2018/02/22 12:15
『The Dreamer』――2008年にリリースされ、新世代ジャズの名盤と評された本作から10年。クラブ・シーンとシンクロしながら、黒人音楽のレガシーを独自の手法で統合し、モダナイズしてきたホセ・ジェイムズ。一昨年はヒップホップとR&Bをフィーチャーしたファンキーなパフォーマンスを披露し、昨年は新作『Love In A Time Of Madness』のナンバーを狂おしく聴かせてくれた彼が、同じステージで最新型のライブを展開した。
鮮やかなリインカネーション。ビリー・ホリデイの新たな解釈に挑んだり、ビル・ウィザースのメッセージ性を炙り出したり、ジョニー・ハートマンの歌心を蘇らせたりと、近年のホセは偉大な黒人シンガー・ソングライターやヴォーカリストにフォーカスする活動が際立っていた。そんな彼が自身のレーベルを立ち上げ、再リリースしたデビュー・アルバムを携えて、まさに“出発点”とでも言うべき21世紀のジャズにスパイラル・アップしながら還ってきた今回のステージ。黒田卓也(Tp)、大林武司(P)、ベン・ウィリアムス(B)、ネイト・スミス(Dr)という気心の知れたメンバーを従え、濃密なエモーションを湛えた歌で僕たちに語りかけてきた。
冒頭、誕生日の黒田をセレブレイトしたホセは、ベンが弾き出すスモーキーな音にのめり込むようにして器楽的な声を放ちながらも、クールな佇まいを貫く。一方、ネイトが叩くループ・サウンド独特の訛りと性急なパルスを抱え込んだビートは、もはや20世紀のジャズのそれとは似て非なるもの。そんな“最新の音”の中に黒人音楽のヒストリーを塗り込めようとするソウルフルな歌は、この夜のステージでもとびきり刺激的。チャレンジとも言える彼のパフォーマンスの目撃者でもある観客は、セクシーな声に酔い痴れ、初っ端から釘付けになっている。眼鏡の奥にあるホセの眼差しは宙を舞い、次の瞬間には客席を鋭く刺す。圧倒的な集中力を発揮してオーディエンスを鷲掴みにする彼は、デビュー10年にして名実ともにリュクスなエンタティナーに。クラブ空間でも機能する、グルーヴィでエッジの利いた音を鳴らすコンボとの一体感も素晴らしい。
スタイリッシュな所作を覗かせながらも、同時にストリートの体臭も漂わせるステージ・マナー。途中にはテンプテイションズやアル・グリーンのフレイズを織り込んだり、得意のヒューマン・ターンテーブルでドラムスとインプロヴィゼイションを応酬して、混沌とした空気を発散させていく。その振る舞いからは、ジャズをヘッド・ミュージックからフィジカルな音楽に引きずり戻そうとする意図が強烈に伝わってくる。
デビュー以来、ホセは常に狭義のジャズを革新し、新たなブラック・ミュージックとして更新してきた。いわゆる“ジャンル”を溶解させてきた努力が結実し、まるでグラン・クリュのワインのように芳醇に熟成してきたことを感じさせるパフォーマンスは、瞬く間に僕たちをロック・アウトする。10年前に比べ、格段に密度が高まったヴォイス。ステージの上で、ブリリアント・カットが施されたダイアモンドのようにさまざまな輝きを放つ多面体のホセの「表現力」という懐には、いったいどれだけの引き出しがあるのだろう――。
先人に対する敬意を払いながらも、もはや機能不全を起こしている保守的な権威から「ジャズ」という音楽を解放し、再び路上のビートと共振させることで得られる21世紀のリアル。それを彼は冷静に解析し、自身の中で微分しながら表現している。冴えたアプローチだ。
『The Dreamer』で表現している都会的な躍動と深い思考の狭間を行き来しながらも、聴き手に深い印象を刻み込む歌を聴かせてくれた、この夜のホセ・ジェイムズ。間違いなく、これからの黒人音楽を牽引していくトレンド・セッターとして目が離せない彼の、狂おしく、濃密な色香を放つライブは、まさに「圧巻」という言葉が似合う。僕はそれを存分に味わった。
“革新”の先にあるふくよかさも滲ませる今回のパフォーマンスは東京で今日(22日)、大阪では23日に2ステージずつ披露される。毎回、趣向が異なる彼のライブは、同じ時代を呼吸する都市生活者として生で体験し続けることに意義がある。だから、ぜひとも会場に足を運んで欲しい。稀代のコンセプチュアル・アーティストであるホセを直に観られる“幸運”を噛み締めつつ…。準備はOKかな?
◎公演情報
【ホセ・ジェイムズ
"The Dreamer" 10th Anniversary Tour
feat. Takuya Kuroda, Takeshi Ohbayashi, Ben Williams and Nate Smith】
2018年2月21日(水)- 22日(木)
ビルボードライブ東京
2018年2月23日(金)
ビルボードライブ大阪
Photo: Masanori Naruse
TEXT:安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。ほんの少し“春の気配”が感じられるようになってきたここ数日。“冬ワイン”の飲み納めの時期に、ぜひともお勧めしたいのが、近年トレンドになりつつある「チョコレート・ワイン」や「コーヒー・ワイン」。熟成させる樽の内側をしっかりローストすることなどによって表現できる、いわゆる“カカオティック”な赤ワインは、例えば南アフリカのピノタージュ種で造られた『Cappino Cinotage』(=「カプチーノ」と「ピノタージュ」を組み替えて混ぜた造語)を筆頭に、カジュアルかつ個性的な味わいが楽しい。ガトー・ショコラや口溶けのいいビター・チョコレートと相性バツグンな1本をヴァレンタインのお返しとして贈るのも、ちょっとお洒落かも。
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