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2023/08/30

<ライブレポート>水槽“邂逅”によって取るに足らない物語が完結【FIRST CONCEPT LIVE「ENCOUNTER」】

 先日、最新アルバム『夜天邂逅』をリリースした水槽が、同作の世界観を元にしたコンセプトライブ【FIRST CONCEPT LIVE「ENCOUNTER」】を、8月27日、表参道WALL&WALLにて開催した。自身にとって初の単独公演でもあり、初回販売分はわずか15分で完売するというプレミアムなライブとなった同公演のレポートをお届けする。

 アルバムの冒頭を飾る「夜天邂逅」で<無数の取るに足らない物語をその末路を/意図しようがしまいが/違う鍵だとしても開いてしまうのだろう>と歌われているように、『夜天邂逅』は楽曲ごとに異なる人物の“取るに足らない物語”が描かれた作品だ。そして、今回の【ENCOUNTER】は、その登場人物たちが“水槽のライブを見るために集まる”という、昨年8月リリースの「イントロは終わり」から約1年に渡って描かれてきた『夜天邂逅』という作品の物語が完結する場所でもある。
 
 午後六時、暗転とともにステージの背景を覆うスクリーンに「夜天邂逅」の登場人物の語りと思われる言葉が投影され、イントロとともに水槽がステージに現れた。ステージセットはスクリーンを除けばマイク一本のみという極めてシンプルなもので、観客は大きな歓声をもって迎えながら、その視線のすべてが水槽本人へとまっすぐに注がれていく。息を呑むほどの緊張感に満ちた空間の中で、滑らかなフロウや明滅する音色とともに言葉が重ねられていき、徐々にドラマティックな表情を見せていくメロディと美しい歌声が響き渡ると、やがて緊張は高揚へと変わり、トラックの盛り上がりとともに観客の興奮も一気にピークを迎える。最後のサビを迎える頃には水槽自身も笑顔で観客に手拍子を促し、楽曲が終わる頃にはこれが一曲目であるにもかかわらず、どこか一体感のようなものが会場に生まれていた。

 一曲目を終え、スクリーンには「夜天邂逅」のミュージック・ビデオの続きのように描かれた「事後徐景」の再生画面が映し出され、そのまま同楽曲のパフォーマンスへと続いていく。その後も、「イントロは終わり」から「NIGHT OWL」、「ブルーノート」から「首都雑踏」といった具合に、各登場人物の言葉を前置きにして、『夜天邂逅』の楽曲と、“その人物が聴いている”という設定で選ばれた過去の楽曲がセットで披露されていく。つまり、単なるライブのセットリストの一つではなく、『夜天邂逅』で描かれたそれぞれの人物の物語を拡充する役割として、過去の楽曲が用いられているのだ。ライブを通して「この人物はこの曲が好きなんだ」という発見を重ねていく中で、それぞれの登場人物の存在が自分の中でよりリアルなものになっていく。それはまさに、単独公演という場だからこそ実現できたであろう、“取るに足らない物語”を愛せるようにという水槽の想いを具現化したような体験だ。

 また、DJイベントも数多く開催される表参道WALL&WALLの音響は、EDM/エレクトロやヒップホップといったダンスミュージックからの影響が色濃い水槽のトラックと相性は抜群。身体をしっかりと低音で揺さぶりながら、繊細なタッチで描かれた音色の一つひとつが鮮やかに空間全体を彩っていく。クールなファンクネスに突き動かされる「事後叙景」や、緻密に構築された音のレイヤーが聴き手を包み込む「呼吸率」など、全身で楽曲を浴びることで初めて気付かされるトラックの真価にも驚かされるばかりだった。

 だが、何よりも観客を魅了していたのは、やはりその歌声に他ならないだろう。楽曲の登場人物や場面、言葉と呼応するように鮮やかに切り替わっていく声色とともに会場に響き渡る歌声の美しさは、筆者個人としてもこれまでに経験したことがないほどのものであり、特に「カペラ」、「はやく夜へ」と、しっとりとした楽曲が続くパートでは、生の歌声らしい、あまりにも絶妙な吐息のコントロールも相まって、まさに至高という他ない空間を作り上げていた。この日は『夜天邂逅』にゲストとして参加したBonberoと鯨木もサプライズで登場して会場を大いに湧かせていたが、Bonberoとの「EAR CANDY」では息の合った見事なマイクリレーが、鯨木との「極東より」ではミュージック・ビデオのような小気味良い二人のキャラクターの掛け合いが披露され、その鮮やかなコントラストもまた歌声の魅力を更に際立たせていた。

 楽曲の世界観、トラック、歌声と様々な角度からライブならではの魅力を披露してきた【ENCOUNTER】は、『夜天邂逅』の中でも特に剥き出しの感情が歌われる「ハートエンド」で最後のパートを迎えた。迸る感情に身を委ねるかのような壮絶で美しい歌声と壮大なサウンドスケープが会場を覆い尽くす。圧巻のクライマックスを迎えた水槽(あるいは「ハートエンド」の主人公)が本編最後の楽曲に選んだのは、以前、「水槽というアーティストから自分自身に対してエールを贈るような曲」と語っていた「遠く鳴らせ」。会場中に響き渡る手拍子と、<Callin’ 遠く鳴らせ>という言葉とともにどこまでも天高く掲げられたたくさんの手は、それがこの場に集まった人々にとっても同様に強い力を与えるものであることを確かに示しており、それはあまりにも美しい物語の帰結であるかのように思えた。

 とはいえ、これで終わりではない。アンコールの声に応えてステージへと戻ってきた水槽は、このライブに協力してくれた人々や観客への感謝の声を伝え、(本編では袖に配置されていた)自身のラップトップをステージ上に持ち出して最後の楽曲の準備を始めた。「バンドサウンドの楽曲だから、こういう(ラップトップからプレイする)形で披露することに抵抗があって、今までのライブではやってこなかった」、「今までの人生で一番許すことのできない人に対して、今は許せなくても、愛することができたらと思って書いた曲」と語り、本当の最後に披露されたのは「白旗」。水槽というアーティストを象徴する<閃いたようなその白旗を/掲げてた震えた手をどうか忘れないで>というフレーズが歌われるこの曲を、敢えて観客全員が見えるようにラップトップを使って披露したのは、自らが曲を作り、歌うという“水槽というアーティストを見せる”という想いの表れだったのではないだろうか。その姿はあまりにも美しく、全19曲のパフォーマンスを完遂した水槽に対して、観客は惜しみない歓声と感謝を送り続けた。

 『夜天邂逅』は映画やドラマにはならないであろう“取るに足らない物語”を描いた作品だが、水槽はその物語を必死で生きる平凡な人々を徹底的に肯定しようとする。緻密に作り込まれたトラックも、見事な歌声も、そのすべては物語のリアリティへと繋がっていく。各楽曲の前にスクリーンに映し出されたそれぞれの登場人物の言葉には、楽曲と同様に多かれ少なかれ人生を生きることの難しさが投影されており、きっと観客の多くもその感情に共感を抱いたからこそ、この場に集まったのだろう。水槽が作品とライブを通して徹底的にリアルに描きあげた“取るに足らない物語”を生きる人物たちと、実際に日々を生きる私たち、そして水槽というアーティストが“ENCOUNTER/邂逅”することによって、『夜天邂逅』は見事な終幕を迎えた。

 以前、自身を通してライブそのものの魅力や楽しさを伝えたいと語っていた水槽だが、アンコールを終え、ライブが完全に終わったことが分かっているのに、しばらくの間ほとんどの観客がなかなかその場を離れずにいた光景は、その想いがしっかりと伝わっていたことを示していたように思える。ここにしかないものが確かにあるのだ。


Text by ノイ村
Photos by Junya Watanabe

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