Billboard JAPAN


NEWS

2025/11/18 09:30

江戸川乱歩『透明怪人』の世界を舞台化【少年探偵団 空気男事件】初日レポート

 ネルケWESTが、関西から“新しい演劇エンターテインメント”を発信する『NELKE WEST PROJECT』を始動。その第1弾となる舞台【少年探偵団 空気男事件】が、11月15日に大阪・近鉄アート館で幕を開けた。

 本作は、江戸川乱歩の少年向け推理小説シリーズ第7作『透明怪人』(1951年連載)を原作に、乱歩作品の舞台化を多く手がけてきた石井幸一(一徳会/鎌ヶ谷アルトギルド)が脚色・演出を務める、“見えないもの”の恐ろしさとスリルを描いた物語。休憩なし、約1時間40分のワンステージで、出演者はほぼ出ずっぱり。その緊迫感も手に取るように伝わる作品だ。

 とある夕暮れ。見知らぬ町に迷い込んだ島田少年と木下少年が、骨董屋の店先で不気味な紳士に出くわす。好奇心から尾行を始めた2人の後を、さらにもう一人の男が追っていく。その尾行の連鎖の果てに彼らが目にしたのは、空気のように透き通った透明人間、人呼んで“空気男”だった。以降、町では空気男の仕業と思しき騒ぎが次々と起こり、少年探偵団と明智小五郎が立ち上がる。

 嵐のような風雨の音が響くなか、一人また一人と少年たちが舞台に集い、少年探偵団団長・小林少年(田中幸真)の手首を人差し指でトントンとたたく合図で群読が始まる。彼らの言葉に誘われ、観客は一気に江戸川乱歩の怪奇な世界へと入り込む。

 キャストは、関西出身者を中心とした10名。事件の謎を解く名探偵・明智小五郎を演じるのは、劇団Patchの竹下健人だ。1対1の即興演技トーナメント【PLAY ULTRA -Grand Tournament 2024-】でネルケプランニング賞を受賞したことを機に明智役に抜擢された。颯爽と舞台に現れ、鮮やかに事件を解き明かしていく竹下。その鋭い目力と確かな語り口で物語の核心へと引き込み、「また明智探偵に会いたい」と思わせる存在感で魅了した。

 羽柴少年を演じる平井浩基は、2011年上演の【少年探偵団】(脚本・石井幸一、演出・中野成樹)の出演経験を持つ。今回は少年探偵団の一員として、また、大人の役どころでも登場。巧みに演じ分けながら物語の厚みを支えている。

 また竹下と平井を除く8人は、オーディションで選ばれた。島田少年役の唄 陸斗は、爽やかかつ上品な佇まいで、島田少年の背景にある育ちの良さや誠実さも丁寧に描き出す。木下少年役の小野陽希は、初舞台とは思えない繊細な表情の変化で、恐れと好奇心のあいだで揺れる少年像を体現した。

 少年探偵団の団長・小林少年を演じる田中幸真は、神戸を拠点に活動する10人組の演劇ユニット、神戸セーラーボーイズのメンバーだ。田中は探偵団のリーダーらしい聡明さと芯の強さをにじませ、最年少ながらもしっかりと物語の中心に立った。

 大友少年役の下松谷嘉音は、勇敢でまっすぐな性格をフレッシュに演じ、恐怖におののく瞬間の脆さも細やかに表現。田村少年役の髙橋真佳把も、自信に満ちた語り口や立ち姿で「少年らしさ」そのものを感じさせた。

 刑事の中村善四郎を演じる加藤詩音は、おおらかなその性格を大きな声とダイナミックなジェスチャーで表現し、舞台に明るい推進力を与える。記者の黒川勝一役を担う小山栄華は、言葉巧みに少年たちをその気にさせ、観客も思わずそのペースにはまってしまう。怪老人を演じる和田雄太郎は、長いひげに大きなフードというシルエットで、舞台上に現れるだけで不穏な空気を漂わせた。

 明智と少年探偵団は、そんなクセ者ぞろいの大人たちを相手に、空気男の正体と事件の真相に迫っていく。少年たちにとって明智は憧れの存在であり、彼の一挙手一投足に目を輝かせて見つめる。そのまなざしは、先輩俳優の竹下に向けられるそれと地続きでもあり、舞台上の物語と現実の関係性が美しく重なり合う。

 セリフの端々から物語の時代背景が戦後間もない時期であることが伺え、舞台上に直接描かれていない戦後の街の景色までもが、観る者の想像の中ににじみ出てくる。また、古風な言い回しで構築されたセリフに対し、俳優の身体の使い方や小道具の動線は現代的で、そのギャップが舞台空間に洗練された躍動感をもたらしている。そんな時代感覚の交錯も、作品の魅力をいっそう際立たせた。

 緩急自在に身体を操る俳優たち。そこに独特の流れが生まれ、乱歩作品の奇怪な世界観を色濃く浮かび上がらせる。また、少年たちが舞台の脇でポスターのようなフォーメーションを取る場面もある。そこだけ切り取っても一枚の絵になる構図が、江戸川乱歩が描く少年探偵団の世界観を鮮やかに焼き付けた。

 クライマックスでは、明智の種明かしを少年たちが息をのんで聞き入る。固唾を呑む音まで聞こえてきそうなほど集中した空気の中、明智の言葉が進むごとに、少年たちと観客のリアクションがシンクロしていく。真相が明かされる瞬間には、「なるほど!」と思わず膝を打ちたくなるはずだ。

 そうして結末を知ったうえで改めて観劇すると、伏線や仕掛けを俯瞰して味わう楽しさも生まれる。1回と言わず、2回、3回と足を運びたくなる作品であり、江戸川乱歩作品でのシリーズ化にも期待が膨らんだ。

 初日終演後には、竹下が代表し「関西を演劇で盛り上げていくという目的で発足したこのプロジェクト。今回はその第1弾で、はじまりの瞬間でもあります。これからも僕たちはこうして演劇を通じて、舞台を創造し、そして物語の世界を想像する楽しさをお客様と共有できたらいいなと思います」と語った。

 江戸川乱歩のノスタルジックで奇妙な世界観はそのままに、次代を担うキャスト陣と、確かなクリエイター陣の手腕が交わった【NELKE WEST PROJECT vol.1 『少年探偵団 空気男事件』】。関西の演劇シーンに新たな風を吹き込んだ。

TEXT:岩本和子
PHOTO:宮坂浩見


◎公演情報
【NELKE WEST PROJECT vol.1 『少年探偵団 空気男事件』】
2025年11月15日(土)~11月24日(月・休)大阪・近鉄アート館
チケット:全席指定 
平日 5,800円(tax in.) 
土日祝 6,800円(tax in.)
https://www.nelke.co.jp/stage/nelkewestproject_vol1/


(C)2025 Nelke Planning co.,ltd.