2021/12/24 12:00
【ビルボードクラシックス スヌーピー プレミアム・シンフォニック・クリスマスコンサート2021】が、12月16日に東京・Bunkamuraオーチャードホールで行われた。
チャールズM.シュルツ原作のコミック『PEANUTS』の生誕70周年を記念して初めて企画された2020年のコンサートがとても好評で、2021年は東京以外に、大阪と名古屋でも開催されることになった。
東京公演は、早い段階でチケットが完売したと聞いてはいたが、満席の会場を目にするのがこんなに嬉しいとは。やっとこの光景が戻ってきた。
多くのファンと同じように私も子供の頃から『PEANUTS』のキャラクターが好きで、スヌーピーのぬいぐるみを大事にしていたし、文房具にも布のバッグにも彼らのイラストが描かれていた。映画を観に行ったこともある。
でも、1965年にアメリカで始まったTVアニメーションの特別番組『チャーリー・ブラウンのクリスマス』が国民的な番組で、今も毎年クリスマスになると、家族揃って観るのが伝統になっているということを、先日、宮本貴奈にインタビューする機会があって初めて知った。さらにジャズ・ピアニストのヴィンス・ガラルディが作曲した番組のサントラは聴いていたけれど、それがアメリカにおいて売り上げ1位のマイルス・デイヴィスの名盤『カインド・オブ・ブルー』に次ぐジャズ・アルバムだという事実にも驚かされた。
宮本貴奈は、学生時代から18年間アメリカに住んでいたジャズ・ピアニストで、2020年から始まったこのコンサートのピアノおよび音楽監修と進行役を担っている。話を聞くなかで、ジャズ・トリオがオーケストラと共演するチャンスはなかなかないことから、デイヴ・グルーシンに憧れていた高校生の時から抱いてきた、オーケストラと共演する夢がこのコンサートで叶ったと語ったのが印象的だった。その言葉に内包された喜び、彼女の感動が、出演者の揃ったステージを見てよくわかった。マエストロの栗田博文と東京フィル・ビルボードクラシックスオーケストラ、横浜少年少女合唱団、そして宮本貴奈(Pf.)、ジーン・ジャクソン(Dr.)、パット・グリン(Ba.)のジャズ・トリオがいるステージは壮観の一言。オーケストラにはハープまでいる。なんて豪華なのか。
その出演者を少し紹介すると、東京フィル・ビルボードクラシックスオーケストラは、東京フィルハーモニー交響楽団の選抜メンバーを主体とした特別編成のオーケストラ。宮本貴奈とトリオを組むジーン・ジャクソンは、ハービー・ハンコックのワールドツアーに参加したキャリアを持つドラマーで、パット・グリンは、ジャズからロック、そしてブロードウェイ・ミュージカルまで経験豊富なベーシストだ。
さて、コンサートは、『チャーリー・ブラウンのクリスマス』のサントラを中心とした構成で、そのメインテーマとも言えるナンバー、「クリスマス・タイム・イズ・ヒア」で幕を開けた。イントロでは、最後方に並んだ横浜少年少女合唱団のハミングがフィーチャーされ、宮本貴奈がMCで“天使の歌声”と紹介した、その素直な優しいピュア・ボイスで音を紡いでいく。とりわけ「マイ・リトル・ドラム」では「クルルルラ、クルルルラ、ラッパッパ~」というファルセットのフレーズが見事なまでの一体感で正確にリピートされ、その旋律だけで次第に舞台が高揚し、聴き手の感情をも揺り動かすマジカルな効果に、作曲家ヴィンス・ガラルディの意図のようなものが伝わってきた。
そして、ジャズ・トリオとオーケストラとの競演。優美なオーケストラの演奏にドラムとベースのリズムが加わることで、躍動感や華やかさが増して、よりクリスマスの楽しい雰囲気になる。普段異なるジャンルの世界に存在する、楽譜に忠実なクラシックとアドリブのジャズがどのような共演を繰り広げるのか。
それは期待以上だった。ビッグバンド風アレンジの「クリスマス・イズ・カミング」ではトランペットがジャズの演奏家のごとくカッコよく奏でられ、アップテンポの曲ではマエストロがまるで踊っているかのようにリズミカルに指揮をする。なかでも印象深かったのは、宮本貴奈がセットリストに入れることを熱望した「マイ・オウン・ドッグス、ゴーン・コマーシャル」という2分弱のナンバーだ。各楽器からひとりずつフィーチャーされ、ジャズを模したその演奏は誰もが素晴らしかったが、とりわけコンサートマスターが奏でるバイオリンは、軽快かつ深みのある甘美な音色で、一瞬で心奪われた。
プログラムの中盤あたりで、『PEANUTS』の代表曲「ライナス&ルーシー」が披露されたあと、宮本貴奈がMCで、「シュローダーと言えば、ベートーヴェンを崇拝していて」と紹介して、「エリーゼのために」を弾いた。その言葉に子供の頃、クラシック音楽をよく知らないのにシュローダーに対して、「君はベートーヴェン派か」と意味もなく思っていたことが蘇ってきた。演奏中にバックのスクリーンに、アニメーションの原画をコラージュしたスヌーピーと仲間達が映し出されると、懐かしさと共にそれぞれに個性を持つキャラクター達の記憶が蘇ってきた。想像以上に大人の観客が多い理由は、良質な音楽を求めてのことだとは思うけれど、この記憶が蘇ってくる幸せ感もひとつあるのではないだろうか。
そして、クリスマスの風物詩、チャイコフスキーの『くるみ割り人形』から「花のワルツ」をオーケストラが演奏した後、満を持してゲストの城田優が登場する。2020年に続く出演で、2021年は東京と名古屋の2公演に登場。外連味のない素直な発声の甘いボーカルで、「ザ・クリスマス・ソング」、「恋人たちのクリスマス~クリスマス・イヴ~ラスト・クリスマス」のメドレー、「ジャスト・ライク・ミー」を歌い、さらに宮本貴奈と「この素晴らしき世界」で息の合ったデュエットを披露する。宮本貴奈の歌は、彼女のアルバム『ワンダフル・ワールド』の「Tea for Two」を聴いてから、もっと歌ってほしいと思っていたので、個人的にうれしいサプライズとなった。
観客にとってのサプライズは、おめかしをしたスヌーピーの登場だ。身振り手振りで一生懸命観客にアピールするスヌーピーと城田優のやりとりがほのぼのとしていて会場もホッと和み、突然スヌーピーが指揮を始めると、それにピアノトリオと城田優が即興演奏に応じるなど、温かな空気に包まれた。
ヴィンス・ガラルディが『PEANUTS』の音楽を作曲することになったのは、番組プロデューサーのリー・メンデルソンがカーラジオから流れてきた彼の「キャスト・ユア・フェイト・トゥ・ザ・ウィンド」という曲に魅了されて、インスピレーションを得たからだという。一見子供向けと思われるアニメーション番組にジャズとは大胆な選択に映るが、『PEANUTS』のキャラクターとこの音楽に共通するのは時代を超えて愛され続ける普遍性だ。それを再認識する時間となった。
それにしても2時間弱のコンサートは、『チャーリー・ブラウンのクリスマス』から、ヴィンス・ガラルディの後継者デヴィッド・ベノワ作曲の『PEANUTS』ソング、クラシックの名曲、クリスマスのポップソング、讃美歌までまさに多彩なプログラムで、宮本貴奈が言っていた「不思議な玉手箱のようなコンサートになりますよ」という言葉を実感することが出来た。
私が観覧したのは東京公演のみだったが、12月7日の大阪公演には中川晃教とMay J.がゲスト出演。中川晃教は、自身がスヌーピー役で出演した『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』から「サパータイム」をコミカルに歌い、May J.は、美しい声でサラ・ブライトマンとアンドレア・ボチェッリの名曲「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」を熱唱して大きな拍手を贈られたという。
12月17日の名古屋公演は、前述したように城田優が出演。東京公演と同じように会場を魅了したと聞いているが、加えて会場がオペラも上演される愛知県芸術劇場だ。オーケストラとピアノトリオ、合唱団の歌声が見事に溶け合い、会場に美しく響き渡ったという。
両公演の好評ぶりに加えて、東京公演の帰り道、観客の「良かったわね」という感動を確かめ合う会話を耳にした。来年を予感させる余韻は今も続いている。しかも2022年は『PEANUTS』の生みの親、チャールズ M.シュルツの生誕100年のアニバーサリーイヤーだという。これは期待するしかないだろう。
Text by 服部のり子
◎公演情報
【billboard classics SNOOPY Premium Symphonic Christmas Concert 2021】
(ビルボードクラシックス スヌーピー プレミアム・シンフォニック・クリスマスコンサート2021)
2021年12月7日(火)
大阪・フェスティバルホール
2021年12月16日(木)
東京・Bunkamuraオーチャードホール
2021年12月17日(金)
愛知・愛知県芸術劇場 大ホール
指揮:栗田博文
ピアノ・音楽監修:宮本貴奈
ドラムス:ジーン・ジャクソン
ベース:パット・グリン
管弦楽、合唱団:
【大阪】大阪交響楽団、神戸少年少女合唱団
【東京】東京フィル・ビルボードクラシックスオーケストラ、横浜少年少女合唱団
【名古屋】セントラル愛知交響楽団、名古屋少年少女合唱団
ゲストボーカル:
【大阪】中川晃教、May J.
【東京、名古屋】城田優
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