2016/03/02
「ハロー! トーキョーのみなさん。私たちはイベイー。イベイーとはヨルバ語で“双子”って意味なの」――アニエスベーの赤いジャンプスーツに身を包んだ2人の若い女性。彼女たちがア・カペラでヨルバ語の歌詞をメロディに乗せると、まるで吸い込まれるように、オーディエンスがステージに見入っていく…。
鍵盤楽器とヴォーカルを担当するリサ=カインデ・ディアスと、カホン(跨いで座りながら叩く箱のような打楽器)やバタドラムと共にヴォーカルもこなすナオミ・ディアスによる双子の姉妹、それがイベイー。彼女たちの初来日公演となった『ビルボードライブ東京』のステージは、ローランドのピアノとサンプラー、そして2種類のパーカッションだけというシンプルな佇まい。それらを操りながら、よく溶け合い透明感溢れる2人のハーモニーが、音の世界を広げていく。会場は少しずつ上気した空気に包まれていった。
パリで生まれ、生後2年間をキューバのハバナで過ごした経験を持つイベイー。父親はブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブで活躍したパーカッショニストのミゲル“アンガ”ディアスというサラブレッドの血筋を引く2人。幼少のころに父からカホンの演奏やキューバなどの民間信仰であるヨルバの民族音楽を学び、サンテリアの影響も受けながら育った。だからだろう。ナオミが叩くカホンやバタドラムのリズムはロックやソウルのそれではなく、エスニックな薫りが心地好く匂い立つ。そして、リサが鍵盤で奏でるのは必要最低限の和音とメロディの断片、そして素朴なリフの繰り返しだけという、徹底したミニマリズム。しかし、その切り詰められた音をバックに、2人のハーモニーがフワフワと浮遊し、美しい響きを創り上げていく。今まで他には聴いたことのない、オリジナリティに満ちた音楽性。まだ、アルバムを1枚リリースしただけなのに、完全に独自の世界観を作っている。僕は、あまりの美しさに、ライブの最中、ずっと鳥肌が立ちっ放しだった。
さすがに美的感覚に優れた“新しい”サウンドだけあって、彼女たちに最初に目を付けたのはルイ・ヴィトンやアニエスベーといったモード界。ヴィトンは2014-15秋冬のレディス・コレクションの広告キャンペーンに彼女たちのデビュー曲「オヤ」を起用し、アニエスはコラボ・バッグを販売している。セルフ・タイトルのデビュー作は、亡くなった父や姉などに捧げた内容だけに、メランコリックな表情が影を落としているが、それでも彼女たちのひたむきなポジティヴィティが、アルバム全体を瑞々しいものにしている。
そしてライブも躍動感に溢れていて、力強いヴァイブレイションが伝わってくる。どこかに儚さを秘めているものの、美しく響き合う2人の声は、カホンをメインに、ときには指を弾いたり、腿や胸元を叩いて出した音を織り込んだ独特のリズムの上で漂っている。また、コール&リスボンスで曲に観客を“参加”させたり、ハンドクラッピングで一体になったりと、会場の空気を熱くする努力も怠らない。新人らしい初々しさと、もはや完成の域に達している独自性が鮮やかなコントラストを見せている。間違いなく、今年のベスト・パフォーマンスの1つに入れていいステージだ。
披露された楽曲はすべてオリジナルで占められ、ヨルバ語のナンバーはほとんどが完全なア・カペラ。コンパクトにまとまった曲が色彩感豊かなリズムに乗って、オーディエンスに届けられる。チャーミングな2人のしぐさも印象的。アイ・コンタクトをしきりに取り、呼吸を合わせて声を発していく。僕たちはただ、うっとりと見て、聴いているしかないのだ。
何と素晴らしいパフォーマンスなんだろう…。ちょうど1年前にリリースされたアルバムを聴いた瞬間からファンになった僕だが、ライブがこれほどまでチャーミングでありながら、プロフェッショナリティに裏打ちされているとは想像できなかった。それだけに、今夜のライブは鮮烈な印象を残すと同時に、イベイーという、自分たちのDNAに組み込まれたヨルバのリズムと現代のサウンドを繋いだ音楽性は、過去と現在、そして未来を貫く“血”の強さを改めて感じさせてくれた。
エスニックなリズムに絡むダブステップのような音響や、あらかじめサンプリングされたノイズやスピーチをリフレインさせながら紡いでいく現代的な民族音楽。今だからこその時空を超えたサウンドのミクスチャーに酔い痴れながら、僕は彼女たちのパフォーマンスを堪能した。帰宅した今、もう次の来日が楽しみでしかたない。早く戻ってきてくれることを期待しながら、頭の中で鳴り響いているカホンのリズムが、身体に染み込んでいくのがじんわりと感じられる。そんな陶酔にも近い後味が、たまらなく心地好いライブだった。
◎公演情報
Billboard Live x Hostess Club presents
イベイー
ビルボードライブ東京 2016年3月1日(火)
Photo: Masanori Naruse
Text: 安斎明定(あんざい・あきさだ) 編集者/ライター
東京生まれ、東京育ちの音楽フリーク。3月に入ったのに霙交じりの雨が降った東京。花粉症は始まっているのに(笑)、まだまだ寒さは終わりそうにない。こんなときは、やっぱり赤ワインで煮込んだ牛肉に、ボルドー・スタイルのワインを合わせてほっこりと。ときには奮発してイタリア・ワインの新潮流、スーパー・タスカンの『サシカイヤ』や『オルネライア』などはいかが? ホワイト・デーに、彼女への感謝の気持ちをこんなかたちで表すのも粋かも。たまにはこんな贅沢も、きっといいよね。
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