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2021/07/28 18:00

『セラピー』アン・マリー(Album Review)

 英イングランド・エセックス出身。メイン・ボーカルを務めたクリーン・バンディットの「ロッカバイ」(2016年)の大ヒットから早5年、今年の4月で30歳のバースデーを迎えたアン・マリー。

 その「ロッカバイ」の翌年にはUKチャートで9位にTOP10入りした「チャオ・アディオス」(2017年)、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”でセルフ・タイトルとしては最高11位を記録したマシュメロとのコラボレーション「フレンズ」(2018年)とヒットを連発。同18年には満を持してのデビュー・アルバム『スピーク・ユア・マインド』を発表し、本国UKアルバム・チャートでは3位にデビュー。米・英両チャートでプラチナ・ディスクに認定される快挙を達成した。

 そのデビュー・アルバムから約3年をかけて完成させた、2作目のスタジオ・アルバム『セラピー』。本作もアン・マリーらしい上質なUK産ポップ・ミュージックが満載で、2020年~21年にかけてリリースされたシングル・ヒットも(ボーナス・トラック含め)しっかり収録されている。本人曰く、ソングライティングにも精力を注ぎ、既存感のない新鮮なアルバムに仕上げたとのこと。

 アルバムからの1stシングル「ドント・プレイ」は、ラッパーのKSIとDJのデジタル・ファーム・アニマルズをフィーチャーした、2000年代初期のクレイグ・デイヴィッドを彷彿させるUKらしいツーステップ・サウンド。デモを聴いた際、本人も「10代の頃を思い出した」とコメントしたのだとか。リアーナをお手本としたような低音が映えるボーカルも、華やかなサウンドとの対比効果を生み出すスパイスになっていて、UKシングル・チャートで2位を記録するヒットとなったのも納得だ。日本盤ボーナス・トラックには、DJ/プロデューサーのネイサン・ドウによるリミックスも収録。その日本盤には、オリジナルへの収録が見送られた「バースデイ」やドージャ・キャットとのコラボレーション 「トゥ・ビー・ヤング」も収録される。

 2ndシングル「ウェイ・トゥー・ロング」は、そのネイサン・ドウとロンドン出身のラッパー/シンガーソングライター=モースタックがゲストとして参加した、夏向きのアップ・チューン。この曲も2ステップ~UKガラージっぽい雰囲気がある。求めあってもすれ違う男女のもどかしい関係を歌った曲で、歌詞中にはドレイクやカーディ・Bといった著名ラッパーの名前も登場。ミュージック・ビデオでは、パンデミックで自由がなかった“長い時間”を取り戻すべく(?)ガーデンで大勢の仲間と盛り上がる様子がたのしめる。

 3rdシングルの「アワ・ソング」は、ワン・ダイレクションのナイル・ホーランとデュエットした哀愁系メロウ。ナイーヴな曲調とナイルに寄せたアン・マリーの滑らかなボーカルが新鮮で、アップの印象が強い彼女の新境地を開拓した感がある。言わずとも大切な人との別れを歌った曲で、ミュージック・ビデオでは2人で田舎道をドライブしながら想い出を語り合うシーンが画かれている。

 アルバム・リリースと同日にカットされた4曲目のシングル「キス・マイ(Uh-Oh)」は、ガールズ・グループのリトル・ミックスとコラボレーションしたダンスホール調の意欲作。リトル・ミックスがハモるサビの“オッオー”は、ルミディーの「ネバー・リーブ・ユー」(2003年)からの引用(サンプリング)で、サウンドも同2000年代中期にヒットしたニーナ・スカイの「ムーヴ・ヤ・バディ」(2004年)やケヴィン・リトルの「ターン・ミー・オン」(2004年)あたりの懐かしさが感じられる。ちょっとエッチな歌詞含め、これからの時季に盛り上がるにもピッタリりだ。リモートでそれぞれ踊り狂うMVも最高。

 同調の曲では、カリビアンなリズムを刻むマイナー調の「セラピー」も夏らしい傑作。タイトルからして今っぽい陰気さ(メンタルヘルスなど)を想像しがちだが、フタを開けてみれば私にとっては好きな人といる時間こそがセラピーという、女の子らしいポジティブな内容でひと安心。本編最後がこういう曲というのは少し意外だったが、斬新ではある。

 ファルセットによるアカペラ~ラップ風のヴァース~吐息交じりのコーラスと様々なボーカル・ワークで魅了するオープニング・ナンバー「x2」は、デビュー作に収録された「バッド・ガールフレンド」っぽい雰囲気で、10曲目の「テル・ユア・ガールフレンド」は前述の「フレンズ」路線のエレクトロ・ポップ。EDMシーンで人気を博したルディメンタルとのコラボ曲「アンラヴァブル」や「フー・アイ・アム」は、インタールードが大サビとなる2010年代中期のトロピカル・ハウスっぽいし、「ベター・ノット・トゥゲザー」も同時期にブレイクしたゼッドや故アヴィーチーのサウンドを彷彿させるフロア映えのエレクトロ・ポップ風味に仕上がっている。

 ケイティ・ペリーのモンスター・ヒット「ロアー」(2013年)を彷彿させるミディアム・テンポの「ビューティフル」~「ブリージング」もとい、本人の意思とは反して全体的に既存感のある曲が多い印象だったが、だからこそ聴きやすい作品で、ポップ・アルバムとは本来そうあるべきだとも思う。曲の聴きやすさは、パワーはあるが高音を張り上げないアン・マリー特有のボーカル・ワークにもあり、デビュー当時と比較すると歌い方にも“やわらかさ”など変化が表れ始めたことが明確にわかる。

 突拍子もない方向にイメチェンしないのもアン・マリーのいいところで、この路線を貫き通してほしい気もするが、30代を機に彼女らしい転身を図るのもそれはそれでまた、楽しみな気もする。

Text: 本家 一成

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