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2021/08/27

『チアーズ・トゥ・ザ・ベスト・メモリーズ』dvsn&タイ・ダラー・サイン(Album Review)

 米カリフォルニア州ロサンゼルス出身の人気ラッパー/シンガーのタイ・ダラー・サインと、ドレイク率いる<OVO Sound>所属のR&Bデュオ=ディヴィジョン(dvsn)によるコラボレーション・アルバム『チアーズ・トゥ・ザ・ベスト・メモリーズ』が2021年8月20日にリリースされた。

 タイ・ダラー・サインは、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で4位を記録した『フィーチャリング・タイ・ダラー・サイン』(2020年10月)から約10か月、ディヴィジョンは、米R&Bアルバム・チャートで5位にランクインした『ア・ミューズ・イン・ハー・フィーリングス』(2020年4月)以来1年4か月ぶりの新作となる。

 タイ・ダラー・サインといえば、日本でも知名度の高いフィフス・ハーモニーの「ワーク・フロム・ホーム」(2016年)や、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”で1位を記録したポスト・マローンの「サイコ」(2018年)など、フィーチャリング・ゲストとして参加したナンバーも多数ヒットがあるが、そのパートにおいては巧みなラップを披露するというより歌を絡めて曲にアクセントを与える……パフォーマンスが主流。

 ラッパーにカテゴライズされてはいるが、ボーカリストとしても高い評価を得ているタイ・ダラー・サイン。父親の影響で愛聴していたのも、アース・ウィンド・アンド・ファイアーやプリンスといったファンク~ソウルのアーティストだったという。ディヴィジョンのナインティーン85も、ドレイクの「Hold On, We're Going Home」(2013年)や「One Dance」(2016年)など、R&Bヒットを手掛けたことで知名度を高めた。ディヴィジョンとしての作品もその路線にあり、両者には(音楽的な)類似点が多い。

 本作『チアーズ・トゥ・ザ・ベスト・メモリーズ』は、そんな彼らの本領を発揮した純粋なR&Bアルバムで、年齢的に思春期にあたる90'sサウンドをベースにした良質なトラックが満載。タイ・ダラー・サインとナインティーン85、ディヴィジョンのもう一人のメンバーであるダニエル・ダレイの他、ノア"40"シェビブやマーダー・ビーツ、ジャーメイン・デュプリ、フランク・デュークスなど、人気プロデューサーが参加している。

 1曲目の「Memories」は、1993年に全米1位を記録したシルクの「Freak Me」を下敷きにしたベッドルーム向きのスロウジャム。ロマンティックなムード、甘い一夜の事情を歌った歌詞も当時のR&Bを彷彿させるようで、程よい情熱を込めた両者のヴォーカル・パフォーマンスも絶品。ダニエル・ダレイの滑らかなファルセットが浸透する「Don’t Say A Word」~ゴスペル風のコーラスを従えたインタールード「Can You Take It」も、当時の音をそのまま再現したような充実ぶりだ。

 本作は、「Can You Take It」の他にもタイ・ダラー・サイン単独による「Rude」、フランク・デュークスがプロデュースしたディヴィジョン名義の「Better Yet」の3曲がインタールードとして収録されている。音を途切れさせず進行する構成も90'sっぽい。

 4曲目の「Outside」は、エコーをきかせたボーカルが呪文のように響き渡るトラップ・ソウル。10年代以降のアーティストでいえばブライソン・ティラーに近い、滑らかで複雑なトラックとほろ酔い気味の歌詞で展開する。ラッパーのYGをフィーチャーした次の「Can’t Tell」も、90'sR&Bと酩酊感あるメロウなトラップを融合させたいい曲。YGの男気あるラップ・パートもいい味気を出している。

 プエルトリコ出身のラテンポップ・シンガー=ラウ・アレハンドロをメイン・ボーカルに迎えた「Somebody That You Don’t Know」では一転、エキゾチックな雰囲気を演出する。制作陣には、前述のマーダー・ビーツとジャーメイン・デュプリが参加。ラウ・アレハンドロの情熱的なハイトーン、ジャーメイン・デュプリによる上質なメロディライン、マーダー・ビーツ流のヒップホップ・ビートそれぞれの持ち味が上手い具合にブレンドされた傑作で、中だるみしやすいアルバムの中盤に良いアクセントとなった。“泣き”のギター・プレイも最高。

 次の「Fight Club」は、サンプリング・ソースにジュヴィナイル&ソルジャ・スリムの大ヒット曲「Slow Motion」(2003年)が使われたヒップホップ・ソウル。「Slow Motion」の良いところを凝縮した重圧感あるトラック、諸問題を払拭すべく連呼する「You’re Right」が印象的で、タイ・ダラー・サインとダニエル・ダレイの内に秘めた感情もボーカルから伝わってくる。

 2曲のインタールードを経てはじまる「Wedding Cake」は、70年代スウィート・ソウルに形容する甘茶ファン(も)絶賛のバラッド。金管楽器や弦の奏、ソウルフルなコーラスに哀愁漂うトークボックスも映える細やかな演出も見事で、タイトルに直結した“晴れの日”のイメージが浮かぶ、世代を超えて愛されるであろう名曲。歌詞の中には、彼らも影響を受けたであろうマーヴィン・ゲイやメアリー・J.ブライジ、マックスウェル、ジョデシィといったソウル/R&Bのレジェンドたちが登場する。

 70年代のスウィート・ソウルといえば、アルバムの最終曲となる「I Believed It」には米フィラデルフィアのコーラス・グループ=コンチネンタル・フォーの「(You're Living In A) Dream World」(1972年)がネタ使いされている。この曲には、2018年に急逝した故マック・ミラーがフィーチャーされていて、原曲のイメージを引き継いだモダン・スウィートに乗せて歌うマックのメッセージが染み渡る。思えば、マック・ミラーもメインの2者も、それぞれの作品に昔ながらの雰囲気が感じられ、この曲はできるべくして……といったところか。

 ヒップホップ・カルチャーの最前線に立つ2組が、古典的な歌モノ中心のR&Bアルバムに挑戦。洗練された楽曲陣のクオリティから“挑戦”というには畏れ多く、このプロジェクトには敬意を表したいほどだ。ヒップホップからR&Bにクロスオーバーすると、ポップ色が強くなったり単調になりがちだが、本作はR&Bの歴史をしっかり踏まえたうえで、それぞれに見合った味わいを加えているため、良い意味でライトな感じにならなかった。この路線でぜひ次作も、そして個々のアルバムにも反映させてほしい。

Text: 本家 一成

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