当初から“個”ではなく集団で奏でる音楽を目指していたことは明らかだ。その発展型としての偉大なるパフォーマンス・スタイルがP-Funk。自由奔放で楽観的ながらも、ストリートのシビアな現実をすくい上げてきたタフでユーモアたっぷりな精神性と肉体性。圧巻のスペクタクルに仕立てていく革新的なアイデア。それこそが世代やジャンルを超えてリスペクトされるクリントンのミュージシャンシップといって差し支えないだろう。
それにしても“所狭し”とは、まさにこのこと! 最前列に並べられた数多くのスタンド・マイク。雑然と置かれているように見える鍵盤や打楽器。ズラリと立て掛けられたギターやベース。足下には夥しい数のアタッチメントがスタンバイしている。もはや、身体を捩じらなければ歩けないほどの隙間に、それでも演奏が始まると15人以上のメンバーがひしめき合う。
ステージの真ん中にどっしりと腰を下ろした総師は、まさに司令塔。指をさし、声を掛け、アイコンタクトを交わし、笑顔を投げ、拳を上げてメンバーを束ね上げていく。その衰える気配もない存在感からは強烈なオーラが放たれ、まるでクリントン帝国の盤石さを雄弁に物語っているよう。
マザーシップやドクター・ファンケンシュタインやグループのロゴがプリントされた、イカれたT シャツを纏ったフリークたちがステージに噛り付き、サイケデリック感覚が充満するサウンドによって会場はグニャリと歪んでいく。執拗に要求してくる手拍子や挙手。それらが繰り返されるうちに、ステージと客席の境界線は完全に溶解し、ハコが一体化していく。それはゴスペルを媒介に強烈なコール&リスボンスを繰り返す黒人教会の光景に似ていて。
ほんの一瞬も止まることのないベースのうねりとハネるリズムを打ち込みファンクし続けるドラムス。ギターはラウドにのたうち回り、ヴォーカルはひたすら観客を煽る。清濁併せ飲み、すべてをポジティヴなファクターに変換していく再生可能エネルギーのような、限界を知らない持続力。かくして僕たちは一心不乱に踊らされ、クタクタになるまで腰をくねらせ、ストンプし続ける。
そんな、ある意味では祝祭的な彼らのステージは、市井の人々の生きざまをセレブレイトし、リスペクトするマニフェストのようなものだ。さながら「One Nation Under A Groove」のフレイズよろしく、会場は1つの“ノリ”によって猥雑な空気を強烈に発散しながらも、みんなが共有できる高揚感が膨張していく。そのマジカルなエネルギーと統率力こそがクリントンの存在の証であり、他からは決して得られることのない音楽のリアリズムだ。
果たして今回も、彼らの流儀が炸裂したパフォーマンス。メンバーが入れ替わり立ち替わりステージに現れては消え、クリントンの掛け声とアクションに反応して音を発し、ぶっといグルーヴが弾き出されていく。そのオープンでハッピーな表現に僕たちは心を奪われ、会場の1ピースと化して音のうねりの中に沈み込んでいく。とびきりエキサイティングで、底なしに心地好い刹那の官能。肉体を直撃するリズムとフレイズの無差別攻撃に、詰めかけた観客はもはや白旗を上げるしかない。
もちろん、クリントンの声には微塵のパワーダウンも感じられない。だが、瞬間的に垣間見せるリアルな疲労感が、ファンクというアティテュードに潜む“ブルーズ”を感じさせたりもする。ヴァーチャルな感覚が蔓延る現代において、もはや貴重ですらあるリアルな身体感覚――疲労感。それこそがクリントンをツアーから引退させる“引導”なのか。
終盤は、哀愁のソウル・バラードを過激にデフォルメしたような「Maggot Brain」を挟んで、「Flashlight」や「Give Up The Funk」など馴染みのナンバーが間髪入れず立て続けに繰り出されてくる。腰を直撃する超弩級のグルーヴ。
カオスと化したステージには観客が呼び上げられ、底抜けにハッピーな笑顔を振りまきながら踊っている。アフリカン・ダンスでパワー全開の女性陣。孫世代のメンバーがまくし立てるラップ。すべてのエネルギーを音と一緒に飲み込み、咀嚼してしまう強靭な胃袋。ジェイムズ・ブラウンはもちろん、クリントンの背後にチャーリー・ミンガスやローランド・カークといった懐の深いミュージシャンの影が透けて見えたのは僕だけだろうか。
バブルの時代を含め、有明や汐留、川崎など、さまざまなハコで“伝説”を創り上げてきたジョージ・クリントン。怒涛の5時間ライブを筆頭に、ファンの間で今も語り草になっている数々のパフォーマンスを繰り広げてきた。彼の破天荒なDNAは、ファンクやロックはもちろん、ヒップホップや新世代ジャズにも受け継がれている。その意味でも今回のライブは、まさにジェネレイションの交代であり、時代のチェンジと言っても差し支えない。奇しくも元号が変わるタイミングと重なった4月30日のギグは、会場に詰めかけたオーディエンスにとっては、エポック・メイキングな出来事として記憶に残る100分間になったに違いない。
Last Performance In Japan――Time Is Change, Seasons Change. But P-Funk Is Forever !!
ツアーからは引退しても、ストリートを起点とする創作意欲に翳りは感じられない。ヤング・ジェネレイションのセンスを飲み込みながら、これからもスタイルをアヴァンギャルドにアップデートしてくれるに違いないジョージ・クリントン。1つの章が終わっても、めくるページの裏には新しい章が控えている。21世紀もP-Funk帝国は盤石だ。
◎公演情報
【ジョージ・クリントン】
ビルボードライブ大阪
2019年4月27日(土)※終了
ビルボードライブ東京
2019年4月29日(月・祝)~4月30日(火・祝)※終了
Photo:Masanori Naruse
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。それにしてもPECORINO! 名前の通り羊を夏に放牧しているマルケ州やアブルッツィオ州などイタリア中部アドリア海側が起源のブドウ品種で、豊かなアルコールとグリセリンがもたらす、包み込むようなやわらかさが春の気候にピッタリの白ワイン。魚介のスープや文字通りペコリーノ(羊乳)・チーズとのマリアージュが秀逸。個人的にはサバサンドとの合わせに感激しました(笑)。手始めに、まずは『SIMONE CAPECCI/DOCG Offida Pecorino“CIPREA”』あたりを。やや無愛想ながらも、深みのある味わいと綺麗な余韻にうっとりさせられるはず。今年の春の“大発見”です。
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