2018/12/13
ギリシャに生まれ、サンクトペテルブルク音楽院にて研鑽を積んだ指揮者、テオドール・クルレンツィス。彼と手勢のムジカエテルナによるチャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』が昨年大きな話題をさらったのは記憶に新しいところである。来年2月に来日公演も予定されている彼らが1年ぶりに世に問うた新作は、またしても交響曲第6番。ただし今度は世紀をまたぎ、20世紀のマーラーのそれだ。
一糸乱れぬ弦、疲れを知らぬ管楽器奏者たちはじめ、各セクションの巧さは相変わらず。鍛えられたメンバーたちがクルレンツィスに束ねられて生み出すアンサンブルの俊敏な動きの精度は恐ろしく高く、世界のどの楽壇に並べても遜色がない。
そのことは、低弦セクションが鋭いリズムをざっざっと刻んでから第1主題提示部に入る第1楽章冒頭からも確かめられる。ショルティのいわば戦闘的なテンポ取りではないが、生き生きとしたリズム感には生命力が漲っており、隅々までその活力が行き渡っている。マーラーが妻アルマのことを描いた、とアルマの「回想録」にあることから「アルマの主題」とも呼ばれる第2主題は、打って変わって細やかな情緒を大切にしており、この楽章に現れる2つの主題のコントラストを、これ以上ないくらいヴィヴィッドに炙り出す。ただし第2主題も決してセンチメンタリズムには接近しない、というあたりも周到だ。
第2、第3楽章は、スケルツォーアンダンテの配列を採っている。スケルツォ主題には第1楽章の素材が用いられていることもあり、第1楽章から切れ目なく入るかのようなクルレンツィスたちは、この論理の流れを一貫したものと捉えて全体を構築している。めまぐるしく拍子の変わるトリオでのアゴーギクの揺らしは、一歩間違えば悪趣味に堕す寸前のギリギリのところまで攻めている。
アンダンテ・モデラートからフィナーレにおいて重要な役割を担うホルンの響きも魅力的なら、騒がしいパッセージでも埋没せず、遠く遥かに聞こえてくるカウベルの存在感も際立っている。第3楽章では中間部のクライマックスがとにかくゴージャス、長大なフィナーレでは、うずたかく積まれるそれぞれのモチーフを、細密画的な綿密さでさばいてゆく手腕が光る。ディティールの細やかさと音色の多彩さは、圧倒的とすら言える次元に達している。
曲はティンパニの刻むリズムが印象的なコーダでは、第1楽章でのティンパニの扱いと比較して抑え気味にしているのを印象づけて、演奏は閉じられる。
クルレンツィスの録音は、なにもこのマーラーに限ったことではないのだが、個性ある音楽性を刻印しつつ、徹底的に作り込んだ録音に仕上げるのが大きな特徴で、恐らくは、ハマる人には熱狂的に受け入れられる一方で、受け付けない人もまたそれだけ生み出すような、好悪がハッキリと分かれるタイプの演奏家だろう。
しかし、聴き手が最終的にいかなる判断に至るかはともかくとして、とにかく耳を傾けてみる価値があることは請け合える、極めて質の高い録音である。Text:川田朔也
◎リリース情報
マーラー:交響曲第6番イ短調「悲劇的」
SICC-30490 2,600円
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