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2022/03/16

<ライブレポート>ヒグチアイ、最悪も最愛も抱えた夜 「元気じゃなくても、またお会いしましょう」

 TVアニメ『進撃の巨人』The Final Season Part2のエンディングテーマとして書き下ろした「悪魔の子」の世界的ヒットに、4月にリリースされる香取慎吾のアルバム『東京SNG』への参加など、今年に入って大きな話題を集め続けているシンガーソングライターのヒグチアイ。3月2日にリリースしたばかりのアルバム『最悪最愛』をひっさげ、3月11日に東京・EX THEATER ROPPONGIにてワンマンライブを行った。

 この日は久しぶりのバンドセットでのライブということで、ステージ中央にヒグチアイ、彼女を後ろから囲むようにベースの御供信弘、ドラムの伊藤大地、ギターのひぐちけいが並び、アルバム収録曲を中心に次々と披露していく。冒頭から、力強いビートにしなやかなピアノのフレーズを響かせ、シンプルながらグルーヴィ、そして息ぴったりのアンサンブル。「悪魔の子」では、彼女が鍵盤から離れてハンドマイクで熱唱するシーンがこの日のハイライトのひとつだったが、エモーショナルなだけでなく、ライブで聴く生歌だからこそ、その繊細さや優しさ、温かみを感じさせるものだった。

 アルバム『最悪最愛』はそもそも、聴き手が自分自身の夢や痛みと対峙しながら味わう楽曲が多い、まさにヒグチアイのリアルな人間味が溢れるソングライティング力に一層磨きがかかった作品である。だからライブにおいても「やめるなら今」や「距離」など、曲が披露されるごとに、深く深く、心の奥底や過去や現実へと沈み込んでいくような感覚になる。最初のMCで「今日だけは、ここに来てくれた人たちのために歌います、そして私のために歌いたいと思います」と言い「ゆっくり楽しく考えながら自分のための時間にしてください」と彼女が言ったのは、そういうことだ。「私の想いを聞いてください」でも、「みんなでひとつになって楽しみましょう」でもない。忙しく過ぎていく毎日の中で、何となく忘れ去ってしまったことや、無かったことにしたい出来事や、辛いから目を背けてしまったことを、音楽の中で一人きりになって、思い返すような、そんな時間。『最悪最愛』のタイトル通り、ヒグチアイの歌声に乗って両極端に感情が揺さぶられていく。心のひだを優しく撫でるようなピアノのイントロに導かれ「劇場」を歌い始めたら、彼女の周りを観客が体操座りで取り囲んで互いにひとりぼっちのまま聴き入っているような感覚になった。一転して「縁」では朗らかなメロディが会場に満ちるとみんなでリズムに乗って手拍子をしたり、コロナ禍ということもあって歓声を上げたりはしないけど、心が忙しくてずっとドキドキしていた。

 曲の合間に話し始めたら、自らの臆病さも曝け出すような発言をするのがチャーミングな彼女。メジャーデビューをして1年ぐらい経った頃に、この日、使用していた鍵盤を買ったと言っていた。20キロもの重さの、その鍵盤を買うということは「一人では運べない、常に誰かスタッフに手伝ってもらわなきゃいけない、その努力をしなきゃいけない」ことだったと。鍵盤を前にして彼女が迷っている姿が目に浮かぶエピソード。だけども葛藤の中で決意し、踏み出した過去があるからこそ、ヒグチアイの今がある。

 そしてこの日は「人前になんて出たくないと思う自分」と、「それでも歌って表現したいと思う自分がいる」なんて話も印象的だった。その二面性が彼女の人間らしいところで、今回のツアーグッズのペンライトを使用しているお客さんを見つけると嬉しそうに反応し、だけど他の人もライトを灯し始めると「いいよもう、しまって(笑)」と恥ずかしそうにしたり。そんな風に、臆病さと勇敢さ、憎しみと愛など、アンビバレンツな感情をどちらも抱えたまま表現するのがヒグチアイの本質であり、それがごっそり詰まっているのが『最悪最愛』なのだ、というのが生で感じ取れる素晴らしいステージだった。

 ライブの終盤、かつて東日本大震災が起こった3月11日にライブをするために、用意された新曲も披露した。それは、たくさんの叶えられなかった夢の歌であり、だからこそ生まれた夢の歌でもあった。「元気じゃなくても、またお会いしましょう」そう言って、最後に長いお辞儀をした。それはあまりにも誠実な言葉のように思えた。ヒグチアイのライブにある温かさ、心強さは、目の前で披露される楽曲と共にたくさん自分自身と向き合って涙した後にやってくる。「悲しい歌がある理由」という曲に<悲しい歌はあなたを傷つける/古傷をもう一度斬りつけてしまう>とあるが、それこそが“私たちがヒグチアイのライブを観る理由”でもあるのかもしれない。<あなたはずっと強くなった>と歌の中で教えてくれるから。最悪も最愛も抱えた日々を越えて、また彼女のライブに来たい。この日、訪れた多くの観客がきっとそう思ったことだろう。

Text:上野三樹
Photo:藤井拓


◎公演情報
【HIGUCHIAI band one-man live 2022 [ 最悪最愛 ]】
2022年3月11日(金)
東京・EX THEATER ROPPONGI

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