2018/08/30
まるで洗いざらしのコットンのような肌ざわり。1977年のデビュー以来、アメリカ西海岸のハート・ウォーミングな空気を体現してきたカーラ・ボノフが、最新アルバム『Carry Me Home』を引っ提げてステージに還ってきた。
「2年ぶりに帰ってこられて嬉しいわ」――。
軽快なストロークでギターを鳴らしながら、誰もが口ずさみたくなる“あの曲”を初っ端から歌い始める。まさに名刺代わりの1曲。そして演奏が一段落し、微笑みながら挨拶をするカーラ。彼女が戻ってきてくれたことを実感する言葉に、僕たちの気持ちが沸き立つ。以前と変わらぬ艶やかで瑞々しい声。気が付けば、意識はすっかり70年代にワープしていた。
10代のころからLAのライヴ・ハウス『トゥルバドール』に出演し、一時期はフォーク・ロック・グループ=ブリンドルのメンバーとしても活動していたカーラ・ボノフ。彼女の名前が広く知られるようになったのは、同グループのリーダーだったケニー・エドワーズの紹介で関わったリンダ・ロンシュタットの『風にさらわれた恋』(1976年)への楽曲提供によって。翌77年にはリンダに提供した3曲のうち「Someone To Lay Down Beside Me」と「If He’s Ever Near」をセルフ・カヴァーしたデビュー作をリリース。J.D.サウザーやグレン・フライなどイーグルス周辺の人脈が参加したアルバムは高い評価を得、一躍シーンに躍り出たカーラはシンガー・ソングライターとしての地位を確立した。
そのデビュー作でも聴ける翳りを帯びたメロディが、今宵、カーラが弾くピアノからこぼれ落ちてくる。繊細な陰影を湛えた旋律とオーガニックな歌声が、会場にしっとりとした空気を広げていく。デビュー当時からの美貌にふくよかな人生が加わった表情は、今も息を呑むほど美しい。そのナチュラルでエレガントな佇まい。彼女の音楽性と呼応するような姿がステージの上で輝く瞬間。歌心溢れるギタリストのニナ・ガーバーと2人のギグは、何の演出も必要とせず、ウエスト・コースト・サウンド最上の響きをストレイトに届けてくれる。
2012年と14年にはJ.D.サウザー、13年にはジミー・ウェッブとそれぞれデュオ名義で来日しているカーラだが、今回はソロ名義でのパフォーマンス。近年のライブとはニュアンスの異なる親密なステージ展開は僕たちとの距離を縮め、当然のことながら歌の届き具合も違う。彼女が見せる小さな仕種がライブにデリケートな表情を加え、少し湿度を帯びた息づかいまでもが聴こえてくるような空気…。
決して器用なタイプではない。しかし、だからこそ感じられるコットンのような風合いは、素朴であるが故に心地好い。音楽と誠実に向き合い、言葉を噛みしめるように唄うカーラ。彼女が紡ぎ出す歌が僕たちの心に染み込んでくる。また、その横でアメリカーナな旋律を奏でるニナのギター。中盤にはブリンドルの曲も披露し、2人のコンビネイションによる響きが会場に美しく広がっていく。
シンプルな想いを届ける曲だから、ミラーボールの輝きや華やかなライティングもいらない。ただ、彼女が弦や鍵盤に触れながら、込み上げる想いをメロディに乗せてくれるだけでいい。繊細なタッチによって奏でられるリリカルな音は、聴き手の心に溜まった澱みをきれいに洗い流してくれる。
新しいアルバムからの曲も昔のナンバーも響きに差がない。まさにタイムレスな音楽を紡ぎ続けてきたカーラの楽曲には普遍性が宿っている。だからこそ、過去も現在も、そして未来も前向きに受け止めることができるのだろう。彼女の歌に身を委ねていると、セピア色の想い出と共に、眩い未来への躍動が身体の中に湧き上がってくるのを感じるのだ。
21世紀になってから日本を慈しむように訪れるようになったカーラ・ボノフ。彼女の歌声は30日の今日も東京で、そして9月1日には大阪で聴くことができる。時の流れに素直でありながら、実り豊かな音楽を奏で続けている彼女の、人生観を感じさせるような歌と旋律に心を委ねる貴重な機会を、夏の終わりにぜひ。季節の移ろいを感じながら。
◎公演情報
【カーラ・ボノフ】
ビルボードライブ東京
2018年8月29日(水)※終了
2018年8月30日(木)
1st Stage Open 17:30 Start 19:00
2nd Stage Open 20:45 Start 21:30
詳細:https://goo.gl/FXzJd5
ビルボードライブ大阪
2018年9月1日(土)
1st Stage Open 15:30 Start 16:30
2nd Stage Open 18:30 Start 19:30
詳細:https://goo.gl/H8AByt
Photo:Ayaka Matsui
Text:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。厳しい残暑の中にも季節の移ろいを感じる今宵。夏の喧騒に少し疲れた心身に優しい“癒しワイン”が欲しくなるこんな時期に楽しみたいのが、穏やかな味わいと繊細なアロマを持つ日本ワイン。甲州やマスカット・ベーリーAはもちろん、デラウェアやアジロンなど、日本だからこそのデリケートな口当たりを楽しみたい。少しずつ、しかし着実に秋に向かっているから、これからはキノコや根菜をメインにした料理と合わせるのも一興。11月3日の新酒解禁までの約2か月、日本のテロワールに想いを馳せながらコルクを捻るのもワイン・ラヴァーの醍醐味。
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