Billboard JAPAN


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2022/02/28

<ライブレポート>大森靖子の音楽が響く世界に届いた夜、孤独や絶望がどれほど追いかけてきても生き直せると思った。

 (大森さん、変わらないなあ)

 2月22日、【大森靖子 自由字架ツアー 2021~一生で人生5回分生きる方法~】の千秋楽の終盤、Billboard Live YOKOHAMAのステージ端まで歩いてきた彼女に向かってカジュアルエリア3階席の端から思わず手を振った自分に笑顔で返してくれた瞬間、つくづく実感した。

 彼女のライブを初めて観たのは何年前だっただろう。白い肌、黒い髪、淡い色のワンピースを着た、苺のショートケーキをイメージさせる風貌の大森靖子というシンガーソングライターの、顔を歪ませ、白目を剥き、心臓に指先を食い込ませるような歌とギター、市松模様のフロアに散らばる酔客の誰をも逃しはしないと言わんばかりの気迫に瞬きも呼吸も忘れそうになった真夜中はいつのことだっただろう。

 あれからたった1人でピンク色のキラキラ光る旗を世界の真ん中にぶっ刺して、何本も何本もぶっ刺して、口にする言葉、ネットに漂流する宣言を1つ1つ章立てしながら叶えていく姿はあまりに痛切で痛快だった。人によってはそれが無様に映る時もあったかもしれない。その度に放たれる無数の音楽は弾丸にも似て、この世を生きていくためのヨレヨレの乾燥した古い外殻を剥がされて本音と血肉が飛散し、新たな自分を引き摺り出されたことに気づく。その繰り返しをどれほど繰り返しただろう。

 豪奢なライトの渦が天井に収納され、U字型の黒い管が剥き出しになったステージの下、まん延防止重点措置で繰り上げられた定刻19時30分。割れんばかりの拍手を受け取りながらsugarbeansと共に登場した彼女は、空と宇宙の狭間や海底を想起させる深い青のドレスを着ていた。笑みを浮かべながら深くお辞儀をすると、アイボリーのヘッドドレスの装飾がきらりと光った。黒尽くめのsugarbeansは上手のグランドピアノに腰掛ける。

 ピンクのサイリウムが光る中、幕開けを飾ったのは「LiBiDo FUSION。彼女が“共犯者”として活動するZOCの楽曲だ。官能的ながら品の良さを感じさせるジャジーなsugarbeansのアレンジと反して、「私が人生で一番やばい女だよね」のリフレインでそこはかとなく声色を変え、サビで早々にマイクスタンドから外したピンクのハンドマイクを手に、舞台に敷かれたピンクのカーペットの上でヒールの高いブーティでも構わず所狭しと歌い、踊る。

 スタッカートとファルセットに甘やかな吐息が混じる歌唱、忙しないピアノの低音のドラマティックな駆け引きに恍惚感を覚えていると、矢継ぎ早にアニメ『ブラッククローバー』のオープニングテーマ「JUSTadICE」へ。焦燥感と諦観の炎がミントグリーンの水玉のライトの下で燃え続け、激しいラップパートでは「DIE」と叫ぶ度にサイリウムが呼応して振り上げられた。

 跳ね回るイントロに包まれながら掠れ気味の声で「どうも、大森靖子です! よろしくお願いしまーす!」と挨拶した直後に、とびきりキュートでダンサブルな「子供じゃないもん17」。フロアのあるファンは手拍子をし、あるファンはサイリウムを振って思い思いに楽曲を楽しむ様も、ドレスを掴んでくるくる回り、しゃがんで目線を合わせようとする彼女も、そんな光景に笑顔を浮かべるsugarbeansも、多幸感で煌めいていた。

  モニターに背を預け、スマートフォンを掲げる最前列のファンをまっすぐに見つめながら始まった「えちえちDELETE」。歌詞を具現化するかの如く流麗なメロディーを、爪を立てるような和音を奏でるsugarbeansに負けじと声を張り上げ、或いはノスタルジックに情感を込めて歌い上げた。

 一度座り込んでポエトリーリーディングのようにシアトリカルに始まった「ひらいて」は同名映画の主題歌。波打つピアノの上でダウナーな低音と叫びを思わせる裏声のクライマックス感に心臓が高鳴るが、ここでやっと5曲目が終わったのだ。一旦はけたのはsugarbeansだけで、息を吐く暇も水分補給の暇もなく、大森靖子のワンマンオンステージ、3部構成の2部目が幕を開けた。

 白薔薇でベルトを彩ったギターを手にした彼女の弾き語りは、優しくて優しくなく、易しくて易しくない。「アンダーグラウンドから君の指まで遠くはないのさ」というパンチラインで心臓を鷲掴みにする「ミッドナイト清純異性交遊」。ファンの手拍子、サイリウムの回転、ケチャが止まらないキラーチューンをコラージュ的に解して再構成しながら「イマジナリーフレンド」「エンドレンスダンス」や、沸騰しそうな感情を瞬時に美しい詩に変えて組み込みながら歌い続ける。

 そうだ。大森靖子は“超歌手”だった。コロナの影響に伴う時間制限さえなければ、セットリスト表からはみ出すくらい歌いたい曲があったのだろう。墓穴から花火が打ち上がるようなチューニングから、か細く吐き捨てるような、泣きじゃくるような声の「マジックミラー」では、ほんの束の間の無音の時間ですら“緊迫感”が音を鳴らしている錯覚が生じた。

 光量を増したピンスポットに照らされて闇が深まるステージで、うら寂しい静謐さのループとしゃくり上げるパンキッシュなボーカル交錯する「最終公演」「みかんのうた」「少女漫画少年漫画」「キラキラ」を立て続けに。途中ピックを落とし、指弾きで紡がれる重い和音、アルペジオの柔らかな強弱に聴覚を奪われる。

 「一昨日Twitterで流れてきた……」から紡がれた即興演奏からようやくMCタイム。と思いきや、“MCのための時間”と言い切れるほどの時間は取られないまま、運指も発声も止めることなく「全部コロナのせいだ! ……本当にここで、ああ! 笑ってくれなきゃ私死んじゃうよ……」と、やはり全て楽曲として作り上げてしまった。一音も聴き漏らすまいと緊張感を孕んだファンの張り詰めた空気が霧散し、笑い声があちこちかで起きた後に「新宿」。「私 新宿が好き 汚れてもいいの」というむざむざ傷つきに行かなければ紛らわすことのできない孤独感をそのまま取り出したフレーズに連なるようにして、とても好きだったという黄金町の思い出を語り出す。「大学の講義で『黄金町はちょっと近寄り難い町だから綺麗なイメージにするためにアートで飾っているんです』と言われた時に、『ああ』と……」「汚いものを綺麗なもので隠すというのはなんだろうな、アートはそれを無視して綺麗と言えるものなんだろうか。それがアートだとしたら『アート』とか言ってる奴全員嫌いだなって思いました」。それらはやはりやがて歌になっていった。早く早くと急いて。 

 最初は弦を弾きながら、途中はピンクのテープが発光する中アカペラで、再びステージに現われたsugarbeanのピアノと共に、そして下手で長髪と黒いワンピースを閃かせながら踊るrikoと共に「NIGHT ON THE PLANET」を絶唱する。ギターを下ろし、抱きしめた後、ハンドマイクを握りしめ、モニターに頭を預け、ピンクのコードに絡まったマイクスタンドで自身の体を貫くような姿勢で、偽物の夜空を見上げ。

 流れ星の軌跡を描くようなフレーズに突き動かされるようにして立ち上がった彼女が歌い出したのは「流星ヘブン」。rikoは体を開いて回り、天地がひっくり返るような体勢になり、重力を感じさせないのに人体の秘められた美しさを彼女の傍で演じ、躍動する。2人は視線を交わすことなく、時に離れ、時に近づき、次第にグランドピアノに辿り着き、身を預けた。

 3人が3人とも1人を延々ずっと追いかけていても満ち足りるほどのパフォーマンスを披露しているというのに、3人が同時にここにいて創作している現実に少しの過不足もない。決して零れたりあぶれてしまったりしない。大森靖子が“超歌手”たりえる理由、この編成でこの夜この舞台にいる意味を垣間見た。

 扇情的な旋律が終盤を告げる「死神」。歌詞の内容と心の震えを表すかの如く悲痛なビブラートを体現するようにrikoは蹲り、頭を抱え込み、耳を塞ぎ、段々と体を上げる。相反して倒れ込んだ彼女の真横にたどり着くと、ピンと糸を張ったかのように片足を高々と上げ、それこそ大鎌を思わせるワンシーンだった。雷のごとくびりびり伝播する「僕が闘う場所で命が蠢いている」の直後に着地する小さな音で、やっとrikoが人間であることを思い出した。

 終わりへと連なった楽曲は、彼女がプロデュースするアイドルMAPAの「アイドルを辞める日」。オリジナルではメンバーのマシンガンラップのような歌唱が、両手で力の限りマイクを握りしめる彼女が歌うと、咆哮に、怒号に、悲鳴になる。「音楽で会いましょう でも音楽じゃ」。軽やかな演奏の隣で、“女の子”のまま“超歌手”として突き進む彼女の葛藤と覚悟は、自分が想像するよりも遥かに辛苦にまみれた茨の道であるに違いない。それでも辞めない彼女の、大森靖子の音楽が届く場所にいることは幸せだ。

 疲労を感じさせないまま「ありがとうございました!」と再び深くお辞儀をした彼女だったが、スタッフに時間が押していることを告げられ、「やばい! (アンコールの)時間がない? 本当にダメ? どうしよう? どうしよう?」「あ、三谷(三四郎)くんが来たよ! なるほど!」と慌てる一幕には、ファンと共に顔を綻ばせ、脱力した。

 アンコールは全力でおまじないを唱える子供のような高速「猛れ」の連射からピアノの柔らかな和音に繋がる「Rude」。三谷三四郎によるYouTubeチャンネル街録ch~あなたの人生、教えて下さい~』のテーマソングだ。ゴールデンタイムの番組のレギュラーを務める著名人から、“いなかったこと”にされかねない無名の一般人まで分け隔てなく掬い上げる同チャンネルがこれまでにフォーカスした全ての人々を照らさんばかりに光る楽曲が、ミラーボールの光線と共にゆっくりと、つむじ風と同じ鋭さでファンの体に穴を開け、通り抜けて行った。

 「ありがとうございました! 大森靖子でした!」

 「Rude」の終わり間際の咳を忘却させる目一杯の笑顔だった。

 大森さん、変わらないなあ。

 

Text by 町田ノイズ
Photo by Masanori Naruse

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