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2018/09/08

芳醇な樽香が溶け込んだヴィンテージ・ワインのようなラウル・ミドンの弾き語り。滋味溢れる歌と演奏に心解き放たれる初秋の宵

 紛うことなき21世紀のニュー・ソウル!

 口から発せられるヒューマン・ビートに重ねるようにして爪弾かれるボサノーヴァのリズム。ギターの弦が弾かれると空気が揺れ、波紋のように広がっていく。

 リズミカルにギターを奏でながら、語りかけてくるような歌を聴かせるラウル・ミドン。眩い広がりを感じさせる創作スタイルにスティーヴィ・ワンダーやホセ・フェリシアーノを重ねるのは、彼が盲目のアーティストだからではない。ソウル・ミュージックという太い幹にラテン/ブラジルやフォルクローレ、ジャズといったさまざまな要素がパッチワークのように組み合わさった音楽性は、70年代のニュー・ソウルのようなポジィティヴィティに溢れ、柔軟なアティテュードが印象的だからだ。

 スムースな耳ざわりで聴かせるラウルの歌は、ダニー・ハサウェイやビル・ウィザースのそれに喩えられるが、そういった先達と重なる“メロウなソウルネス”が彼の声にも宿っているのは確か。そんな心地好い体温を感じさせる音楽が目の前で披露された今宵。季節の変わり目にじっくり聴くにはうってつけのオーガニックなサウンドに会場は満たされた。

 米国・ニューメキシコ州出身のラウル・ミドンは、ラテン系の父とアフリカ系の母を両親に持つシンガー・ソングライター。5歳でパーカッションを叩き始めたのをきっかけに、スティーヴィ・ワンダーやジョニ・ミッチェルなどに影響を受けながらスポンティニアスな音楽性を育んできた。マイアミ大学でジャズを修得し、卒業後はラテン系歌手のセッション・アーティストとして活動をスタートさせた彼は、2005年にデビュー・アルバムを発表し、これまで5枚のスタジオ作品と1枚のライブ盤をリリースしている。スティーヴィやジェイソン・ムラーズ、マーカス・ミラーやリチャード・ボナ、リズ・ライトやダイアン・リーヴスなどとコラボしながら、まるで樽香が溶け込んだヴィンテージ・ワインのように、さまざまな音楽の滋養をたっぷりと取り込んだ作品をクリエイトしてきたラウル。まさに“ジャンル”が溶解した21世紀にふさわしいアーティストと言って差し支えないだろう。

 そんな深みとコクを備えた彼の歌が、達者なギターの演奏を伴って観客に届けられる。トレード・マークである口でトランペットの音を表現するパフォーマンスを随所に交えながら、濃厚で聴き応え充分のステージを展開するラウル。ほんのりとラテンの香りが漂うメロディラインは、彼のルーツから滲み出てきたものだろう。オーガニックでハイブリッドな音楽性はシックな空気を醸し出し、とても洗練されていて都会的だ。

 ステージが進行していくにしたがい、僕たちはさまざまな種類の音楽のエキスをじっくりと味わっていることを実感していく。物理的な視界は暗闇なはずのラウルだが、彼の瞼の裏には開放感に溢れた美しい景色が広がっているに違いない。そんなことがひしひしと伝わってくるイマジナティヴな楽曲たち。強力なアタックでパーカッシヴに弦を弾いた次の瞬間には繊細にメロディを紡ぎ、声とユニゾンで絡み合いながら走っていく。フリー・ジャズのアドリブのように楽曲の途中で伴奏は自由に舞い上がり、歌声は軽やかに羽ばたく。

 また、ボンゴを叩きながら、まるでアル・ジャロウのようにスキャットを繰り広げたり、ピアノの鍵盤に指を乗せながらダニーのようにエモーショナルな喉を聴かせたり。マルチな才能が鮮やかに開花しているラウル。これほどまで自由で、聴き手の身体に深く浸み込み、心を解放してくれる音楽に、僕はほとんど出会ったことがない。

 中盤には「ちょうど昨日、新作が日本でリリースされたのだけど、みなさんには今宵、ここで新しい曲をチェックしてもらえるね」と呟きながら、ジェントルな表情のナンバーを。間奏ではエグベルト・ジスモンチのようなテクニックでギターを鳴らし、流れてきたオーケストラのトラックに声を被せていく。まさに変幻自在。

 そしてハイライトは、やはり――。デビュー作のタイトル曲を思い入れたっぷりに歌い上げたラウルは、90分に及ぶ密度の濃いステージを完遂し、ゆっくりと楽屋に引き上げていった。

 深い余韻を抱えながら帰宅した今。頭の中では今宵の歌と演奏がリフレインし続けているが、その心地好さといったら…。音楽の滋味や温もりをたっぷり感じさせてくれるライブを、僕は久々に味わった。

 桁違いの猛暑に疲労を重ねた今夏。そんな“夏の後遺症”をコクのある歌でじっくり癒してくれるラウル・ミドンのステージは、9日に行われるジャズ・フェスへの出演を経て、10日には大阪で味わうことができる。週明けの忙しい1日に、ほんの少しのリラックス・タイムを織り込む工夫を凝らして、ぜひとも会場に足を運んで欲しい。きっと、バテ気味の気分に栄養をチャージできるはずだから。

 

◎ラウル・ミドン公演情報
ビルボードライブ東京
2018年9月7日(金) ※終了
1st Stage Open 17:30 Start 19:00
2nd Stage Open 20:45 Start 21:30

いわてJAZZ 2018
2018年9月9日(日)
>>公演詳細

ビルボードライブ大阪
2018年9月10日(月)
1st Stage Open 17:30 Start 18:30
2nd Stage Open 20:30 Start 21:30
>>公演詳細 

Photo:Yuma Totsuka

Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。ようやく「実りの秋」を迎え、ヨーロッパを中心とする北半球では、新酒や新しいヴィンテージ・ワインのリリースが間もなく。この時期こそ体験しておきたいのがモノ・セパージュのワイン。ボルドー・スタイルを筆頭に、バランスの取れたブレンド・ワインも魅力的ですが、ブドウ本来の個性やテロワールによる違いが明快に際立つ単一品種のワインを楽しむのにうってつけ。造り手のコンセプトやフィロソフィが伝わってくる味わいを、この秋はぜひとも堪能してみて!

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