2025/09/05 18:00
世界の音楽市場は近年、かつてないほど緊密に結びつきつつある。ストリーミングの普及によって、アーティストは国籍を問わずグローバルな成功を目指せる時代に。米ビルボード・チャート上位には、韓国やラテン圏のアーティストが並び、英語以外の楽曲が世界中でヒットを記録する光景は日常的なものとなった。
しかしその中で、日本は依然として特殊な存在だ。世界2位の音楽市場規模を誇りながらも、独自の業界構造と文化に守られ、多くの海外アーティストにとって高い壁であり続けている。その壁を越えようと挑み続けているのが、アルゼンチン出身の音楽エグゼクティブ、エドゥアルド・バサガーニャ(Eduardo Basagaña)だ。
ブエノスアイレスで生まれ育ったバサガーニャは、若くして音楽業界に足を踏み入れた。クラブやインディペンデントのライブ・プロモーションからキャリアをスタートさせ、やがてプロモーターやアーティスト・マネージャーとしてヨーロッパやアメリカへ活動を広げていく。2008年には自身のエンターテインメント会社「EB Producciones」も立ち上げた。
今回、バサガーニャがマネージメントを手掛けるスペインのトップスター、アナ・メナが8月末に開催された【a-nation 2025】に出演した。2002年から行われている同フェスへアジア圏以外のアーティストが出演するのは史上初であり、彼は長年のビジョンのひとつを実現させた。
バサガーニャのビジネス哲学はシンプルだ。彼が繰り返し強調するのは“忍耐”の重要性だ。現代の音楽シーンは即時性を重視し、SNSを通じた“バズ”が一夜にしてキャリアを変えることもある。しかし国際的な音楽ビジネスにおいては、文化の違いや言語の壁、複雑な契約交渉など、短期間で解決できない課題が山積している。
「忍耐、そして相手を理解することが国際ビジネスに不可欠な資質です」と彼は語る。「最初に日本のエグゼクティブと会ったとき、彼らはとても丁寧でしたが、同時に慎重でした。“ラテン音楽を日本に紹介したい”と伝えても、すぐにイエスにはならなかった。答えが返ってくるまで長い時間待たなければなりませんでした」
実際、アナのブッキングには5年以上を要した。何度も話し合いを重ね、文化的な相違を理解し、信頼を築いていった。その粘り強さが最終的に【a-nation】という大舞台への扉を開いたのだ。
「彼女をブッキングする話をしていたとき、最初は誰もがアジア出身ではないアーティストを初めて出演させることに不安を感じていました。その気持ちはよく理解できます。でも私は、人生には時にリスクを取る必要があると伝えました。私の経験では、リスクを取るたびに素晴らしいことが起こってきました。そういう瞬間こそ、まさに魔法が起きるんです」
新しい市場で成功するには、アーティスト自身の努力も不可欠だ。すでに母国スペインとヨーロッパで知名度があり、アリーナやスタジアム公演を行っていたアナは、バサガーニャと組んでラテン・アメリカでのプロモーションを強化していった。
「アナに初めて会った日に、彼女はこう言いました。“たとえ100人の観客の前で演奏しなければならなくても構わない。私はラテン・アメリカで成功したい”、“1日にインタビューが15件あっても気にしない。やり遂げる”と。その姿勢はとても重要です。なぜなら、アーティストは自分の市場で居心地が良くなると、プロモーションのために早起きするのを嫌がることもあるからです」
「一緒に仕事をし始めた最初の1年で、彼女のストリーミング数は1500%増加しました。ラテン・アメリカでの公演を手配し、コラボレーションを企画し、メディアやラジオ局と密に連携して彼女の曲を積極的に流し、インフルエンサーともプロジェクトを進めました」
さらに、スペイン版『ザ・ヴォイス』へのコーチ出演、そして近日公開予定のワーナー・ブラザース・ピクチャーズ・スペインによるMotoGP題材にした映画『Ídolos』に主演女優として出演するなど、クロスメディア・プロモーションも積極的に展開している。
日本での初ライブへ向けたアナの取り組みもバサガーニャは高く評価する。
「アナは非常に集中して準備に臨んでくれました。彼女は常に自分に高いハードルを課すタイプで、今回が日本初のパフォーマンスということもあり、並々ならぬ意気込みを持っていました。ダンサー8名とリハーサルし、ライブで披露する日本語のフレーズも準備しました。こうした細かい気配りが観客と距離を縮めるために、非常に役立つのです。【a-nation】での成功は、日本とラテンのアーティストによるコラボレーションを進めていくための重要な第一歩になると感じています」
これをきっかけに、より多くのラテン・アーティストを日本に紹介し、日本のアーティストをラテン・アメリカやヨーロッパにも広めることを目指すバサガーニャ。幼い頃から日本文化に憧れ、浜崎あゆみや倖田來未をリスペクトしてきたという彼に、日本の音楽シーンはどのように映っているのだろうか。
「日本の音楽は世界でヒットする力を持っています。ただ、まだ“やる”という決断をしていないだけだと思います。リスクを取る勇気があれば、世界は待っているんです」
特にラテン圏において、アニメは大きな入り口だと彼は語る。「なぜなら、ラテン・アメリカのどこにいても……人口わずか1,500人の小さな街でさえ、アニメ・ファンが必ずいるからです。これはK-POPにはなかった強みです。K-POPはBoAのような先駆者が日本に進出し、Wonder Girlsがアメリカで活動するなど、ゼロから築き上げてきました。一方、日本の音楽はすでに待っているファン層がいるため、有利な状況にあります」
グローバル展開の成功には、単に良い音楽があるだけでは不十分だ。真の文化的交流や戦略的協力、そして新しいファン層を一から築くために時間を惜しまないアーティストの存在が不可欠だ。言語の壁を超えた世界的な音楽消費が広がる中で、バサガーニャが描く日本人アーティストのグローバルな活躍のビジョンは、ますます現実味を帯びている。
「私は日本のアーティストが海外で活躍することに非常に期待していますし、日本の音楽を信じています。日本の音楽と、ラテン・アメリカだけでなく世界をつなぐ架け橋の手助けができると思っています。ラテン音楽やK-POPが世界的に広まっているなら、なぜ日本の音楽がそうなってはいけないのでしょうか?」
音楽とコミュニティをつなぐことに情熱を注ぐバサガーニャは、今後インドやアフリカへの進出も視野に入れている。
「新しい市場に行くときは、必ずその市場を調べます。その国で流行っているトップ10の曲を聴いて、何が人気なのかを理解しようとしています。熱意を持って取り組むだけでなく、人とのつながりや学ぶ姿勢も大切にしています。自分を音楽の専門家とは呼べませんが、できるだけ多くの曲を聴くように努力しています」
国境や言語を超え、音楽を通じて文化を結びつけるバサガーニャの挑戦は、これからの国際音楽市場に新しい扉を開こうとしている。
Text: Mariko O.
Photo: @tutedelacroix
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