2016/02/12
やられた。シーアによるニュー・アルバム『This Is Acting』の、カヴァー・アートワークの話である。その才能が世に広く認知され始めた頃の2013年、彼女は頭を紙袋でスッポリと覆うヴィジュアルで、米ビルボード誌の表紙を飾っていた。見事ビルボード・チャートで1位を獲得した前作アルバム『1000 Forms of Fear』(2014)のアートワークは、特徴的なブロンドヘアだけをデザインしていた。あるいは、2015年のグラミー賞式典における、後ろ向きでのステージ・パフォーマンスを思い返す人もいるだろう。シーアは、自身の知名度が高まるにつれ、公の場で素顔を出すことがなくなっていた。
そこで、素顔を見せない、というイメージが浸透したところにドロップされたのが、『This Is Acting』のユーモラスなアートワークなのである。『これは演技なのよ』という説明的なタイトルの切れ味も秀逸だ。本国ソロ・デビューから20年近くを経て巻き起こされたワールドワイドな狂騒の中にあっても、シーアは彼女自身を見失うことなく、タフにクレヴァーに、キャリアを紡いでいることが伺える。
2008年作『Some People Have Real Problems』ではベックとのデュエットが話題になり、或いはデヴィッド・ゲッタのダンス・ヒット「Titanium」やエミネム作品への参加が話題を集めてブレイクへと至ったシーア。2015年には、ジョルジオ・モロダー約30年ぶりのアルバムで、タイトル曲「Déjà Vu」に素晴らしいヴォーカルを吹き込んでいた。そもそもはシンガー・ソングライターとして評価されてきた彼女だが、新作ではダンス・ポップ・ディーヴァとしてのイメージまでも巧みに利用しようとしている。
激しく渦巻く傷心の思いをポップ・ソングへと落とし込むシーアの手腕は、例えば「Move Your Body」や「Cheap Thrills」といったダンサブルな楽曲で活かされている。ダンス・チューンといっても決して陽気な楽曲には成りえず、ハスキーで力強い歌声と刹那的な歌詞がエモーションを描き出すシーア節は健在だ。先行シングルとしてリリースされた“Alive”は、もともとアデルへの提供曲として用意されていたものが断られた、という経緯を持っているのだけれど、シーア自身の歌唱力によって真価を引き出されている。
また、衝動的でスリリングな心理描写を伝える“House On Fire”や、甘い記憶に触れることで切なさを立ちのぼらせる“Footprints”といった楽曲も、それぞれにシーア流のエモーショナルなR&Bとして仕上げられている。中でも、ソングライターとしての資質がもっとも強く煌めいているのは、“Reaper”だろう。カニエ・ウエストによるドラマティックなプロデュースの中に、メロディが映えて白眉だ。人々が抱くシーア像に応えつつ、その一枚上手をゆくようなアルバムとなっている。
(Text:小池宏和)
◎リリース情報
『ディス・イズ・アクティング』
2016/02/03 RELEASE(輸入盤は1月29日発売)
SICP-4624 2,200円(tax out.)
iTunes:http://apple.co/1PLwirI
※日本盤解説&対訳つき、ボーナス・トラック3曲収録
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