2019/02/27
キミは僕の輝ける星。だから行かないで――アコースティック・ギターのイントロに導かれたこのフレイズを耳にしただけで、摩天楼の景色が目の前に浮かぶ人も多いに違いない。
テンプテーションズやスタイリスティックス、ドラマティックスやチャイ・ライツ、あるいはミラクルズやインプレッションズなどと並ぶ老舗コーラス・グループのマンハッタンズ。彼らが久々に再来日を果たした。残念なことにオリジナル・メンバーはみんな虹の橋を渡ってしまったけれど、ジェラルド・アルストンを核とする現在の3人がグループのDNAを受け継いでいることに疑いはない。
スウィートで洗練されたコーラス・ハーモニーと、サム・クック・フォロワーを公言しながらも“クワイエット・ストーム”をくぐり抜けてきたジェラルドのシルキーでエモーショナルな歌声。このコントラストこそが聴きどころの彼ら。今回の名義が“Featuring Gerald Alston”となっているのも、そんな背景があるのかもしれない。
ファンファーレにも似たバンドの音に背中を押されるようにしてステージに登場した3人。初日のセカンド・ショウは華やかな幕開けとなった。
初っ端から意表を衝く変化球のように、ルーサー・ヴァンドロスの軽快なカヴァーでスタート。躍動するリズムに乗ってジェラルドが喉を震わせると、すかさずデイヴィッド・ハービーとトロイ・メイが美しいコーラスを添えていく。次第にステージの温度が上がり、空気が沸き立っていく。と同時に、メロウに広がっていくハーモニー。この一瞬にして、会場はドリーミーな雰囲気に包まれていく。
人懐こい表情でメロディをきれいになぞりながらも、時折、充分にソウルフルな節回しで跳躍していくジェラルドの歌と情感のこもったアクション。そして、それを両脇から力強く支えるディヴィッドとトロイ。まさにパーフェクトと言って差し支えないほど息の合ったハーモニー・ワークからは、70年代末にピークを迎えたマンハッタンズの“伝統”が彼らに受け継がれ、さらに進化と熟成を続けていることが手に取るように伝わってくる。だからこその、迷いのない一挙手一投足。黒人コーラスの美意識が凝縮されたスタンド・アップ・アクションが眩しいほど美しい。
1962年に最初のレコーディングを行っているマンハッタンズは、ハドソン川の向こうにニューヨークの摩天楼が滲むニュージャージー州のジャージーシティ出身。結成当初は5人組のドゥ・ワップ色が強いグループだったが、71年に2代目のリード・ヴォーカリストとしてジェラルドが参加して以降、フィラデルフィアやシカゴといった都会的なソウル・ミュージックを発信する街で積極的にレコ―ディングを行うように。76年にはシグマ・スタジオで録音したセルフ・タイトル・アルバムから「Kiss And Say Goodbye」(涙のくちづけ)をカットし、全米ポップ・R&B共に1位の大ヒットを記録。彼らにとって“名刺代わりの1曲”になった。また、80年にはシカゴの名匠レオ・グラハムとタッグを組んで『After Midnight』をリリース。シングル・カットした「Shining Star」(夢のシャイニングスター/80年)もポップ・チャートの5位まで上がり、キャリアの絶頂を迎えた。
その後、ニューヨークのサウンドも吸収して洗練の度合いを高めていく一方、86年にはボビー・ウォマックを迎えて『Back To Basic』を制作。先のレオも加わって非常に濃密な作品になったものの、看板のスウィートなコーラス・ワークが後退。その後、独立したジェラルドはクワイエット・ストームの波に乗り輝かしいキャリアを築いたが、紆余曲折を経てグループに再び合流。麗しいコーラスの伝統は21世紀の今も引き継がれている。
それにしても、彼らのスウィートな歌声から匂い立つ“官能美”と言ったら……。だが、メロウな表層の内側にはアフリカン・アメリカンの血と汗と涙が染み込んでいるようにも感じられて、彼らが重ねてきた分厚いヒストリーに想いを馳せずにはいられない。洗練はされていても、決して漂白はされていない。魂は売っていないのだ。
ステージの進行と共にメンバーのパフォーマンスにも拍車が掛かっていき、エレガントながらソウルフルに舞い上がるジェラルドの声を中心とする都会的なコーラス・ワークが、会場をしっかり包み込んでいく。ディープなスウィートネス。そうかと思うと、次の場面では懐かしい初期のナンバーを引っ張り出し、ドゥ・ワップっぽいハーモニーを聴かせたり。中盤からはスロウ・ナンバーが立て続けに繰り出され、次第にリラックス感が漂い始める。そのムードに沿うように観客はネクタイを緩めながら身を委ねていく。
ミラーボールの煌きを足下で反射させる揃いのオペラ・パンプス。その踵がリズムをキープし、3人のステップが見事に決まる。終盤にはマイク・スタンドを並べ、観客に語りかけるように声が発せられていく。久々にリリースした新曲をサラリと聴かせ、やがてステージは佳境に。まるで箍が外れたかのように、時折マイクを外してシャウトするジェラルド。その男らしくタフな“叫び”にフロアからは歓声が上がり、盛り上がりは最高潮に――。
そしてハイライトは、やはりチャートを駆け上った“あの2曲”。彼らの背中に広がるガラス越しのイルミネイションが完璧にシンクロし、今宵のソウル・リヴューは美しく完成した。
これぞ“大人の音楽”と言い切れるマンハッタンズのコーラス・ワーク。芳醇なコクと深い色彩感を具えた響きには、黒人音楽の伝統と美意識が染み込んでいて。その圧倒的な世界観に打ちのめされながら、僕は時が移ろうのを忘れて濃密な声に激しく揺さぶられ、果ては酔い痴れていた。
スウィート・ソウルの真髄を堪能させてくれるマンハッタンズの官能的なステージは、東京では今宵(27日)、そして大阪では3月1日(金)に2回ずつ予定されている。コクのあるディープなメロウネスを体験できる彼らの貴重なライブは、絶対に見逃したくない。久々の来日だからこそのチャンスを着実にグリップして!
◎公演情報
【マンハッタンズ featuring ジェラルド・アルストン】
ビルボードライブ東京
2019年2月26日(火)・27日(水)
1stステージ 開場17:30 開演18:30
2ndステージ 開場20:30 開演21:30
ビルボードライブ大阪
2019年3月1日(金)
1stステージ 開場17:30 開演18:30
2ndステージ 開場20:30 開演21:30
URL:http://www.billboard-live.com/
Photo:Yuma Sakata
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。ヴァン・ジョーヌ(黄ワイン)とモン・ドール。寒さ厳しいフランス東部のジュラ地方(≒フラッシュ・コンテ圏)に暮らす人たちの、冬のささやかな楽しみ。コンテ・チーズが製造できない夏~秋の“ストラッキーノ”な牛の無殺菌乳で造るミルキーなウォッシュ・チーズと、サヴァニャン種を使い6年以上熟成されて造られた、ナッティで濃厚な白ワイン。地域と季節が限定されたかけがえのないマリアージュは、食後のデザートとして最適。本格的な春が訪れるまでの残り少ない期間に、ぜひとも味わっておきたい。お薦めです!
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